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11話:近づく戦火

 夜になって、落ちたグライダーをトラクターに載せて運んだ。

「コム……どうしたの?」

 ザマぁない、グライダーが落ちた時に足をやったらしい。

 左足が、歩く度に痛くてたまらない。

 思わずその場に座り込んでしまう。

「ラン……すまないけど……グライダーを修理してくれないか」

「修理って……帆を外して乾かすくらいしか」

「頼む……」

「コム……まさか飛ぶつもりじゃ?」

「ラジオ頼む」

「コム!」

「いいから、ラジオ」

 俺はランの言葉を聞かなかった。

 ただ、差し出した手に、ランは渋々ラジオを持ってきてくれた。

 ランも納屋の跡で作業を始める。

 テキパキと翼をばらして牧場に広げた。

「ありがとう……乾くかな?」

「わからない……焚き火してみる」

「後で……頼む」

「コム……本当に飛ぶの? 落ちたのに?」

 俺は返事をしなかった。

 ラジオのボリュームを上げて、返事の代わりだ。

 ちょうど戦争のニュースで、南部の都市・シヤンにエラが迫っているらしい。

「シヤンがエラに落ちたら、ユフナも近いから危ない」

「だからって……」

「それに、例の黒服も来るだろ」

「……」

「ランも逃げろ……俺はともかく飛ぶ」

「そこまでして……バットを助けに行くの?」

「なにを……」

「バットは……あっちの世界で生きてるんだよ」

 ランは俺をにらみながら続けた。

「コムは行けるかどうかだって……いや、行けないよ、落ちるよ」

「風……次第さ」

「それに、その足でどうやってスピードを?」

「レールがある……親父もあれを使って飛んだんだ」

 そう、夢で見て、実際飛んでそして落ちて、記憶が戻ってきた。

 親父と一緒に飛び、そして落ちた。

 その記憶の中でも、親父と一緒にレールを使っていた。

「台車はまだ何台もある……転がってくれればいいんだ」

「コム……」

「いいから……グライダーを直してくれ」

「コム……」

「バットを助ける……行かせてくれ」

 俺はもうランを見なかった。

 家に戻ると、見回して目を細める。

 なにが必要か……選ばないといけない。

 帆を使ったら、重量がキツキツだ。

 テストでも落ちたくらいだから、もう持って行ける物なんてない。

 でも、それでも、一つは何か最低限必要な物……を考えないといけないと思った。

「コム……」

 ランの声にびっくりして振り向いた。

「ラン……もうグライダーは……」

「帆を……翼を乾かすだけだから……うん」

「翼……骨組みは大丈夫だったのか?」

「うん……大丈夫と思う」

 ランは俺をじっと見つめて、

「グライダーには……何も持っていけないよ」

「それは……わかってる」

「でも……これはいる」

「!!」

 ランが差し出してきたのは「コウモリ避け」だった。

「これを服に塗って飛んで……ちょっと重くなるけど、これは絶対」

「なんでコウモリ避け?」

「だって……世界の端、あの下にコウモリの巣があるから」

 そうだ、いつも料理になっているコウモリは、世界の端から飛んできている。

「わかった……塗る、塗ってから飛ぶよ」

「あと……もう一つ」

 さっき「何も持っていけない」言っていたランが部屋を見て手にしたのは、

「信号弾?」

「うん、信号弾、持って行って」

 大きい物から小さい物まで……信号弾と発射筒を出したランは、一等大きいヤツを俺に手渡してくれた。

「これ……結構重たいぜ」

「いいから……これくらいじゃないと……見つけられないから」

「ラン……行けるって思ってるのか?」

「今日落ちたから……向こうの世界になんて行けないって思うけど……でも!」

 ビール瓶ほどもある発射筒に、それに収まる信号弾は一つしかなかった。

 俺はそんな信号弾を発射筒に装填すると、

「あっちに着いたら、すぐに打ちあげる」

「うん……でも……」

「?」

「やっぱり……どうしても行かないといけないの?」

「ラン……俺とバット、船で一緒に仕事してるんだ」

「……」

「遭難した時、バットに助けられた……今度は俺が助けに行く番」

「格好付けなくても……いいって思う」

「格好付けてる?」

「だ、だって……別にバットがいなくても、やっていけるよね!」

「ラン……」

「飛べるかもしれない、でも、あっちまでなんて絶対行けない!」

「ラン……バットは俺を助けてくれた、今度は俺の番なんだ」

 ランが取り乱しているのを見ると、こっちは冷静れいられた。

 でも、ランに説明出来る言葉は全然浮かばない。

 バットがあの時、海に投げ込んでくれたから助かった……

 それだけじゃなかった。

 親父が黒服連中に連れ去られて、途方にくれていた時から一緒だったのはバットだけだったのだから。

 今、思えば黒服に絡んだ子供に手を差しだすなんて出来ないのは解る。

 だからこそ、あの時から一緒にいるバットは絶対助けに行かないといけない。

「ともかく、俺は助けに行くんだ」

 ランが手を握ってきた。

 強く握ってきて痛いくらいだ。

 行かせたくない気持ち……も、解らないではない。

 試しに飛んで落ちたのだ。

 何も大きな手を加えないでまた飛ぼうとしている。

 風が味方にでも……それもすごく好意的な味方になってくれないと向こうの世界まで飛ぶなんて絶対無理だろう。

「コム……コムはこの間、トイレの前でわたしを助けてくれたね」

「そんな事も……あったなあ」

「ずっと前も、そんな事あったの、覚えてる」

「……」

 いじめっ子との対決なんてしょっちゅうだから、こっちは覚えていない。

「わたし、眼鏡だから、村長の娘だから、いじめられるの」

「その眼鏡は……学校で一人だけだからな」

 ユフナの村で眼鏡はめずらしい。

 ダリマだったら半分は眼鏡でいじめられなかったろう。

「わ、わたしは初めて助けてもらった時からっ!」

 ランが声を、一際大きく言った時、背後に物音がした。

 振り向けば黒服・ビンが立っていた。

「てめえっ!」

 俺はすぐに立ち上がったけど、左足が痛んですぐに膝を着いてしまった。

「なにしに来やがったっ!」

「ふふ……土産を持って来たのにひどい言われようだな」

 ビンは手にしていた荷物を置くと、グライダーに歩み寄った。

 帆を外した、骨組みだけのグライダーを一周して、

「こんな物を隠していたなんてな……博士はこれの事を言っていたのか」

「親父がなんて言ってたんだ」

「そんな事はいいだろう……お前は博士を説得してくれた、感謝している」

「……」

「ちゃんと電話を聞いていたのだよ……あの時、博士に『作るな』なんて言ったらそこの娘の命はなかったんだがな」

 ビンはランに近付くと、胸元から銃を取り出して、

「コム……船便の仕事をして長いから、情報局や公安がどういった手を使うかはよく知っているだろう」

「てめえ……まさか……」

 銃の撃鉄を起こすビン。

 ゆっくりとその銃口をランに向け、そして頭に押し付けた。

「ちょ……待てよ……約束は守っただろっ!」

「コム……その包みを見るんだ」

「な……」

 さっきビンが置いた荷物。

 開いてみると、何か布が入っている。

「博士はそれを渡せば解る……言っていたがどうかな?」

「……」

 言われても……ただの……見たことのない青い布だ。

 ただ、上等な服を作るにはいいかもしれない。

「コム……それ、広げてみて」

「ラン……わかった」

 銃を押し付けられているランが言うのに、俺はともかく広げてみた。

 ランがまるで引き寄せられるようにやって来る。

 銃を押し付けられているのさえ忘れてしまっていた。

 一緒になって布を広げながら、

「これ……グライダーの翼」

「!!」

「すごく軽い布……これなら飛べるよ!」

 ビンが銃を胸元にしまいながら、

「今まで飛行機を作ったのはコムとばかり思っていたが、実はこっちの娘が……ランが作っていたみたいだな」

 俺を見てニヤリとすると、

「ともかく……このグライダーとやらを飛ばすんだ」

「……」

「エラの軍隊が迫っているのは知っているんだろう」

 シヤンが危ない……のはラジオなんかで聞いている。

 ビンは真顔になると、

「エラにギリア上陸など許す訳にはいかん……エラの艦隊をユフナに誘導してる」

「えっ! なにっ!」

「飛行機をダシに使わせてもらった……おかげでエラの戦力を分散できている」

「ユフナにエラが来るのか!」

「ああ……まんまと掛かってくれたよ」

「い、いつ来るんだっ!」

「早ければ、明日朝……戦艦一・駆逐艦三・揚陸艦十」

「なんて事を……」

「おかげでシヤンは助かりそうだよ」

「ユフナに軍隊来るのかよっ!」

「残念ながらギリア軍にその余裕はない……空中戦艦をまわすにも、ここユフナは山に囲まれていて近付けない、陸軍も同じ、海軍が来れないのも海で仕事をしていたお前ならわかるだろう」

「ここを……見捨てる気かっ!」

「上陸されても進軍出来ん、海路もこれ以上北進は出来まい」

「き、きさま……」

「村人は逃げればいい……逃げるには都合がいい地形だ」

「くそっ!」

「お前は……さっきの話だと、飛ぶ理由があるんだろう、飛べばいい」

 ランを見る。

 まっすぐな視線が返ってきた。

 微笑むラン。

「コム……わたし、すぐに作るから」

 一人立ち上がると、ランは布を持って行ってしまった。

「俺も手伝う!」

「だって足が……」

「ランが結んだりする時、押さえるくらい出来るから」

 もう黒服・ビンの事なんて気にならなかった。

 朝になるまで時間は限られているのだ。


 グライダーというらしい。

 飛行機という言葉は聞いた事があったが、グライダーは聞いた事がなかった。

 今、村長の娘・ランが全体を確認している。

 博士の息子・コムは焼け落ちた柱の近くで仮眠中だ。

 ランが手を伸ばして何かやろうとしているのに、

「押さえればいいのか?」

「!!」

「ここか?」

「はい……ありがとう……」

「一つ質問だが……これは本当に飛ぶのか?」

 俺は飛行機については、ちょっとは知っていた。

 鳥のように自由に空を飛ぶ乗り物だ。

 しかし前から疑問に思っていたのが、飛行機の翼だ。

 図面を何度か見た事があったけれども……そしてこのグライダーも……

 鳥のような翼はあっても、鳥のように翼が動くようには見えなかった。

 ましてこのグライダーは「翼だけ」だ。

「あなたが来る前に、一度飛んだんです……着水する時足を痛めたみたいで……」

「一度飛んだのか!」

「だから……この布を使えば飛べます」

「そうか……しかし、いいのか?」

「え?」

 さっき、納屋で話しているのを、ちょっとだけ聞かせてもらった。

「……初めて助けてもらった時から……言ってたな」

「……」

「いいのか? これを作れば、ヤツは、コムは飛ぶ」

「なにを……」

「コムの事が好きなんだろう」

「!!」

「この……グライダーは飛ぶかもしれない……しかし……」

 俺はランをじっと見つめた。

 ランもじっと見つめ返してくる。

「さっきお前は、この布なら飛べると言った……しかし本当はどうなのだ?」

「本当に飛べます……本当に……」

 見つめ返してくる瞳に嘘は感じられない、でも、

「エラの軍隊がいるところを飛ぶんだぞ」

「……」

「こいつが出来ないなら、飛べないなら、逃げる事だって出来るんだぞ」

「逃げる事だって……出来る……」

「そうだ……飛ぶ……俺は見た事がないが、砲弾の中を飛んで助かるのか?」

「砲弾の中を……」

「ギリア軍は村には一切来ない……狙い射ちされるぞ」

 ランが寝ているコムに目をやる。

 すぐに俺の方に顔を向けると、

「コム……バットを……友達を助ける為に飛ぶって言ってた」

「友達を助ける……ああ、聞いてる」

「わたしも忘れていたんです」

「……」

「バットはわたしの友達でもある……だから、この機会を逃したくない」

「こいつが死んでもいいのか?」

 ランは一瞬真顔になって、でもすぐに微笑んだ。

 瞳が揺れているのが一瞬見えた。

「わたしが完成させなかったら……きっとコムは怒るから……」

「そうか……」

 もう、ランはこっちを見ていなかった。

 黙々と作業を続けている。

 俺の手も必要なさそうだった。

「俺は今から村に……待避命令を出してくる」

「……」

「お前がここにいるのは村長に伝えておくから、しっかり作るんだ」

「は、はい……」

「もうすぐ……終わるんだろう」

「はい……翼を張り終えたら……もうちょっとです」

「お前も仮眠をとっておくんだ」

「え?」

「コムが飛んだら、お前はお前で逃げないといけないだろう」

 ランが小さく頷くのに、

「サービスだ、朝まで二人きりにしてやる」

 途端にランは耳まで真っ赤になった。



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