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7話:シータ

ファイ:空賊のおばちゃんメカニック

シータ:メカニックの男


「おら、急ぐぞ」

 まったく、シハヤの店の公安共にも参ったもんだ。

 あんなボンクラ連中を巻くのに苦労しない……つもりだった。

 でも、連中はボンクラでも、数はすごいのだ。

「ボス、何か来やすぜ」

「!!」

 追っ手の連中を全部巻いたつもりだった。

 でも、一台、そこにいやがる。

 見慣れないバイク。

 乗ってるのは子供だ。

「お……追い付くの……大変だった」

「こら、坊主、何様だ?」

「シハヤの店から追っかけて来たんだ」

「シハヤの店……お前、公安か? それとも特公か?」

 全員が動きを止める。

 得物を構えて、狙いを定めた。

 そんな仲間を制止して、

「坊主、お前何だ?」

 こっちが銃を構えたのに、坊主もカバンから銃を取り出した。

 やたらデカイ……信号弾の銃だ。

「コイツ、信号弾でやるつもりだぜ」

 バカ……信号弾でも当たれば死ねる。

 今一度手を振って、銃をおさめさせると、

「坊主、何の用だ?」

 ヤツの肩が上下し、息をするのがはっきり聞こえた。

 他には止めたバイクのエンジンがキンキンと鳴る音くらいだ。

「オヤジさんから聞いたんだ……軍の新型エンジン、買ったろう?」

「新型エンジン……それが?」

「俺、それが欲しいんだ」

 新型エンジンが欲しい……そう言えばシヤハのヤツが言っていた。

 例の物を買ったのに……噂の子供商人がいるってのを。

「お前……コム……か?」

 頷く坊主。

 その時、茂みの中からファイが現れた。

 船のメカニックで……おばちゃんだ。

 いきなりな登場にコムが顔を向ける。

 同時にファイのチョップがコムの体に叩き込まれた。

 吹き飛ばされ、地面に転がるコム。

「おいおい、容赦ねえなぁ」

「あんたら、何チンタラしてんだい」

「いろいろあったんだ、シハヤの店は公安だらけ」

「そんなの判ってる事だったろう?」

「まぁ……なぁ……」

 白目をむいているコムを抱き抱える。

 何度か頬をはたいたがダメだ。

 息はしているから、死んではないよう……だ。

「お前こそ、茂みで何やってんだ、ションベンか?」

「バーカ、舫解いていたんだよ、すぐに出るよ」

「ああ……おい、バイクさっさと載せろ」

 仲間に合図をする。

 改めてコムを見て、

「何でこいつ、エンジン欲しいんだ?」

「この子は何だい?」

「さぁ、なぁ……ほら、子供で船で運び屋の」

「ああ、この子が?」

「らしい……何でもエンジン欲しいらしくて」

「そりゃ、あたしだって聞いてたよ」

 ファイはコムと信号弾、それから乗ってきたバイクを見てから、

「いろいろ訳アリみたいだね……船に乗せるんだよ」

「えー!」

 俺だけじゃない、その場にいた全員が声を上げた。

「何だい、文句あるのかい?」

「いや……お前……コイツを船に乗せてどーするんだ?」

 ファイはニヤリとすると、バイクを指差しながら、

「あんた、あたしが前から助手が欲しいって言ってたのを……」

「知ってる……何度も付けたろ……お前いじめるだろ」

「しごいてるだけだよ……結局今はいないだろ」

「お前のせいだろ」

「何か言った?」

「本当の事だろ……」

「この子は使えるかも知れないよ」

「はぁ?」

 バイクの積み込みが終わって、皆集まってくる。

「それとも誰か、あたしの手足になって働くかい?」

 皆、首を横に振る。

「じゃあ、文句はナシだよ」

「っても、なぁ……」

「タウ、あんたがチンタラしているうちに空中戦艦が動いてるんだよ」

「!!」

「さっさと船を出すよ!」

 ファイのババアの声がデカイ。

 女はそう、いつもここ一番では強いと思った。


 心地好い振動で目が覚めた。

 薄暗い、鉄で出来た部屋。

 いくつかのランプが光っているのが見える。

「う……」

 肩と首にかけて痛む。

「目が覚めたようだね」

「あ!」

「さっきは悪かったね……あたしはファイだよ」

「ファイ……女……空賊なのに」

「ふふ……女で空賊ってだけじゃなくて、この船のメカニックだよ」

 声は聞こえるけど、妙な感じで聞こえてくる。

「な、なんかまだ頭が、耳が痛い」

「口を大きく開けるんだよ、耳抜きするんだ」

「え? 耳抜き?」

「いいから、あたしと同じ様にするんだよ」

 大きく口を開けて、あくびをする。

 耳が痛くなくなるのがわかった。

「あ、治った」

「空の上は気圧が低いからね」

「俺、山に登った事あるけど……」

「山に登るより、ずっと早く上昇するんだよ、飛行船は」

「そうなんだ……」

「ほーら、しっかりその目で確かめな」

 ファイが開けてくれた窓の外。

 空と言われても……覗き込むまでわからなかった。

 半分顔を出して見た窓の外。

 眼下に針葉樹の森が広がっていた。

「俺……飛行船に乗ってるんだ」

「どうだい……飛行船なんてなかなか乗れないよ、嬉しいかい」

 改めてファイを見た。

 空賊のおばさん……でも、悪い人じゃなさそうだ。

「なんで……俺を乗せてくれたの?」

「タダって訳じゃないさ」

「?」

「あんたのバイク、見せてもらった」

「……」

「エンジンは船外機のヤツだね……スターター見て判ったよ」

「うん……小さいけどなかなかだから」

「あんた、エンジンばらした事あるよね」

「わかるの?」

「ガスケット換わってたからね……それに……」

「それに?」

「ボルトの頭が奇麗だった……機械が好きなのかい?」

「エンジン調子良いと、嬉しいかな」

「合格だよ……その腕が欲しかったんだ」

 ファイが手招きするのについていく。

 大きなエンジンが二基、唸りをあげていた。

「新しい型だね」

「わかるようだね……そこで問題があるんだよ」

「?」

 エンジンの下に潜り込む。

 熱くなった配管を避けながら向かった先。

「コイツが問題なんだよ」

 冷却用のラジエターが二つ。

 ファイが目で合図するのに、一方に触れてみる。

 熱いのがわかった。

「そっちはいいんだが……こっちがね」

 言われた方をポンポンと触れてみる。

 熱がこもっていない……しっかり触れた。

「ダメみたいだけど……今まで大丈夫だったの?」

「ああ……普段はね……全開にするとまずいかも」

「はあ……」

 機能している方と、壊れているのを見比べた。

 ちょっと配管の具合が違う。

「物が違うみたいなんだけど……この型は船で使った事ある」

「そうかい……で?」

「これ……確か中が壊れる事あるんだ、溶接がへぼくて」

「そうかい……初耳だよ」

「ばらし方知ってるから、直せ……」

 爆音が響いた。

 このラジエターのせいで故障?

 ……にしては音がやたら大きかった。

 爆音が続く。

「おばさんっ!」

「敵だよ、空中戦艦が来やがった!」

「空中戦艦っ!」

「知ってるだろ、軍のでっかいヤツさ」

 すぐに上がって、窓から外を確かめる。

 後方、藍色の空に黒い点が見えた。

 時々光って、爆音が続いた。

「まずいね、着弾が近いよ」

「風向きは判らないの?」

 ファイがあごで示す先に吹き流しがなびいている。

 こっちの方が風上だ。

「あんた、ラジエター直せるかい?」

 言っている意味はよく解った。

「すぐに」は無理な相談だ。

 首を横に振る。

 ドカンと大きな爆音がした。

 よろけたファイが倒れ、頭から配管に突っ込んだ。

「おばさんっ!」

 すぐに体を起したけど、頭から出血している。

「おばさんっ!」

「コム……いいかい……」

「しゃべんないで! すぐに止血を!」

「バカ……エンジンを……ラジエターをなんとかするんだよ」

「おばさんっ!」

「耳元で叫ぶな……エンジン全開にしないと空中戦艦を巻けない」

「おばさん……」

 ファイが手を伸ばしてくるのに、握って返す。

「ラジエター……すぐには無理かい?」

「すぐには……」

「じゃあ……整備用のハッチを全部開くんだ」

「ハッチを?」

 うつろな目を動かして、場所を示そうとするファイ。

 そんな視線の動くのを見て、周囲を見回した。

「前のハッチと後ろのハッチだね?」

「そうだ……メンテの時に換気の為にある」

「……」

「前後を開けば外気が通る……それでオイルが冷えるからエンジン回せる」

「わかった……やってみる!」

「防寒着、着るんだ、寒いよ……」

 言ってから、ファイは気を失ってしまった。

 息をしているし、脈もある。

「防寒着……」

 壁に掛かっているのは一着だけだ。

 一瞬袖を通そうとして、手を止める。

 ファイの体をくるむ……しかしまだ不安だった。

 さっきラジエターを見るために潜り込んだのを思い出した。

 ファイをそのスペースに押し込むと、壁に掛かった電話が鳴る。

『エンジン全開だっ!』

「おばさんがやられたっ!」

『お、お前坊主か?』

「おばさんがやられた……指示は受けてる!」

『うむ……任せた……助手を一人やるから、なんとか頼む』

「おじさんっ!」

『何だ?』

「ラジエターが一個だめになってる……全開すると壊れるかも」

『まだ直ってなかったのか……音だ、音でいけ、解るか?』

「やってみる」

 ともかくスロットルを全開にした。

 エンジンが唸りを上げ、熱がこもる。

 まず後ろ、そして前のハッチを開いた。

 吹き込んで来る風の冷たさに目を細める。

 タコメーターを見ながら、水温計を見ながら、祈った。

 二つのエンジンの水温上昇は黄色い所で止ってくれた。

(風だけで冷えてる?)

 ハッチが開いて、四角い顔の男が入って来た。

「坊主、大丈夫かっ!」

「あんたは!」

「船長に言われて来た……シータだ、よろしく」

「おじさん、ここに入ったことは?」

「何度かある……やけにエンジン回してるな」

「おばさんに言われたから」

「何て言われたんだ?」

 前の、開け放たれたハッチをさして、

「風を通せばオイルが冷えるって」

 途端にシータの表情が曇る。

「こっちを見たか?」

「え!」

 メーターがもう一組あった。

 二基のエンジンそれぞれの温度を示している。

 一方の針は止っているけど、一方はゆっくりと上昇していた。

「お前が見てたのは油温計だ……どっちも表示は一緒だからな」

 しかしシータは、

「数字が違うだろ、数字が!」

「気付かなかった……船のエンジンは水温だけだし」

「普段は配管を通るだけでも充分冷えるんだ……でも全開だとまずい」

 ジリジリと温度計の針が上昇する。

「おじさん……」

「なんとか……逃げられるか?」

 見ていると……シータは予備タンクのバルブを開いた。

 途端に温度が下がっていく。

 でも、それもほんのちょっとの間だ。

「船長に連絡する」

 シータはそう言って、電話器を握った。

 水温計はまた上昇に転じている。

(回転を落せば……いいんだよな)

 爆音はさっきからはるか後方で鳴っている。

 空中戦艦と距離が開いるからだ。

 それは全開飛行をしているからで、ここでスロットルを戻せば距離が縮まる。

(なにか……手は……)

 開け放たれたハッチから外を見る。

 色をどんどん失っていく世界。

 まだ微かに地平線に陽の光が残っていた。

(なにか……)

 そんな地平線の朱の色に、ポツポツと影が見えた。

(コウモリ……)

 すぐに電話しているシータに掛け寄った。

「あっちはどっち?」

「な、何言ってるんだ、陽が沈むんだから西だ」

「西っ!」

 ダリマの北・西は世界の果てが近い。

 西の空に見えるコウモリ、飛んでいる方向を見定めた。

「コム、どうしたんだ?」

「あれ」

「コウモリ……か?」

「うん……陽が沈む時に陸に向かってるから吸血」

 シータと目が合う。

「おいおい、まさかあれに突っ込む気か?」

「それしかっ!」

 俺はもう、いきなりエンジンを止めた。

「おいおいっ!」

「おじさん、あの群れに突っ込むように言って!」

「って、吸血コウモリだぞ」

「舐めるだけだって」

「そんなの知ってる、あの数に突っ込んだら面倒に……」

「だからエンジン切った」

「……なるほど」

 シータは頷くと、電話に向かって一言二言言ってから、

「エンジン切ったら追い着かれるってうるせーけど……俺もそう思うし」

「降下するの降下、バイクも下りは速度が出る」

「まぁ……そうだな」

 シータは伝令、でも、すぐに、

「ブリッジはしぶしぶだぜ……解ってるとは思うが、空中戦艦が上になる」

「うん……それが?」

「上に付かれたら、撃たれ放題だ」

「当たる?」

「……」

 シータはポカンとしていたが、

「なるほど……外れが群れに……」

「コウモリは怒って空中戦艦に行くって具合」

「なんかガキに妙案出されると悔しいなぁ~」

 シータはニヤニヤしながら電話する。

 降下するスピードが増した。

「なにを?」

「気嚢をちょい開いた」

 さらにシータはエンジンの、燃料ホースのバイパスを開きながら、

「暖房焚くと、景気よく煙出るんだ」

「煙幕~」

「ご明察」


 空中戦艦はうまいこと、こっちの策にはまってくれた。

 今はリズミカルな音をさせて飛行している最中だ。

 俺が壊れたラジエターをばらしていると、シータが、

「ファイのばばぁ、俺の言う事全然聞かなくてさ」

「いじめられてるんだ?」

「ばばぁ、しごいてるだけだって言いやがる」

「おじさんは……どう思うの?」

「まぁ、ばばぁの腕は、信じるけど……古いかな」

 ラジエターを開けて、中を溶接して直す。

 元通りに組直して完成だ。

 バルブを開いて冷却水を通すと、ラジエターが熱を帯びるのがわかった。

「こんなの直すの気付かないなんて……おばさん忙しいんじゃないの?」

「かもなぁ……俺は神経質だと思うけどな」

「ちょっとわかるかも……」

「そうそう、お前のバイク見せてもらったぜ」

「うん?」

「ばばぁも言ってたけど、あれ見れば腕も判るってもんさ」

「そう言われると、てれるかな……大分壊したけどね」

 電話が鳴るのにファイが取る。

 何度か頷いてから受話器を戻すと、

「船長がお呼びだぜ……船長室はわかるか?」

「?」

「ここは俺が守ってるから、行ってこいや……後方の立派なドアだ」



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