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夫婦談義 ※PG12

※ある日の夫婦の会話。ただのバカ話。ノリで読んでください。

 少々はっちゃけているため軽く年齢制限アリ。

 台所仕事を終え、寝る準備に入ろうとした美里に、裕也が話しかけてきた。


「じゃ、今日はエッチしようか」


 これは習慣なのだ、といった調子に気負いのない言葉である。

 洗面所の鏡の前で歯ブラシを手にしかけた美里は改まった顔を作り、裕也に向き直った。


「裕也さん」


 この件については、前々からもの申したいことがあったのだ。


「あたしたちの関係、そろそろ見直す必要があるんじゃないでしょうか」

「どういう関係をだっ!」

「いや、そうじゃなくってさ」


 即座に飛んできた夫の突っ込みに、まあ確かに今の言い方では変に取られても仕方がないか、と若干反省しながら取りなす。

 美里と裕也は社内恋愛を経て結婚した。社員三十人以下の小規模な会社は部署が違っても顔を合わせる頻度は高く、また、同い年の同期という気安さも相まって、二人が特別な関係に発展していくのに大した時間はかからなかった。

 ドラマチックな恋の障害もなく、親類縁者含めた周囲から二人の仲は祝福と共に認知され、三年の交際期間を経て、素麺が竹の筒を流れるようにするすると結婚した。新婚旅行はお定まりのハワイに行き、関空離婚(成田より関空の方が近い地域に住んでいる)もすることなく、結婚生活は現在も続いている。

 可愛い盛りの一粒種である二歳の娘もいて、育児のために今は専業主婦生活だ。それでも日々の暮らしは(節約しながらだが)なんとか成り立っているのだから、ワーキングプアも問題視される昨今、夫の稼ぎも大した物だといえるだろう。

 そして特に生活に不満があるわけでもない。

 ないのだが。


「あたしらの生活ってさ、中庸がないって思わん?」

「はあ?」


 『中庸』という、夫婦の営みに関する話題に似つかわしくない堅苦しい単語が出てきたためなのか、それとも配偶者が何を言いたいのか判じかねるためなのか。裕也が、バラエティ番組を見ていたらいきなり国会中継に変わったとでもいうような、ハタから見てもはっきりと分かる怪訝そうな顔つきになった。


「だからぁ」


 美里はわざと語尾を伸ばし、洗面所を出て、ダイニング向かいの和室に移動した。2DKのアパートは、それぞれ六畳の和室と洋室に別れており、奥の洋室では愛娘が健やかな寝息を立てている。布団を外したコタツ机の脇に彼女が正座すると、もの問いたげだが素直についてきた裕也が、その前にあぐらをかいて座った。


「まあ聞きなさいよ」


 美里は説明を開始する。


「結婚する前とか新婚時代は、あたしら週に二回はしてたわけじゃん? んで、するだけじゃなくて、どっか出掛けた時は手ぇ繋いだり腕組んだり、ちょっとした物陰でキスしたりとかバカップル丸出しなこともしてたじゃんよ。まだあたしが勤めてた時は玄関出る前にもキスしてたし、辞めてからも行ってらっしゃいのキスしてた。はっきり言って超ラブラブだったわけ。それがどうよ。今は朝から晩までそういうイチャイチャは一切なし。トキメキも甘い雰囲気も最低レベル。それが月二回何の前フリもなしに、いきなりメーター振り切ったみたいに『エッチしようか』の一言。何それ。夢ってもんがなくない? これって倦怠期ってやつじゃない?」


 美里は普段の鬱憤をはらすべく、マシンガンのように言い放った。

 一方、腕を組み黙って聞いていた(ではなく口を差し挟む隙がなかったのであろう)裕也は、いかにも熟考の末編み出した結論という風に、真面目な顔で述べる。


「つまり、あれか? 回数をもっと増やせと」

「このおバカ!!」


 美里は即座に切り返し、裕也の両頬をあらん限りの力でつねってやった。

 ホンットにお馬鹿、と心底からの怒りと呆れの滲む口調で繰り返す。ついでに痺れてきた足を崩しておいた。正座なんて普段はしないので、長時間は保たない。


「だから中庸って言ったでしょうが! 分かる? ちゅうよう。丁度いいぐらい。ほどほど。別にあたしだってね、何も十代の繊細な小娘じゃあるまいし、『私の身体だけが目的だったのね』とかかわいこぶったこた言わないよ」

「痛ぇなあもう」


 諄々と諭すような美里の前で、裕也が顔をしかめつつ頬をさする。


「そりゃまあ結婚してるわけだし、いくらなんでもそれは当て嵌まらないだろう。大体身体が目的って、やりたい盛りのガキじゃあるまいし……」


 それにこの腹じゃなあ、と不遜にも脇腹を掴みにきた裕也の手を、美里はペシッと音がするほど叩いてはね除けた。彼女にしつこくしがみつく余分な肉のことなど、今は関係ないのだ。美里は都合の悪い部分は直視しない、合理的(?)な性格をしているのである。


「要するにね、普段の触れ合いが足りないんじゃないかと言いたいわけよ、あたしは」


 やっと辿り着くことができた結論を、コイツはどう受け止めるのか。美里は内心戦々恐々の思いで裕也の反応を待った。

 さすがに恋人時代も合わせて六年もの付き合いともなると、素直に感情を表せない部分も出てくる。好きだの嫌いだのといった気持ちは今さらだという気がして、言葉や直接の態度には出しにくくなってしまうのだ。今口にした内容だって、彼女にとっては清水の舞台どころか、上空一万メートルの高さからスカイダイビングするくらいの覚悟が必要だった。しかも、インストラクターなしの。


「でもな、それって俺だけのせい?」


 お前の言い分は分かった、じゃあ迎撃させてもらう、とばかりに裕也がぐっと背筋を伸ばし、臨戦態勢に入る。

 ――普段は猫背のくせにこんな時だけ……

 少しだけ怖じ気づきながら、美里も崩していた足を直して身構えた。


「外出した時に手を繋ぐっつうのは物理的に無理だろ。間に亜里沙(娘の名前である)を挟んでるのにどうやって? 輪になるか? それで歩くか? どんな見せ物だそりゃ。行ってらっしゃいのキス――そういや、前はそんなこともしてたなぁ。あの頃はお前も可愛らしかったよなぁ。今じゃ、俺が玄関出る時に見送りもないよな。朝の用事が忙しいとか、亜里沙の世話があるとかっつって。そこのダイニングから『ゴミ出しといてねー』がせいぜいだろ。あ、別にそれで文句があるわけじゃないよ?」


 非の打ち所もなく指摘される一つ一つにダメージを受け、美里は身を引いてうっと詰まった。

 ぐうの音も出ない。


「実際、亜里沙を見ながら掃除洗濯食器の片付けなんて大変だろうし」


 さらにはフォローめいた付け足しまで加えられ、心が万力で締めつけられたようにキリキリと痛みだす。面倒がらなければ、見送りに割く手間を捻出するなど造作もないことだからだ。


「それにイチャイチャするってもなぁ。平日俺が帰ってくるのは十時以降になるし、それから風呂入ってメシ食って、終わったらもう十二時近いか過ぎてるだろ? 俺だって疲れてるし、次の日に仕事もあるしで眠いし。休みの日は休みの日でどっか亜里沙が楽しいとこ行って、帰ってきたらやっぱりぐったり。大体俺らがくっついてたら、あの子が仲間に入れろって寄ってくるだろが。どこにそんなおままごとを挟む余地がある?」


 これもいちいちご尤も、またしても美里はううっと詰まるしかない。

 確かに、子供中心で回っている生活は、僅かな一人の時間さえ確保するのも難しいほどだ。触れ合いが少ないのではないかと問題提起した美里自身、本音を言えば、旦那とべったりするより孤独にDVDなり雑誌なりを楽しむ一時に飢えている。

 ――しかし、それでは潤いがなさ過ぎるではないか!

 忘れられない過去の若く輝かしい記憶と、現在の正直な欲求の狭間で揺れる葛藤に頭を悩ませている美里を見て、それみたことかと裕也が鼻を鳴らす。フフン、という典型的な勝ち誇り声に返す言葉もなく、それをいくら悔しく思ったところで美里の敗北は決定的だった。

 彼女の夫は普段は饒舌でない割に、ここぞという時の弁が立つ。そしてその妻は、普段から、どんなに忙しくても家事と育児に協力的な夫が繰り出す、正し過ぎる理屈に打ち勝てた試しがない。


「じゃ、そういうわけで」


 裕也が勝者だけが浮かべることのできる、清々しい笑みを放つ。


「エッチしようか。少ないながらも密度の濃い時間を過ごすのが、夫婦円満の秘訣。――さっさと歯、磨いてきなよ」


 何かのキャッチコピーのような台詞を吐く夫に促され、催眠商法にでも遭ったような気分で諾々と従うしかない美里であった。



 その後は、いざ事に及ぼうとした瞬間を狙ったように泣き出した、亜里沙のわめき声に呼びつけられ、しかも寝かしつけている最中にうっかり二人とも眠ってしまい、美里にとって革新的になり損ねた一日の幕は、あっさり閉じてしまった。

 翌朝からは裕也の指摘にも一理あると心を入れ替え、甲斐甲斐しく見送りに出て、行ってらっしゃいのキスを復活させた。これには個人的に満足し、往年の、他人から見たら鬱陶しいだけの熱を少しでも取り戻せたと、心が弾む美里だったのだが――


「あたちも!」


 何事に於いても大人の真似をしたい、パパ大好きな娘までが玄関前での儀式に参加するようになり、しかも明らかに裕也の表情がそちらの方に、より締まりを奪われていて。

 微笑ましいと見守ればいいのか、どういうことだと詰め寄ればいいのか。

 今いち態度を決めかねている美里であった。

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