8話:タウ
タウ:空賊ボス
ユイ:タウやファイの軍隊時代の隊長
エトビ:コムの父で飛行機発明・博士
「おう……来たな」
酒場で見た、一番大きな男が笑った。
「うちのばあさんが世話になった」
「いきなり近くで爆発したから……倒れて」
「あれはやばかった……当たらなくてよかった」
周囲をガラス張りにしてあって、眺めはいい。
ベットには頭に包帯を巻いたファイが横たわっていた。
「さっきはありがとうね、坊や」
「どういたしまして……でも、坊やは……」
「ああ、名前、コムだったね、うん、コム、ありがとう」
船長が一度酒瓶を持ってきたが、慌てて引っ込めながら、
「俺の名前、言ってなかったかな」
「タウ……だろ?」
「うん……言ってたっけ?」
「空賊って新聞で何度も見てるから」
「俺も有名になったもんだ」
船長・タウはティーポットを持ってくると、
「俺もお前の事は知ってる……子供がてらに船で荷物運んでやがる」
「シヤハのオヤジさんから?」
「まぁ、な……ここまで関ったんだ、シハヤは昔、俺らの仲間」
「え……空賊だったの?」
「ああ、抜けた時はムカついたが、今はヤツのおかげで空賊家業も続けられる」
木製のジョッキ……にお茶を注ぎながら、
「アイツはアイツで、空賊を続ける為に憎まれ役を買ってくれたんだろう」
「そんな事があったんだ……でも、なんで空賊なんて?」
「あん? 何でだ?」
「空賊は軍や役所しか狙わないだろ」
「……」
「新聞じゃ極悪非道みたいに書かれてる……でも、仕事仲間じゃ被害は聞かない」
「ふん……知ってるんだな」
「まぁ……船の仲間じゃ」
するとベットのファイが、
「あたしらは昔、海軍の人間だったんだよ」
「軍服で……うん……なんとなく」
「学校で勉強はしてるんだろうね……ギリアが海を渡ってエラと戦争してるのは?」
「知ってるよ」
言っていいのか迷ったが、切り出してみた。
「ギリア海軍はいつもエラに追い返されてる……教科書には撤退ってあるけど」
「まぁ……敗退が正しくないかね」
怒るかと思ったが、ファイもタウもにこやかだ。
「あたしらは戦争前、飛行船部隊結成に携わってた」
「飛行船部隊……」
「今日、撃ってきた空中戦艦は空軍だろ……あたしらは海軍飛行船部隊」
「海軍なんだ」
「まだ飛行船が出始めた頃だからね、空軍なんておもいもつかなかったわけさ」
ここからはタウが、
「俺らは飛行船を戦闘に使う事を実験する部隊だったんだ」
タウはジョッキにさっき引っ込めた酒瓶を傾ける。
ブドウ酒が微かに香った。
「しかし、直前で海軍飛行船部隊は解体、空軍へバトンタッチ」
「おじさん達は?」
「そのまま海軍の……103部隊、そしてエラ上陸作戦に投入」
にこやかに話すタウ、ファイも穏やかな顔をしている。
学校の歴史の授業は……正直さっぱりだ。
でも、船で仕事をし始めてから、ちょっとは勉強した。
南の国・エラとは敵対関係とはいっても、商売をする事はしょっちゅうだ。
エラはギリアよりもずっと小さい国だったけれども、ギリア海軍をエラに上陸させた事がない……ってのが連中の自慢話だったりする。
そんな俺の表情を見たのかタウが、
「解体しても飛行船まで渡したわけじゃない……103部隊は飛行船を上空支援に使ってエラに上陸、一ヶ月ほど粘ったのさ」
「そう……なんだ……」
「結局は補給が続かなくて退いたんだけどな」
「おじさん達、英雄じゃん」
「しかし、飛行船を空軍に渡さずに勝手に使ったって事になったんだ」
横になっているファイが続けた。
「軍の上の方で、派閥闘争みたいなのがあってたのに巻き込まれたのさ」
「それで処罰を逃れたの?」
「まぁ、それもある」
タウが壁にかけられた写真を持ってくると、
「処罰もあったが……飛行船を使って隣の世界に行く事になったんだ」
「隣の世界!」
タウの見せてくれた写真には、飛行船をバックに大勢が写っていた。
一番中央でしゃがんでいる男を指差しながら、
「103部隊の隊長……が、飛行船を操縦したんだ」
「隣の世界に行けたの!」
俺の顔を見て、二人は同時に頷いた。
そしてタウはまた何か準備を始める。
ファイが写真を指でなぞりながら、
「隊長はユイって言ってね……いい隊長だった」
「ユイ……」
「エラに上陸したのもユイのおかげだし、粘って、うまく退けたのもユイのおかげ」
「そうなんだ」
「あんたは……神の雷って知らない?」
「何度も聞いた事あるよ……大きな雷の事、嵐の夜なんかに」
「そうかい……知ってるんだね」
部屋が急に暗くなった。
同時に壁にスクリーンが浮かび上がる。
カラカラと映写機の音がして、カウントダウンが表示された。
タウが画面を調整しながら、
「当時の映像だからサイレントだ」
ニュース映画のタイトルは飛行船墜落だ。
気嚢にボートをぶら下げただけのような飛行船が映っている。
大きな輸送船から飛び立つシーン。
切り替って、空からの映像になった。
飛行船後方のプロペラが勢いよく回り始める。
どんどん加速しながら……世界の端を飛び出した。
百メートルも行っただろうか……そこで映像が真っ白になる。
「なにが?」
つぶやくと同時に、輸送船のカメラ映像になった。
光の柱と、それにのまれている飛行船が映っていた。
次の瞬間、飛行船は爆発し、落ちて行く。
「まさか……今のって神の雷?」
「そうだよ……気球が流されて神の雷の餌食になるのは、前から解っていたんだ」
「そんな……それならこの飛行船もやられるの判っていて?」
「まぁ……飛行船は自力で進めるから「もしかしたら」ってのもあった」
映像は終わってしまう。
「初めて見た……すごい」
「そりゃそうだよ、このニュースは結局上映されてないからね」
真っ白で、カラカラ音だけしていた映写機。
しかしすぐに映像が戻ってきた。
ファイが体を起しながら、
「この映像見て、妙な噂が流れたりするのを政府や軍は嫌がったのさ」
「それで、公開されなかったの?」
「歴史は習ってるんだろ?」
「また歴史?」
「この映像の直後、政変があったのを知ってるかい」
「政変……王室崩壊、軍事クーデター」
「ゴタゴタの中で103はこの失敗責任を問われたり……」
「問われたり?」
「王族全員が処刑された訳じゃないってのは知ってるね?」
「まさか……逃がしたの?」
「そんな余裕はなかったね……でも、飛行船をうまく使えたのは103だけ」
もう、そこまで聞かされると呑み込めた。
「で、逃げた……と?」
タウがジョッキを傾けながら、
「映画をよく見てろ」
「?」
上空からの、別の飛行船からの映像。
やられた飛行船が制御不能で落ちていくのが見えた。
神の雷のせいか、世界の端からコウモリが湧き上がるように出てくるのも見える。
「ここからだ」
「?」
海の水は世界の端から落ちていく。
途中でしぶきになって、雲になる。
それはユフナの村でもたまに見える事だった。
ニュース映像だと、世界の端から落ちた所は、一面雲海だ。
そんな雲海に飛行船が突っ込む。
パッと雲が裂けた時だった。
ヘビのような、細長いなにかがうごめいているのが見えた。
「ゆっくり見せようか」
タウはフィルムを何度も繰り返し、ゆっくり見せてくれた。
「なに……あれ?」
「あんた、学校で何習ってるんだい」
「なにって……おばさん……」
「世界は象に支えられていて、その象は亀の背中に乗ってるんだよ」
「さっきの……まさか象の鼻?」
「あたしだって、見た時はびっくりだよ……このカメラはあたしが回してたんだから間違いないんだよ」
「そ、そうなんだ……」
「あんたは……何だと思うんだい」
「い、いや……確かに象の鼻って言われるとそっくりな動きだったけど……」
しばらくは問題の映像に釘付けで、言葉が浮かばなくなる。
ファイはジョッキに手を伸ばしながら、
「あたしや……103の連中はユイを助けに行きたいんだよ」
「はぁ? 死んだんじゃ?」
「飛行船が落ちる時、無線があったんだよ」
「神の雷の後で?」
「ああ……雷のノイズが落ち着いたぐらいに受信したんだ」
「おばさんもおじさんも……そのユイって隊長が生きてるって……」
「だから、あたしらは脱走兵になって、飛行船も盗んだってわけ」
「大きなの、盗んだね」
「どうせ103は解体だったし、空軍の連中に渡すのもしゃくにさわるからね」
部屋に明かりが戻る。
タウはフィルムを巻戻しながら、
「で、今度はお前の番だ……何でエンジンなんかが欲しいんだ?」
「……」
「あのエンジンは最新式、軽くて高出力だ」
聞かれて……飛行機の事を話していいか迷った。
でも……今の映像を見せられて、隣の世界まで飛ぶのがどれだけ無茶かわかった。
二人をじっと見てみる。
タウもファイもじっとこっちを見つめていた。
「飛行機……わかる?」
「!!」
「飛行機を作ってるんだ……それにエンジンが要る」
二人は口をパクパクさせていたが、ファイが先に我に返ると、
「あんた……飛行機って何かわかってるのかい?」
「父が……科学者だったのは……覚えてるんだ」
「はい? 何だいそれ?」
「父の名前はエトビ……おばさん知らない?」
「エトビ博士の息子だったのかいっ!」
「うん……」
「博士はあたしらの飛行船部隊の技術顧問だったんだよ」
さっきの写真を改めて指差すファイ。
そこに写っている父の姿は……知らない人だった。
若い頃の父の姿を見せられても……
それに、別れた時の父の顔さえ、もう思い出せないでいた。
タウがちょっと低い声で、
「博士はクーデターの時に姿をくらませたんだが……」
「俺と一緒にユフナの村にいたんだ」
「それで?」
「黒服の連中に連れて行かれた」
「黒服……情報局か」
「父とはそれっきり……おじさんは知らない?」
「博士の事は知らないな……ただ、情報局に捕まったなら軍の施設だろう」
「そう……なんだ」
ファイが眉をひそめながら、
「でも、何であんたが飛行機なんかを?」
「飛行機を作って飛んだら……新聞に載れるよね」
「まぁ、ね、ダリマの上でも飛べば新聞にも載れるし特公にパクられるよ」
「そしたら父にも、知ってもらえるよね?」
その言葉に二人は頷いてくれた。
「それに……今すぐ必要なんだ」
「何で今すぐ……なんだよ?」
ファイが唇を歪めるのに、
「さっき……隊長さんが生きてるって言ってたよね?」
「うん……そうだね」
「俺の友達が……隣の世界に飛ばされたんだ」
「はあ!」
タウとファイ、同時に声を上げた。
「俺の友達が……バットが……隣の世界に飛ばされたんだ」
「どうして隣の世界にいるってわかるんだい?」
「ユフナの向かいの世界なんだけど……」
「ああ、万年雪のある、高い山があるね」
「あの山の麓に、狼煙が上がっていたんだ」
「見間違えじゃないのかい?」
「狼煙……ただの煙じゃないんだ」
タウが地図を持ってきてくれる。
ファイの布団の上に広げると、
「ユフナの向かいの世界からは……電波は飛んできていないんだ」
タウは地図を指でなぞりながら、
「俺達の住んでいる世界には、いろいろな世界が隣接している」
「……」
「ユフナの向かいにある世界は、すごい小さい世界だって噂なんだ」
「ともかく、バットは飛ばされちゃったんだ……助けに行かないと」
言ったものの、さっきの映画が思い出される。
「飛行機じゃ……ダメかな?」
タウもファイも、しばらく黙っていた。
まずファイが、
「多分……ダメだろうね」
「なんで?」
「あたしらは、飛行機が鳥をまねて飛ぶって事しか知らない」
「……」
「ユイの乗っていた飛行船、あれだって結構なスピードだったんだよ」
「スピード……」
飛行機がどれだけのスピードが出るか……わからない。
しかしタウが、
「お前、さっきの映像、覚えているか?」
「さっきの映像?」
「そう……ユイがやられた時のだ」
「うん……神の雷にやられたんだよね」
「コウモリはどうしてる?」
「!!」
「軍が博士を連れ去ったのは飛行機を作らせたいんだろうと思う……そしてそれは戦争に利用されるだけじゃない……隣の世界に行く為かもしれん」
「飛行機で……行けるのかな?」
「軍が飛行機開発に成功した……って話は聞いてない……それに……」
「それに?」
「隣の世界に行く試みは、なにもユイだけじゃないんだ」
「今までに……実は何度もあるって事?」
タウは頷くと、
「成功したって話は聞かない……神の雷の話は聞いてもな」
「……」
「まぁ、軍が隠蔽してて、成功しているかもしれん」
「……」
「でも、飛行船はやられるが、コウモリがやられるなんて聞いた事ない」
「コウモリは、休む時は世界の端に行く……」
「コウモリが行けるんだ、何か手があるに違いないさ」
「ユフナの村までは送ってやれないからな……しっかり寝とけよ」
「おじさんが送ってくれるの?」
そんな言葉にシータはニヤリとすると、
「ふふ……ばぁさんと船長に言って、新型飛ばさせてもらえるんだ」
「新型!」
「お前、エンジン欲しがっていただろ……それ、拝ませてやるよ」
シータは言うと、寝袋を投げてよこした。
「今夜中にチュチュ山脈を越えるから……アマの町付近に下ろせると思う」
「山脈……越えられるんだ」
「まぁ、この船は空軍の空中戦艦より身軽だからな」
シータは横に寝袋を広げると、
「お前も、あんなバイクでよくもダリマまで行ったもんだ」
「そんなに……すごいかな?」
「若さってやつか?」
「ふふ……」
「本当はユフナまでって言ったんだが……戦争も始まったみたいで」
「そうなんだ」
「無線がすごかったり静かだったりで、あわただしい」
「ともかく寝ろ」
シータは言って、すぐに寝息をたて始めた。
すぐに寝れるのも空賊に必要なのかもしれない。
今日の寝床はエンジンのすぐ下、ラジエターのある場所。
配管の都合で暖かで、でも、エンジン音が入り込んで来た。
寝袋に入ると、すぐにまぶたが重たくなった。
案外……いや、きっと、思った以上に疲れていたんだ。
「コム……飛ぶぞ~!」
「お父さん」
夢の中で父の声は弾んでいた。
でも、父の足どりはよろよろしている。
「お父さん、大丈夫?」
「ああ? 何だ?」
「足、ふらついてるけど」
「ははは……この間、転んだからな」
「大丈夫?」
「コイツを飛ばすには助走がいるからなぁ~」
見上げると、そこには翼。
あれ……作っていた飛行機とはちょっと違う。
翼はあるけど……それだけだ。
「お父さん……これ、本当に飛べるの?」
「ああ、ほら、コム、ここにしがみつけ」
言われるまま、翼の下の鉄棒みたいなのにしがみついた。
「よーし、ベルトを着けるぞ~」
そう言いながら、父は俺にベルトを着けた。
父もすぐに棒を両手で持って、
「よーし、飛ぶぞ、乗るんだ」
「う、うん……」
俺が作っている飛行機には、座席があった。
今、父と飛ぼうとしている飛行機は鉄棒にしがみつくだけだ。
「行くぞ~」
台車みたいなのに乗る。
納屋から……線路を進む台車。
どんどんスピードが増していく。
「飛ぶぞ~」
夢……なのは……ぼんやりした頭でもはっきり解っていた。
夢……だけど……その景色は覚えている。
夢……のはず……でも、一度経験しているみたいだ。
足元からレールを転がる振動が伝わってくる。
そして、線路が切れて、宙に放り出された。
不安に体が固くなる。
足元にあった台車が落ちていく。
しかし、体はしっかり空に浮かんでいた。
落ちた台車が小さくなって、そして海に水柱を作っているのが見えた。
「コム、下ばっかり見るな!」
「お、おとうさ……ん」
顔を上げると……空と雲しか見えなかった。
牧場の端、絶壁の上からの景色に似ている。
でも、視線を落すと、下も空で、ずっと下に海の波。
「お父さん……飛んでるの!」
「そうだ、コム、飛んでいるんだ」
父が目で合図をするのに、一緒になって体重を移動する。
ゆっくりと右に弧を描く飛行機。
一羽のカモメが近付いてきて、一緒になって飛んでくれる。
「お父さん、飛んでるよ!」
「ああ、飛んでいる!」
「お父さん、飛んでるよ!」
「よーくこの景色を覚えておくんだ!」
父の声が弾んでいる。
見回すと、海にはあちこちに漁船が見える。
そして俺は一緒になって飛んでいるカモメに目が奪われていた。
カモメが一瞬ふらつくと急降下。
「まずい……」
父の声。
同時に飛行機がバランスを失った。
クルクルと回りながら落ちていく。
海が迫ってくるのがわかった。
「落ちるっ!」
目が覚めると、そこにはシータの顔があった。
「おいおい、落ちるって大丈夫かよ?」
「ゆ、夢……」
「縁起でもない夢見るんじゃねーよ」
チョップを一つもらった。
体を起こすと、背中が汗ダクで、シャツが張りついていた。




