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10話:グライダー

エトビ博士:コムの父親・飛行機の発明者

 一気にグライダーを組み上げた。

「あったか?」

「うん……でも……」

 ランに頼んで持ってきてもらったのは「帆」に使う布だ。

「いいアイデアだろ、これなら」

 俺は自身満々だったけれども、

「コム……でも……」

「金の事か?」

「じゃなくて……」

「なに?」

「この帆なんだけど……」

 ランの不安そうな顔。

 俺は帆を確かめてみたけれども、なかなかの代物だ。

「いい物だと思う……けど?」

「うん……いいのを持ってきたもん」

「なにが不安なんだよ?」

 ランが帆を広げ、骨組みの重ねていく。

「とりあえず……付けてみる?」

 俺は頷くと……しかしすぐに手が止った。

「切っていいか?」

 帆の代金はまだだ。

 ランは一瞬考えたものの、

「うん……じゃないと付けられない」

 あとは俺が帆を裁断、ランが縫うので完成だ。

 グライダーが出来上がると、記憶がさらに鮮明に戻ってきた。

「俺、確かにこれで飛んだ……親父と一緒に」

「うん……そうだね」

「なんだよ……さっきから浮かない……」

「うん……」

「もしかして、例の黒服に嫌がらせされたのか?」

「ううん……あの人はすぐにダリマに戻っちゃったから、もういないの」

「なら、どうしたんだよ!」

「これ……持ってくれる?」

「……」

 ランに言われるまま、グライダーを持ってみた。

 翼だけだから軽いかるい。

 バットと一緒に作っていた飛行機は骨組みだけだったけど、持てるはずもない。

 俺がグライダーを持ってニコニコしていても、ランの表情は暗い。

「どうしたんだよ!」

「コムは持てちゃったけど……」

「なんだよ?」

「きっと……重すぎる」

「え?」

「ちょっと置いて……来て」

「?」

 グライダーを置くと、ランに手を引かれて牧場に出た。

 一羽のカモメが空を漂っている。

 そんなカモメを指差しながら、

「グライダーは……カモメが空を飛んでいるのに似てるよね」

「ああ……」

「風を翼に受けて、空に浮かんでいる」

「うん……」

「重いと浮けないの」

「は?」

「その……木は水に浮くけど、鉄は浮かないよね」

「ああ……でも、あれ、すげー軽いっ!」

「あれじゃ飛べないよ、落ちちゃう」

「な……」

「あの資料にメモがあって……計算しているとわかってきたの」

「……」

「コムのお父さんは……ちゃんと調べて飛んでたの」

「俺は親父と一緒に飛んだんだぜ……ちょっとくらい重くても飛べるって!」

「ダメ……」

「ほら、風が強く吹いたら、飛べるって」

「ダメ……」

「じゃあ、バットをどうやって助ければいいんだよっ!」

「だから……行けない」

「くっ!」

 俺はグライダーを持ってくると、

「ここまで出来てるんだ、飛んでみせるっ!」

「コムっ!」

「見てろっ!」

 俺は自信があった。

 親父と飛んだグライダーとそっくりだったし、今は自分一人なのだ。

 牧場を絶壁に向かって駆け出す。

 もう止るなんて出来ない。

 背後からランの声が聞こえてくる。

 でも、なんて言っているかなんてわからなかった。

(飛べっ!)

 絶壁の端を蹴った。

 普段、目にしない景色が広がった。

 足元はなにもなくて……ずっと下に波が白く砕けている。

(飛べっ!)

 手に力がこもる。

 奥歯がきしむ。

 刹那、圧倒的な風がぶつかってくるのを感じた。

 体をそのまま持っていかれそうになる。

 腕が伸び切ってしまっても、手を離すなんてしなかった。

 翼が風を受けて一瞬音を立てる。

 視界がふわりと浮かび上がるのがわかった。

(飛んだっ!)

 空賊の飛行船が飛んでいる時とは、ちょっと違う感覚。

 でも、上昇しながら、記憶がどんどん戻ってきた。

 親父と飛んだあの時と同じ視界。

 ただ……記憶と違うのは、風の強さだった。

 海からの強烈な風はまだ続いている。

 それが翼をどんどん持ち上げてくれた。

(どんどん高く……)

 左翼から突風。

 途端にバランスが崩れた。

 くるくる回りながら、どんどん落ちていく。

 海の波が迫ってくるところで、目を閉じてしまった。


「大丈夫?」

「ああ……」

 船に引き上げられてから、始めて気付いた。

 左足がしびれて、思ったように動かない。

 よろよろしながら、ランに肩を借りている始末だ。

 ランが心配そうに見ているのに、

「ほら見ろ、飛んだじゃないか」

 強がって言ったけれど、ランの方は冷たい視線を返すだけだ。

 俺が船上でへたりこんでいる間も、ランはグライダーを吊り上げながら、

「風が強いと飛ぶのにはいいけど……」

「……」

「突風なんかには……弱いと思うから……」

「でも、飛んだじゃん」

 強がってみても……落ちた時にそれを感じていた。

 飛ぶのに風の力がいるけれども、強すぎる風はダメだ。

「コム……電話があるから、早く戻らないと」

「ああ……そんな事、言ってたっけ」

 ランの言葉に黒服の男を思い出した。

 足が思ったように動かないのがまどろっこしかったが、ランに肩を借りて急いだ。

 体の自由がきかなくなって、やたらと家までの道が遠く感じられる。

 村の、高い所にあるから、余計時間がかかってしまう。

 肩越しにランに、

「なぁ……ラン」

「なに……コム」

「あの黒服が言ってたろ」

「うん? えーっと、ビン?」

「そう……あの男がランを殺すって言ってたじゃん」

「うん……そうだね」

「俺は……親父を説得して飛行機を作ってもらうべきなのかな?」

「え……」

「俺は電話で、親父を説得して、ランを助けてもらうべき……なのかな?」

 ランは考え込んでいるようだった。

 でも、真顔で見返してきながら、

「コムはどう……思うの?」

「え……なんで、俺に聞くの?」

「うん……コムは船便の仕事で、いろいろつらい事とかあったんだよね?」

「うん……まぁ……うん」

「わたしは学校で勉強して羊やヤギを牧場に連れていったり、漁の手伝いしたり」

「……」

「だから、コムの方が、ああいった人達の事、解ると思う」

「そう……だた……確かに」

 家に到着した。

 まるで待っていたかのように電話が鳴る。

 すぐさま取ると、耳元のスピーカーに、ヤツの声が聞こえてきた。


「博士はどうしている?」

「相変わらずです」

「そうか……」

 ダリマ駐屯地・空軍地下格納庫は騒がしかった。

 エラとの戦闘が始まったにもかかわらず……まだ飛んでいない飛行船がいくつも並んでいるのだ。

 そんな飛行船の整備や補給で右往左往している。

 俺は補佐官に目をやりながら、

「ユフナから戻って来る時、無線を聞いていたが……」

「はい」

「戦況は……思わしくない筈なんだが……どうして飛行船がまだいるんだ?」

「それが……議会が残しておくようにと」

「は?」

「首都ダリマの防衛の要として残しておけと……」

「こんなところで眠らせておく方がどうかしている」

 格納庫を抜けて、地下空間の隅に向かった。

 工事中という事で区画されたエリア。

 その向こうが「飛行機開発」エリアだった。

 巨大な風洞設備もあるが、飛行機の姿は影も形もない。

 白衣の男、エトビ博士がテーブルについていた。

 テーブルには杖がひっかけてある。

 左足を引きずるようにして博士は歩く。

「博士……いいかげん飛行機を作ってもらえませんかね?」

 俺はすぐさまカードを切った。

 ユフナの村で見た飛行機の骨組みの写真。

 それと息子・コムの写真も忘れない。

「あなたの息子さんだ……どうして飛行機を作っている」

「コム……」

「まぁ……この飛行機は破壊した……博士、作ってもらえませんかね?」

「これを……コムが作っていたのか!」

「ええ……最初見た時はびっくりしましたよ……私も飛行機についてはほとんどと言っていいほど知りませんが、それでもちょっとは図面を知ってます」

「……」

「迷ったが……上からの命令で、これは燃やした」

 博士がにらんでくるのに、

「息子さんは、まだ生かしてある……でも、博士の今後の返答次第では……」

「どうすると?」

「息子さんが親よりも先に死ぬ……残念な事です」

 俺が合図すると、補佐官が電話を持ってきてくれた。

 すぐにあのコムの家の番号を交換に告げる。

 ユフナの村までは遠い……でも、すぐにつながった。

「ちゃんと出たな……博士を……お父さんを説得するんだ」

 電話の向こうにコムの声を確かめてから、

「息子さんだ……話すといい」

 博士に電話を押しやった。


 電話が鳴った。

 いつも通りに受話器を手にしたつもり……でも、震えていた。

『ちゃんと出たな……博士を……お父さんを説得するんだ』

「話してみる」

 電話の向こうで微かな音がして、

『コムか?』

「お父さん?」

『そうだ……一度新聞で見た、船の仕事、頑張ってる』

「知ってるんだ」

 電話の向こうで、ちょっと笑っているのが聞こえた。

「お父さん……飛行機を作ってくれないかな?」

『ふん……』

「お父さんが作ってくれないと……村人全滅なんだ」

 返事はなくて、いきなり切れてしまった。

「ちょ、ちょっと!」

「コム……どうしたの?」

「ラ、ラン……き、切れやがった……親父どーゆうつもりなんだっ!」

「なんとかならないの?」

「俺、あっちの番号知らない……情報局で繋がるかな?」

「待ってみたら?」

 ランの言う通り、待ってみたけど、二度と電話が鳴る事はなかった。

「親父……どういうつもりだ?」

「線が切れたんじゃ? 戦争始まってるし?」

「いや……交換までは繋がるから、そんな事はない、親父が切った」

「どうして……?」

「それは俺が……」

「お父さん、なんて言ってたの?」

「なにも……」

 俺が視線を落して考えていると、ランが肩を叩いて言った。

「コムはお父さんに……飛行機を作ってくれるように言ったんだよね?」

「うん……聞いてたろ」

「うん……言ってるの、聞いた……それから切れたんだよね」

「……」

「村人全滅……って言ってたよね?」

「ああ……おおげさだったけど……」

 ランがじっと見つめてくるのに、

「でも、親父が飛行機作らないと、絶対あの黒服はランを……それから村人全滅するって思ったからさ……おおげさでも、そんなもんだって」

「お父さん……切ってくれたんだよ」

「え……」

「コムがそこまで言えば……黒服の人との約束はそこまでだよね」

「でも……作らないとランを殺すって……」

「だから、言ったところで切ったんじゃないのかな」

「それじゃ……」

 俺は親父が「作る」って思って、笑った。

 でも、ランはちょっとさみしそうな笑みで、

「お父さんは……博士は作らないと思う」

「え!」

「コムはあの黒服の人が村人を皆殺しにするって思ったんだよね?」

「うん……ああ……うん……」

「お父さん……博士も情報局のやり方を知ってる筈だよ、ずっと監禁されてるから」

「……」

「それに、お父さんが連れ去られて大分たつよね、それなのに飛行機はまだ完成してないって事は、博士は作る気がないって事だよ」

「じゃあ……あの男はランを殺しに来るじゃないかっ!」

 俺は声を荒げたけれど、ランの笑みはあいかわらずさみしそうな感じだった。


「博士……作る気になってくれましたか?」

「ビン……だったかな……私を監禁してどれだけになる」

「……」

「政変前から、情報局や諜報部のやり方は知っている」

「村人全滅……本気ですよ?」

「……」

 今回の作戦もダメ……博士の目の感じでわかった。

 でも、今までの揺さぶりとは反応がちょっと違った。

「もしかしたら」そんな思いが博士の返事に期待している。

「写真の機体は燃やしたんだな」

「ええ……」

「着いて来い……」

 しめた……杖をついて歩く博士の背中にゾクゾクした。

 研究室に通されてから、

「棚の、一番下の包みだ」

 大きな包みで、ロッカーくらいの大きさがある。

 しかし、引っ張り出してみると、思ったほど重たくなかった。

 一度博士に目をやって、頷くのに中を確かめてみる。

 淡い青、水色の布だった。

「コムがあの飛行機を作ったのなら、あるいはそれで飛ぶかもしれん」

「は? あの子供が飛行機を!」

「あそこまで作っていたんだ……メモが読めれば、解るはずだ」

 俺は包みを抱えて駆け出した。

 高速艇を使えば、明日までにユフナに着けるだろう。

 しかし……待っていた補佐官に、

「今の戦況はどうなってるんだ?」

「新しい情報はまだ」

「エラは頑張っているんだろう」

「ですね……こっちは上陸どころか……」

「うん?」

「シヤンがまずいみたいです」

 南海岸には西にシヤン、東にラドがある。

 西側の海路が大型船の航行がダメなので艦隊配備が薄かった。

 コムが海運で働けるのは、小型船だから行き来できて、仕事があったのだ。

「開戦までに準備はしていたんですが……東回りで艦隊配備はエラに監視されていて思ったようには……」

「まてよ……なんだ……エラに上陸どころか、こっちが上陸されそうなのか?」

「今回の戦争、エラも読んでいたのかもしれません」

「詳しく聞こうか」

 すぐにカバンから資料が出てきた。

 今朝の状況分析で、シヤン沖にエラの艦隊が迫っている報告。

 もう一方の南海岸都市ラドにも相当数が迫っていた。

「この数字は議会には上がってないのか?」

「朝の時点で上がってます」

 研究室を出ると、格納庫に空中戦艦が浮かんでいた。

 俺は報告書を返しながら、

「ここの空中戦艦なら、チュチュ山脈の西の切れ目からシヤンまで直だ」

「ですね……」

「なんだ、浮かない顔して」

「さっきの数字を見たでしょう……シヤンは落ちます」

 俺は立ち止ると、抱えている包みを見て、

「時間を稼げれば別だろう」

「それは……ここの空中戦艦全部でなんとかなると……」

「俺は高速艇で出る……毎時シヤンの戦況を平文で頼む」

 補佐官は頷きながらも、

「少尉……我々は情報局員です」

「それがどうした?」

「ギリアという国を愛する気持ちはあります」

「何を?」

「しかし……我々にこの空中戦艦に命令を下す権限まではないです」

「ふふ……何も我々が命令を下す訳じゃないさ」

「しかし……少尉はまるで空中戦艦が間に合うかのような……」

「空中戦艦が出港準備をしているのは、議員でも話せるのがいる証拠」

「でも、まだ承認されたわけでは……」

 俺は包みをポンポン叩いてから、

「エラの海軍を動かすのさ……こいつで」

 俺は包みの中をチラ見せしたけど、補佐官は首を傾げるだけだった。

「議員で話せるヤツを洗ってせかせ……俺がともかくエラの連中を引き寄せるから」

「少尉……」

「そうだな……シヤンに打電だ『航空支援を待て』」

「航空支援……ですか」

「何だ、変な顔して」

「航空支援……空中戦艦ではないのですか?」

 ちらっと補佐官の顔を見た。

 ちょっとだけ笑っているのがわかった。

「そうだ、航空支援だ」

「最高レベルの暗号で打電しますか?」

「いや……それは無理だ」

「はい?」

「最高レベルの暗号は軍事基地名があるよな」

「はい……それが?」

「航空支援はユフナから出る……ユフナを示す暗号は最高レベルのものにはない」

 また補佐官の顔が歪む。

「そんな暗号を……エラの軍部が信じますかね?」

 俺は笑うと、

「信じようと信じまいと、連中の耳に入りさえすればいい」

「なるほど」

「あと、これは最高レベルで打電だ」

「?」

「飛行機……だけでいい……あとは何も要らない」

 それを聞いて補佐官の表情はまた明るくなった。



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