13話:帰る道、神の守る空
何日たったのか……知っているのは実はバットだけだ。
あの爆発で気を失った俺は、運よく、バットのいる砂浜に降り立つ事が出来た。
びっくりしたのは、ユフナの村のありさまだ。
バットの話だと、俺が亀の頭をぶっ壊した時、すごい「神の雷」があって、こっちの世界の海とユフナの海の水を吹き飛ばしたらしい。
こっちの世界から見るユフナの村。
船で仕事をしている時も見ていたから、よく知っている。
ただ、こっちの世界は遠かったから、ずいぶん小さく見えるだけだ。
でも、陸にエラの軍艦が打ち上げられているのを見れば、誰だって事の大きさを感じる事は出来るってもんだろう。
「すぐに帰ろう」
「いいけど……お前足、大丈夫かよ?」
バットの言葉に引きつってしまった。
「でも……ランがこれを作ってくれて、それで……」
「ああ、ラン、村長の所の女の子か~」
バットはユフナの村とグライダーを交互に見ながら、
「俺もあの娘に食べ物もらった事あるからな~」
「それに……家がどーなってるか心配だし」
「ああ……コム、納屋が燃えてたみたいだけど大丈夫かよ?」
「飛行機ばれて、黒服にやられたんだ」
「ええ……黒服って情報局かよ」
「エラの軍隊、こっちに誘導したのもそいつのせいだ」
「むう……そりゃランが心配だ」
「え?」
「ラン、これ、作るの手伝ってくれたんだろ?」
「う、うん……」
「それなら、軍や政府の連中、ランを連れていってしまうぜ」
返事が出来なかった。
でも、見ればバットはもう飛ぶ気満々なのがわかった。
「でも……足が……」
俺は立ち上がるだけでも、足が痛んだ。
バットはニヤリとすると、
「落ちるなら、出来るだろ?」
また落ちるのか……でも、それしかなかった。
バットの捕った魚なんかで簡単な朝を済ませると、すぐに「落ちる所」に向かった。
足が思ったように動かなくて、そこに行くまで半日かかってしまう。
バットはすぐに戻ってグライダーを持って戻ってきた。
グライダー、一度ばらしてだったから、バットは二度往復だ。
一緒になって空に飛び出すのは簡単で、落ちるだけ。
風もいい感じですぐに上昇気流に乗れた。
「うわ、すげぇ」
「バット……こわくなかったのか?」
「え? なんで?」
「いや……俺、二人で乗ったのは……」
「あー、ラン、言ってなかったのか?」
「?」
「俺、ランと一緒に、お前と親父さんが飛んだの見てたんだぜ」
「え?」
「お前の親父が連れ去られる前に一度飛んだの、俺とランで下から見てたの」
「そんな事……あったんだ」
「ずっと前の事だけどな~」
「忘れてたのって……俺だけ?」
「うーん……一緒に飛行機作ってる時、何でコレ作らないか不思議だったけどな」
「何で言ってくれなかったんだよ」
「だって図面あったからな……なんとなく飛びそうだったし」
いい風が吹いてくる。
進む先に一羽のカモメがいた。
それを追うように、一緒になって上昇気流をどんどん昇っていく。
「そろそろいいんじゃねーか?」
「え、あ、ああ……」
聞こえてくる声が違う。
「コム、耳が痛いぜ」
「ああ、耳抜きしろ耳抜き」
「なんだそれ?」
「あくびだ、あくび、大きく口開ける」
「ああ、治った……なんで?」
「さあ……空賊の人に習った」
「お前……空賊に知り合いいるのか?」
「エンジン手に入れるのにちょっとな~」
カモメもユフナの村に向かっているみたいだ。
一羽を追っていて気付かなかったけど、どんどんカモメが集まってくる。
まだコウモリが飛ぶ時間じゃないけど、群れになって渡りをするんだろう。
そんなカモメが羽ばたき始めた。
グライダーが勢いを無くしていく。
「なんか嫌な予感がしないか?」
「バット……余計な事言うな」
「落ちるのかな?」
「下、見るな」
「見たくなる」
「うう……」
下を見る……ちょうど世界と世界の間だ。
前にはユフナ側から落ちる海が滝みたいになっている。
世界と世界の間は、落ちた水しぶきが雲になって象の鼻や亀の頭は見えない。
ちょっとだけ、やっつけた亀の頭を見たい……思った。
でも、それより、どんどん高度が下がっていくのに冷や汗たらたらだ。
「なぁ、コム」
「なんだよ、バット」
「な、なんとかあっちには……海には落ちれそうだけど……」
「それはよかった~」
「お前、足、ダメだろ」
「……」
「泳げるのか?」
「うう……」
「俺もどこまでコムを支えられるか……」
なんとかユフナのある世界にたどり着いた。
でも、村まではとても飛べそうな高さじゃない。
風も感じられなかった。
「コム……なんか来たぞ」
「え?」
「ほら!」
「!!」
正面から聞いたことある音が近付いて来る。
景色に溶けこんでしばらくわからなかった。
ずいぶん近付いてから、空賊の小型飛行船なのに気付いた。
一度すれ違うグライダーと飛行船。
ゴンドラにシータの姿が見えた。
「知り合いだ」
「空賊か?」
「うん」
バットと一緒になって振り返って見ていると、飛行船はUターンして戻って来る。
シータの操る飛行船と一緒になって飛ぶ。
飛行船のエンジン音で声は通らない。
シータは口元に笑みを浮かべながら手を振ると先行した。
そして、ゴンドラ下から一本のロープを垂らしてくれる。
「引っ張ってくれるんだ」
なんとかグライダーを操ってロープをつかむと、先行する飛行船がうるさくなる。
俺とバットはロープをしっかりつかんで、ユフナの村に向かった。
「帰って来たなぁ」
「コムに感謝かんしゃ」
「あの時、助けてもらったからな」
飛行船に引っ張られてユフナ上空。
眼下には村人や……ラン、黒服、空賊の制服が見えた。
「コム、そろそろ降りようか」
「うん……そうだな」
つかんでいたロープを放した。
ゆっくりと、弧を描きながら、着地地点をさぐりながら降下。
人の顔が、こっちを見上げているのがよくわかった。
でも、そんな人達の中の、ランの顔から、目が離せなかった。
「バット……牧場の端に降りないか?」
「なに言ってるんだよ、そんな危ない所に降りなくても」
「いや……すぐにまた飛びたいんだ」
「はあ?」
「ランとは一緒に飛んでないんだよ」
バットは一瞬きょとんとしたが、
「ヒューヒュー、夫婦! ふうふ!」
「落すぞ」
「でも、なんで崖の端なんだよ」
「俺、足がダメなの」
「そうだった」
ゆっくりと、牧場の端に降りていく。
ランと黒服が走ってくるのが見えた。
遅れて空賊のタウやファイも走ってくる。
「コムっ!」
着地と同時にランが抱き付いてきた。
しっかりと腕を回してくるのに、腕の力にびっくりした。
「帰ってきた! 帰ってきた! 帰って来たーっ!」
「ラン、わかった、いいから、ちょっと落ち着け!」
「よかったーっ!」
もう、ボロボロと涙を流すラン。
バットはベルトを外すと、それをランの腰に巻いてくれる。
俺はランの肩を引き離すと、
「ラン、聞けっ!」
「え?」
「ここ、しっかり握って!」
「え? ええ! うん?」
俺はランの体を自分の横に並べて、
「一緒に飛んだ事、ないからな」
「え? わたしも飛ぶの?」
タウやファイ、空賊の面々の顔が近付いて来る。
俺はニヤリと笑うと一度手を振った。
それから、今度はランと一緒に走ってきた黒服を見る。
黒服はちょっと興奮した口調で、
「コム、本当に飛んだな!」
そう、こいつはランを殺すと言った。
ユフナの村にエラの軍艦を誘導もした。
怒りを溜めるのに一秒もかからなかった。
思い切り右パンチを鼻柱に叩き込んだ。
「ぶっ!!」
鼻血をまき散らしながら黒服は牧場の緑に転がった。
こっちもサングラスで拳を痛めたけど、胸がすっとした。
それを見て走っていた空賊達の足も止る。
「おーっ!」
喝采についついガッツポーズ。
すると尻に痛みが走った。
バットが渋い顔をして俺を蹴っている。
『ランが待ってる!』
小声で言ったかと思うと、
「ヒューヒュー、夫婦! ふうふ!」
恥ずかしくなる前にバットが背中を押してくれた。
グライダーは崖を落ちるようにして空に飛び出す。
海面すれすれで水平飛行。
さっきは凪いでいたのに、いい感じで風も吹いてきた。
俺はゆっくりと高度を上げながら、ちらっと隣のランに目をやる。
「すごい、飛んでるよ、本当に飛んでる!」
喜んでいるランについつい笑みがこぼれた。
ゆっくりとターンしながら上昇していくグライダー。
もう、大分傾いた陽の光が世界を朱に染めていく。
村の家からポツポツと明かりが灯りはじめる。
「ランのおかげで……ありがとう」
そんな言葉が、妙に恥ずかしくてなかなか言えなかった。




