9話:帰宅
「へぇ、これが……」
小型の飛行船に乗せられる。
操縦しているのは空中戦艦に追われた時に一緒だったシータだ。
四角い顔でニコニコしながら、
「この飛行船、俺が散々言ったんだ」
「おばさん、折れたんだ」
「ばばぁもそのうち、俺の才能に気付くって」
小型飛行船のエンジンは、軍の新型エンジンのそれだ。
「よーし、つかまってろ~」
船倉に収まっている飛行船。
まだ気嚢は全然膨らんでいない。
シータがレバーを引くと、一瞬床が震えて……落ち始めた。
「おじさんっ!」
「落ちるまで時間あるから~」
どんどん降下……落ちていく飛行船。
夢で落ちたシーンとついついダブってしまう。
近くのロープに腕を絡め、体を固くした。
シータはボンベを開いて気嚢を膨らませると、エンジンも始動させた。
すぐに水平飛行に移る飛行船。
「し、死ぬかと思った」
「お前って、空中戦艦とドンパチやった割に小さいなぁ」
「落ちてたじゃん!」
「飛んでいる船から離れるには、気嚢が邪魔だしな」
「だからって……テストとかしたの?」
「え……落ちるなんて考えてなかったし……」
この人は……四角い顔してのんきなもんだ。
「ちょっと格好良くなかったか、今の発進」
「格好いい……まぁ、ちょっと格好良いかも」
「ちょっと挨拶して行くぞ」
シータは上昇すると、空賊の飛行船と並んで飛びながら手を振った。
ブリッジの面々が同じ様に手を振っているのが見える。
「この飛行船で……向こうの世界まで行けない?」
「ああ……船長から聞いたぜ……そりゃ無理だろ」
「……」
「俺もあの映像は見た事がある……神の雷がどこから来るか知ってるか?」
「え……雷は空からじゃ……光ってたし」
「お前、ちゃんと見てないなぁ」
「だって雷は空から」
「あの実験飛行はいつも天候がいい時にやるんだ……飛行船で飛ぶからな」
「うん……」
「雷が落ちるような雲がある日を選ぶ訳ないだろ」
「ああ~」
「それに……やられた後の海を見たか?」
見てるつもりでも……そこまで問いただされると首を横に振るしか、
「水しぶきが吹き上がってやがる……あれは下から雷出てるんだ」
「下から!」
「そーだよ、それに世界の底に雲があるだろ」
「確かに……水が落ちて雲海になってるって思ってたけど……」
「まあ、雲も水滴の固まりみたいなもんだがな」
今更のように、あの映画をもっとしっかり見ていればと思った。
「でさ……おかしいだろ」
「?」
「普通の雷は……天気悪ければ結構よく落ちるよな」
「うん」
「世界の底には毎日だって雲が出来る……でも……」
「でも?」
「神の雷は飛行船で行く時だけなんだ」
「……」
「俺は思うんだ……熱か何かで反応してるんだ」
「熱……」
「コウモリくらいじゃ反応しなくて、エンジンみたいな、燃えるような熱さ」
「じゃ……熱なければ大丈夫なの?」
「でも、世界の果てから陸地に向かって風が吹くだろ」
「うん……だから簡単に世界の端から落ちない」
「飛行船のエンジン切ったら……吹き戻される」
「そうだ……ね……うん」
バットがあっちの世界に行った……あの時も神の雷があったのが新聞に載っていた。
「大きさも……あるかも……」
「お前、友達が何でか飛ばされたんだってな」
「うん……どうやってあっちに行ったか、わからないけど……」
飛行船がどんどん降下する。
収穫の終わった麦畑に着陸した。
「お前が行くのは……残念」
「おじさん……シータさんは船長と違って若いよね?」
「ああ、俺は父親が103部隊だったんだ……隊長や、今の船長に興味あってな」
シータは飛行船後方の扉を開くと、俺のバイクを押して下ろしながら、
「このエンジン見た時、話の解るのが入ったって思ったんだけどな」
「それ、おばさんも言ってたよ」
「ばばぁもか……そうか」
腕組みするシータ。
改めて、
「どうしても、降りるか?」
「うん……村に帰らないと」
「戦争始るぞ」
「新聞で読んだ」
シータが引き止めたがっているのがわかった。
でも、笑って返すと、
「しょうがないな……ユフナの村だったな」
「うん……」
「村が危ない時は、船長に行って助けに行くからな」
「おじさん……ユフナに軍隊来ないよ……上陸しても回りは山ばっかだし」
「そう言えば……僻地も僻地だったなぁ」
「だから、商売に競走相手いないの」
「だから子供でも海運できたって言うのか?」
「まぁ、そんなところ」
シータは笑うと、扉を閉めながら、
「じゃ……元気でな」
「うん!」
「友達……助けられるといいな」
「さっきの熱っての、ヒントかもしれない」
シータが飛行船に飛び乗り、バルブを開く音がした。
ゆっくりと上昇し、二階建てくらいの高さになったところでプロペラが回る。
「じゃあ、またな!」
「じゃあ、また!」
飛行船はどんどん小さくなって、空の点になってしまった。
村に帰り着いたのは夕方だった。
燃やされた……電話で聞いていたから覚悟はしていた。
でも、実際牧場に戻ってみると拍子抜け。
納屋は焼け落ちていたが、家は出た時そのままだ。
中がやられている……思ってドアを開けた。
「コムっ!」
「ランっ!」
テーブルで今にも死にそうな顔をしていたランが詰め寄って来る。
「なんで何も言わないでっ!」
「い、いや……心配するだろうな~って」
「怒るよっ!」
もう怒ってる……言うと火に油なので黙って笑っていた。
「俺、バイクでずっと走っていたから疲れてるんだ」
ゴーグルを外して、上着を脱ぐ、
「小言は明日聞くから……」
って、ランは口元を押さえて……笑いを隠している。
でも、耐えられなくなってうつむいて、丸めた背中を震わせ始めた。
「ちょ……なんだよ」
「顔……顔!」
「あー」
一日バイクに乗っていたから、ゴーグルを外したら跡になる。
鏡を見たら、自分も笑ってしまった。
「ちぇっ……無事に帰って来たのに笑うかな」
「コムだって……自分で笑ってる」
「そうだけど……こっちは大丈夫だったんだ」
「焼けてたら電話に出れないよ」
「そりゃそうだ」
ランは真剣な表情になって、
「まだ、村に……わたしの家に情報局の人、いるよ」
「情報局……黒服」
「うん……名前はビンって」
「なんでこっちを焼かなかった……」
言った時だった。
ドアが開いて黒服が入って来た。
「紹介にあずかったようなので……燃やさなかった理由は解るかな?」
「!!」
「コム……子供で船便をやっている……エンジンは飛行機の為だったんだ」
「お、お前……」
ランがしがみついて来るのをかばいながら、
「お前がビンか?」
「うん……今、ランから紹介された」
「なんで納屋だけ燃やした?」
「こっちには電話があったからね……案の定ひっかかってくれた」
「!!」
「嵐の海に出たから死んだと思っていたけど、死体が上がっていなかったからね……確認の為にしばらくこっちは残していたんだ」
「盗聴かよ」
「仕事でね」
ビンは懐から銃を出して、
「覚えてないかね……コム、君の父はエトビ」
頷くしかできない。
「君の父をここから連れ去ったのは私なのだよ……覚えてないかね?」
「!!」
カッとなって拳を固めた。
瞬間ビンの手が音を立て、銃弾が壁を弾いた。
ゆっくりと銃口が狙いを定める。
「次は外さないよ……ランを殺る」
「は?」
「こういう時は、本人よりも回りの人間が最高なんだよ」
「このクサレっ!」
「エトビ博士を連れ去った時、あらかた資料も持ち出したつもりだったんだが……よくもまぁ、あそこまで飛行機を作ったものだ」
「なにが言いたいっ!」
ビンは何故か銃を懐に戻した。
近くにある椅子を引き寄せて座ると、
「君らも座りなさい……今、エラと戦争状態なのを知っているね?」
俺ははっきり状況がわからずランを見た。
そんな視線にランはつぶやくように、
「ラジオで言ってた……」
「ランの言う通り、先日南岸ラドの沖で戦闘が始まった」
「それが一体なんだってんだっ!」
「歴史は習っているだろう……ダリマ軍はエラの地を踏んだ事は一度もないのだよ」
否定しよう……思ったけど、言わないでいた。
空賊連中の103部隊の話は教科書には載っていない。
「軍は新兵器で圧倒したい……飛行機が必要なのだよ」
「飛行船が……空中戦艦があるじゃないか!」
「エラも持っているかもしれない……しかし飛行機は別だ」
「父は……お前が連れて行ったじゃないか!」
「その博士なんだよ……飛行機の開発をしてくれない」
「え……」
「博士は戦争兵器を作るつもりはないって言ってる」
「……」
「ダイナマイトも平和利用のつもりが戦争で人殺しに使われている……って具合だ」
「なにを言っても……作らないんだ」
「博士が飛行機を作ってくれれば、戦況を優位にできる」
「やっぱり戦争に使うんじゃないか」
「ギリアの犠牲は減る……エラとの停戦も有利に運べる」
座って、悠々と語るビン。
銃をしまってくれたが……あの様子だといつでも抜けるのだろう。
「私は明日、ダリマに戻る」
「俺に……どうしろと?」
「ここを残している理由は……わかっているな?」
「電話」
「そう」
ビンは立ち上りながら、
「父親を説得しろ……電話する」
「俺が父に……飛行機を作れって言うと思うか?」
「ランを殺す」
昔なら、そんなバカな事って思った。
でも、船で仕事をしていたから、公安や特公、黒服のこわさは知っている。
連中なら、どんな手を使ってでもランを殺しにくるだろう。
「なんでランを!」
「さっき言ったろう……回りの人間が最高なんだって」
「関係ないじゃないかっ!」
「だったら殺されてもへっちゃらだな」
ビンの唇が、ちょっと笑う。
温厚な笑みだけれど、背中が涼しくなった。
「博士を説得しろ……電話する……そうだな、明後日の夕方だ」
「帰らなくていいの?」
もう、空は星でいっぱいだ。
ランはまだ家にいて、コウモリ料理を並べている。
「帰らないで……いいの?」
途端に怒った顔で立ち上がったランは、受話器を手にする。
しばらく電話につぶやいていたが、繋がったらしい。
「お父さん、私、コムの家にいるから……情報局の人がいる間は帰らないから!」
言うだけ言って切ってしまった。
「おいおい……家に帰ればいいじゃ……」
「わたしを殺すって人がいるのに帰れる訳ないっ!」
「そりゃ……そうだけど……」
すぐに電話が鳴った。
ランはムスっとしていて……自分の家の電話だから自分で出た。
電話の向こうは村長・リブだった。
さっきの情報局・ビンとのやりとりを話して、
「後で送りますから……」
「絶対帰らないっ!」
ランはカンカンな顔で受話器を奪うと、電話器に戻してしまった。
ピリピリした空気が嫌だった。
じっとにらみつけてくる眼鏡の向こうのランの瞳。
俺は目を泳がせながら、なんとかならないか考えた。
「あ……焼けた納屋に行かないか?」
「え……」
「俺、まだよく見てないし……いろいろ話たい事もあるんだ」
ランの表情は浮かない……なんとなくわかった。
別に納屋が燃やされたのはランのせいじゃない。
でも、ランの性格だから、きっと責任感じているんだろう。
ランの作ってくれたコウモリ料理の鍋を持って表に出た。
そのまま焼け落ちた納屋へ。
「片付けてくれたんだ」
「うん……うん……」
焼け跡は奇麗に帚ではかれていた。
足元は黒ずんでいるところもあるけど、ほとんどは土の色になっている。
逆に、隅の方には燃えかすが山のように積まれていた。
焼け残ったオイル缶を持ってきて椅子とテーブルにする。
「さ、飯にしようぜ」
もう、空は星でいっぱいだ。
明かりがないので、またオイル缶を一つ持ってきて火を焚いた。
「ラン……俺、ダリマまで行って、どうしたと思う?」
「え?」
「エンジン、なんとか手に入れようって思ったんだ……そしたら空賊だ」
「え? 空賊? なに?」
「他のエンジンは空賊に売ったらしいんだ……で、その支払いに来ていた空賊連中の後を追っかけて、空賊の飛行船に乗ったんだ」
「飛行船に乗ったんだ」
「そこでさ……実は……隣の世界に行けないって」
「え?」
「飛行船で空を飛んで行けそうだろ?」
「うん……ダメってどうしてわかったの?」
「ニュース映画を見せられたんだ……飛行船で世界の端を越えると、神の雷が出る」
「神の雷!」
「そう……例の雷は人が飛んで行こうとするのを防いでるみたいなんだ」
「バットはどうして? どうやって?」
「さぁ……偶然じゃ……だとしたら、俺は行けないかも」
「行けないかも……『かも』って事はまだあきらめてないの?」
「うん……空賊の人達も、仲間を助ける為に空賊やってるらしいんだけど」
「うん……で?」
「コウモリは世界の端から来るだろ……多分どこかに巣があるんだ」
「まさか……まだあきらめてない……の?」
「空賊と会って……」
「……」
「ランから電話で聞いていたから、もう飛行機も燃えたの知ってるのに……」
そう、燃え落ちた納屋。
見上げると屋根はないけど、骨組みが残っている。
満天の星空に、そんな骨組が黒い線なってはっきり見えた。
「すげー、気持ちがワクワクしたんだ……なんでだろ?」
「コム……」
「空賊の飛行船で寝ていると、空を飛んだ夢、見たんだ」
「夢?」
「親父と空を飛ぶ夢なんだ」
「……」
ランの表情が曇る。
「いや……その夢なんだけど……俺、飛行機が違うって思ったんだ」
「え……違うって……でも、夢だよね?」
「うん……そうなんだ」
火の粉がパチパチと舞い上がるのに見上げる夜空。
「ほら、作っている飛行機は座席もあって、エンジンもあるんだけど……」
「……」
「夢で飛んだのは翼しかない変なヤツだったんだ」
「コム……その夢で飛んでいたのって……こんなの?」
ランがつぶやきながら、地面に線を描いていく。
それは夢で見たのとそっくりだった。
「え……なんでランがわかるの?」
「コムは……覚えてないの?」
「なにが?」
「コムは……これで一度飛んでいるよ」
「は!」
「わたしとバットは一緒にお父さんの船で……海にいたの」
「なにを話して……」
「コムのお父さんに言われて……飛行機が海に落ちたら拾いに来るように」
「え……」
「コム……覚えてないの?」
「俺……一度飛んだ事あるのか?」
「うん……ずっと前だけど……」
ランはため息を一つつくと、
「だから……コムの作っている飛行機を見た時はびっくりしたの」
「ランは知ってたのか?」
「バットも……多分……」
ランが近寄ってきて、俺の横にピタリと並ぶと、コソコソと周囲を見回した。
「よく見回して」
「ああ……なんだよ?」
「黒服はいない……よね?」
「……」
俺は地面に箸で書いた。
『どうしたんだよ?』
『コムからもらった資料のファイル』
『あれが?』
『作っていた飛行機の事だったんだけど……』
『?』
『余白にメモが結構あって……気になってたの』
『メモ……』
『そのメモだけ……よく調べると……その飛行機の事で……グライダーで……』
「グライダー……」
俺はついつい、言葉を口にした。
ランは頷きながら、
「わたしは……燃えちゃって気付いたんだけど……」
ランが夜空を指差す。
見上げると星空。
「屋根の梁なんだけど……」
「梁……」
「あれ」
星空に黒い線がくっきり浮かんで見えた。
「燃えたのに、あの梁だけは残ってる」
「……」
「あれ……もしかしたらグライダーの骨組みじゃないかなって……」
「!!」
すぐに家に戻ってはしごを持ってくると、二人してそれらしいのを取り外す。
ランは前から見抜いていたのか、すぐさま骨組みを組んでしまう。
「ちょ……夢のと一緒だぜ」
手で持つ所はないけど、翼の部分はまさにそれだった。




