Wet or Dry(天使と悪魔)
※これを書いた当時はPSPだったんです。
県立西小学校六年三組、帰りの会。
「最近、学校帰りに道で話しかけてくるおじさんがいるそうです。昨日も下級生の女の子が見知らぬおじさんに、ゲーム機をあげるからお話しようと誘われたそうです。みんな、そういう時は一目散に逃げてね。いないとは思うけど、間違ってもついていっちゃダメよ。それから、一人では帰らないこと。必ずお友達と帰ってください」
分かりましたかー、と念を押す担任、早川美紀の言葉に、全員がはーいと元気よく返事したところで、本日は解散となった。
塾や習い事の時間だと慌てて帰る者、机に集まってしゃべり出す者。開放感に包まれた賑やかな空気の中、彩花は机の中にある本日分の教科書を、ランドセルに詰めていた。
勉強熱心でない彼女としてはこんなもの、重いだけなので置きっぱなしにしておきたい。そもそも受検には、塾で使うテキストの方が役に立つ。しかし自分たちが帰った後、必ずミキちゃん(クラスの皆は担任を、愛情を込めてこう呼ぶ。ただし本人のいない所限定で)のチェックが入る。三度注意されても直さないと、親に連絡がいってしまうのだ。彩花はすでに二回注意を受け、リーチがかかっている。小遣いを減らされたくはない。
満腹になり、ずっしりと体重を増やしたランドセルを一度縦向けに、ドッサリと置く。振動で机が揺れた。
彩花はじっとりと水色のランドセルを見つめた。
これも気に食わない。小六にもなって、ランドセルを背負うなんて。ここの教師たちはランドセル会社から賄賂でも貰っているのではないか、そう疑いたくなるほどこの小学生である証の保全に固執する。隣のクラスに、高校生だと偽ってもおかしくないほど大人っぽい子がいるが、ランドセルを背中に乗っけている姿は、何か見てはいけないものを目の当たりにしているような気にさせられる。せめて先生たちも、人を見て判断すればいいのに。
そういう彩花の外見は、幸いな(彩花本人としては悲しい)ことに年相応だ。
「麻央、帰ろ」
彩花はランドセルを背負いながら、離れた席に呼びかけた。
彩花と麻央は、ドブ川の堤防と家並みの間を走る、細い道を通って帰る。
「ミキちゃんが言ってた話、怖いよね。どこら辺で出たのかな」
背負ったピンクのランドセルのベルト部分に手を添え、トコトコ歩きながら不安げに麻央が言う。ややぽっちゃり系の麻央はおっとりしていて、発した言葉にぽわぽわと花が飛んでいるような印象を受ける。だから彩花は一瞬、麻央が言っている内容に、狸とか狐とか、実際に対峙してしまったらビビるだろうが、音の響きはこの上なくローカルな獣を連想してしまった。
「――ああ、痴漢のこと?」
やや間を置いてから答える。
「大丈夫なんじゃない。そんなロリコン変態オヤジがここらに出たなんて、聞いたことないし」
しかし世の中というものは、どこまでも広がっているようで案外狭窄だ。寝耳に水な事件に巻き込まれる当事者は、大体が渦中に放り込まれてから、自分がこんな目に遭うなんて! と嘆くよう運命づけられている。
二人の話題が痴漢から来月に開催される球技大会へ、4組の清水くんは同じクラスの川田さんと付き合っている、早いよね~という内容を経て話題のドラマに移ったところで、彩花は進行方向から長い影が射していることに気づいた。ちょうど山へ登るための脇道に差し掛かった場所で、そのすぐ横にはお地蔵さんが立っている。
人通りが少ない、まさに後ろ暗い目的を胸に秘めた輩が好む、ドンピシャゾーンだ。
彩花は影を辿り、眩しさに目を細めつつ、仁王立ちする人影を下から上まで睨め上げた。二人はこのまままっすぐ進んで帰りたい。しかし、その人影は道を塞ぐようにして立っている。律儀に、通せんぼの形に両手を広げて。まるで、チケットのない客の通行を阻止する警備員のように、誇らしげにすら見える。
気の弱い麻央が、彩花から一歩退いた位置まで下がった。そのまま、歩き続ける彩花の後ろに隠れるようにしてついてくる。ちなみにやせ形の彩花では、体格の問題で麻央を完璧に見えなくしてあげることはできない。
人影のバックにある沈みゆく太陽を見て、どこで覚えたか忘れてしまったが、夕陽効果という言葉を思い出した。もしかしたら、逆光効果かもしれない。
概要は、例えば転んでしまった時に、すぐさま「大丈夫?」と引き起こしてくれた男の子がいたとする。ありがとう、とお礼を述べながらその子を見ると、ちょうど夕陽が後ろから当たっていて、目が眩んで顔がはっきり見えない。顔の造作は、想像力が補完する。助けてくれた子に、悪いイメージを持てるはずがない。
かくして本来なら目隠しして並べられた福笑いのような顔の子でも、ジャニーズ事務所に籍を置くような美少年に脳内変換される。そこで立派な一目惚れが出来上がるというわけだ。その錯覚は、人によっては何年も続くらしい。
――というようなことだったと思う。しかし、今堂々と天下の公道を独り占めしているオッサン(逆光でもこれだけは判別できる)に心を奪われようとは思わない。
彩花は、危険に関わらないために一般人が当たり前に持つスルースキルを遺憾なく発揮し、背後に麻央をくっつけたまま、頭が不自由そうなオッサンの脇をすり抜けようとした。その際に、麻央がさりげなく彩花の隣に位置を変える。もちろん、オッサンから遠い方へ。
「お嬢ちゃん」
無視。
「お嬢ちゃんってば」
「な、なんですか?」
「バカ麻央。なんで無視しないの」
彩花は隣を向き、彼女の腕にしがみつきつつ返事してしまった麻央を、姉のような気持ちで叱責した。
「情をかけたりなんかしたら、餌をくれってついてきちゃうじゃない」
「おじさんは捨て犬じゃないよー」
「え、でも、大人の人にはちゃんと挨拶しなさいっておばあちゃんに言われてるし……」
「知らない人と口利いちゃいけないって、先生にも親にも言われてるでしょ!」
「そうやって、閉じた社会が出来上がってしまうんだよー」
って、あんたみたいな大人がいるからだろうが。
「あああもう、うっさいな!」
うんざりしつつも警戒しながら、彩花はさっきから口を挟んでくる怪しさ全開オヤジを見上げた。この期に及んでまだ「君たち仲いいねぇ」とか言っている。和んでんじゃない、オッサン。
「私たちに何か用ですか?」
よせばいいのに、麻央が礼儀正しく問いかける。
「ちょっとおじさんとお話ししようよ。お礼にこれあげるから」
ほら、と友好的に差し出されたのはPSP、巷で幅広く受け入れられている携帯用ゲーム機だ。女の子に狙いを定めているのか、色はブロッサムピンクだった。
こんな物で気を引こうというのか。
はん。彩花は鼻で笑った。
「オッサン、あたしらが小学生だからって舐めてない?」
ままならぬ状況に悲嘆する人間もいるだろう。しかし、彩花は非日常に迷い入ったくらいで嘆くような、線の細い性格はしていない。特に今のクラス、悠馬と出会ってからはさらに鍛え上げられた。悪魔の相手をさせられたことだってあるのだ。隣で震えている麻央だって、本気で怯えているのかどうか分かったものではない。
こんな色惚けオヤジ、一ひねりで撃退してやる。
「こないだ、低学年の子に話しかけたのってオッサンでしょ。ねえ、傾向と対策って言葉知ってる? テストでも試合でも、狙う対象の性質を見定めて、手段を変えなきゃなんないってこと」
麻央が「すごぉい、悠馬くんか航くんが乗り移ったみたい」と口に手を当てる。余計なお世話だ。
「まあ今時あめ玉あげるから、なんて時代を無視したやり方するよりはましだけど。低学年の子を釣りたいんだったら、DSにした方が良かったんじゃない? それにそれ、ソフトも入ってないじゃん。そんなんでどうやって遊べっての?」
「えっ、あれっ? いや、おじさんこういうのよく分からなくて」
あたふた慌てた様子でオッサンがゲーム機をひっくり返したり戻したりしている。
「それにさぁ、あたし、別にゲームには興味ないんだよね。ブルーレーベルの財布でも持ってきてくれたら考えないでもないけど」
その人の嗜好にもよるが、ブランド物というのは老いにも若きにも、水戸黄門の印籠のような効力を発揮する。彩花は親に、二年分のお年玉いらないから財布買って、とねだって、マセたことばっか言ってないで勉強しなさい! と雷を落とされたばかりである。
二つ折りのやつ、と重ねて言うと、麻央が「私は○みまろさんのDVDがいいなあ」と控え目に申告した。
麻央はおばあちゃんの影響で、若いくせに綾小路○みまろが好きなのだが、彼女とよく似たおっとりばあちゃんはアナログ機器をこよなく愛しており、残念ながらカセットテープしか持っていない。一度漫談ライブ会場で販売されているのを見かけてから、どうしても欲しくなってしまったようだ。今度の誕生日プレゼントはぜひとも○みまろさんを我が家のテレビに、と要求し、娘にはもっと若者らしい趣味を持ってもらいたいパパとママを困らせているらしい。
「じゃあ、そのぶるーなんとかって財布を持ってきたらおじさんとお話してくれる?」
何かを期待するように、ただでさえ赤ら顔のオッサンが茹でタコのようになる。キモい。昼間っから酒でも飲んでいるんだろうか。そういえば、少しアルコールくさい。ウザ。
「ブルーレーベル。言っとくけど、青い財布じゃないからね。バーバリーだからね。でもそれ以前に」
すでに先程確認済みだが、自分のためではなく相手に見せつけるために、彩花は首を動かしてもう一度オッサンの姿を上から下まで観察した。洗濯した後、干さずに丸めたまま放置して自然乾燥したかのようにグシャグシャのポロシャツ。シャツの裾を挟み込んでいる、ツータックの野暮ったい綿パン。こちらももちろん皺だらけ。視線を上に戻せば、いい加減に散髪しろよせめて櫛通せ、と突っ込みたくなる襟足の伸びたボサボサの髪。白髪が所々に浮いているが、ハゲてはいない。働き盛りの壮年という感じなのに、伸びっぱなしの不潔感溢れる髭。
「あり得ない」
彩花は首を振り、断言した。
「えっ、何が?」
彩花の裁定を居心地悪そうに待っていたオッサンが、戸惑ったように尋ねてくる。
「その格好があり得ないっつってんの。変質者って言うより浮浪者じゃん。まずその見た目だけで引くね。どんだけ良さげなご褒美ちらつかされても絶対に近寄りたくないし、話しかけられるだけで病気がうつるって思うね」
「じゃあ彩花ちゃんも今、病気になるって思ってるの?」
「あんたちょっと黙ってなさい、麻央」
思うわけないではないか、馬鹿馬鹿しい。大袈裟に言ってみただけだ。
「酷いこと言うなあ、君は」
オッサンが苦笑した。その反応に、社会生活に適応した大人が持つ『まともさ』を感じ、彩花は心持ち真面目な声で言った。
「オッサンさあ、なんでこんなことしてるわけ? 今までよく通報されずに済んだよね。それに普通、子供にここまで生意気な口利かれたら、大人ってムカツクもんじゃないの? それとも何。オッサンは真性のロリコンオヤジで、本気で小学生の女の子を捕まえて、イタズラしちゃおうとかって考えてんの?」
もしそうだったらランドセルについている防犯ブザーを鳴らし、怯んだところに蹴りくれてから麻央の手を取って、一目散に逃げよう。
いざという時のシミュレーションを頭に浮かべつつオッサンを見据えると、目の前の変質者がペタリと座り込んだ。
これは戦意喪失の表れか?
彩花は眉をひそめ、不思議そうに首を傾げる麻央と顔を見合わせた。
「かなわないなぁ」
地面を暖める変質者が、諦め、それから自嘲のようなもの、そして少しだけせいせいしたという感じの声を出した。膝の間に頭をうずめ、両手でくしゃりと髪を掴んでいる。
「今時の小学生ってのはまったく……」
オッサンが顔を起こし、二人を見上げる。眉が下がったその表情は、もう少し先に行った家で飼われている犬に似て見えた。名前は知らないが、彩花と麻央が通るたびに遊んでくれと憐れっぽく鳴き、尻尾をちぎれんばかりに振ってくる、人懐っこい柴犬だ。
「おじさんはね、三ヶ月前に、働いていた会社をクビになったんだ」
「リストラってことですか?」
シッ、と手振りで空気を読まない麻央を注意した。ここはオッサンの独白場面だ。ドラマなら、寂しげな音楽が流れ出しているところだ。
「入社して十五年、まさか自分が整理の対象になってるなんて思いもしなかった」
オッサンは二人のやり取りなど聞こえていないかのように続けている。自分が主演の物語を聞いてほしいのだろう。
「それからは不運続きでね。嫁は二人の子供を連れて実家に帰ってしまうし、空き巣に入られて通帳は持っていかれるし。慣れない料理で魚を焼こうとしたら、うっかり忘れてしまってボヤ騒ぎにもなったなぁ。それでも心機一転再就職してから妻子を迎えに行こうと思ったら、就職難で受け入れ先が全然見当たらない」
二ヶ月で三十社落ちた。そう聞いて、彩花はオッサン頑張ったなぁとつい労いたくなった。
「とうとう何もかもが嫌になってしまってね。娘たちを思い出して、ついこんなことをしてしまった」
オッサンが、手に持つPSPに目を落とした。
「変なことをするつもりはなかった。ただ、話をしたかっただけなんだ」
「つらかったんですね……」
麻央が目に涙をうかべながら同情を示す。彩花は口を尖らせた。すぐに感情移入などするから、年寄りくさい趣味を持つことになるのだ。
ドライな小学生を自認している彩花は、安易に慰めの言葉などかけたりしてやらない。
「まあ、あたしらはまだ子供だからさ、働くお父さんの苦労なんて分かりゃしないんだけど」
髪型が乱れないように気をつけながら、頭をカリカリ掻く。
「オッサンは子供なんて脳天気に授業受けて、休み時間にのほほんと遊んで、給食食べて帰るだけだなんて思ってるかもしれないけど、小学生だって苦労してるよ? 特にあたしらは受験生だから、模試の結果が悪かったら人生の一大事みたいに泡食った先生から発破かけられるし。親に絶対有名私立へ入れって命令されて、登校拒否になった子もいるんだから」
「それって、1組の灰中くんのこと?」
「そうそう」
口を挟んだ麻央に適当に返事してから、再びオッサンの方を向く。こんな、苦労自慢なんて彩花の性に合わないのだが。ちなみに勉強嫌いの彩花は中学へ入ってから楽をするために、中高一貫の公立を受検する予定だ。
「それに、学校って結構弱肉強食な場所だよ。昨日まで給食のおかず交換するような仲だった子が、対処を間違ったら机を隠して嫌みったらしく笑うようになったりだとか」
「うちのクラス、みんな仲いいよ?」
「麻央、いちいち茶々いれない」
2組で野上さんがやられてたでしょ!
麻央を睨んでから、またオッサンに目を戻す。
「前なんて、悪魔に魂を取られそうになったしさ」
比喩的な表現だって解釈してるんだろうな。彩花は瞬間目元を弛緩させたオッサンを見て思った。こっちはそのままの意味で言ったんだけどね。
「とにかくさあ、あたしらにだってあたしらなりの苦労があるってこと。でも頑張って、健気な子供してんじゃん」
君に最もふさわしくない言葉だ。健気という単語の意味を分かっているんだろうか、というように眉間に皺を寄せられたが、異論をシャットアウトする強気な視線を返しておいた。
「そのPSPだって、失業手当とかいうやつで買ったんでしょ。そんな、おじさんはお金持ってるんだぞ、みたいなミエミエの見栄はって無駄遣いしてないで、とりあえず散髪屋さん行けば? 外見がサッパリすれば、社会不適合者みたいな変質者行為もする気なくなるかもよ」
「ミエミエのミエ……」
麻央がクスリと笑った。
「いや、ダジャレじゃないから」
こんなくだらないネタ、○みまろだって使わない。
「今時の小学生って、みんな君みたいに口が回るの?」
いや、そうでもないか。少なくともうちの娘は違う、とオッサンが立ち上がりながら腰の土を払う。どういう意味での発言だ。
「彩花ちゃんは特別だと思います。でも、私たちのクラスには結構そういう人たちがいます」
「律儀に答えなくていいってば、麻央」
「なんかねぇ、状況は全然変わってないんだけど」
言葉の通り、ボサボサの髪と不格好な髭、よれよれの服装は変わらない。けれど周りを覆っていた澱んだ色のフィルターを破り捨てたみたいに、オッサンを取り囲む空気のようなものがクリアになっていた。表情も、憑き物が落ちたような、という感じで明るくなっているような気がする。
「ありがとう。君たちと話してたら、もうちょっと希望を持っていいのかなって気になってきたよ」
あれだけ悪し様に罵られて浮上し、あまつさえお礼を言うなんて、やっぱりこの人はアブノーマルなんじゃないだろうか。彩花は少しだけ危惧した。
「おじさんだってまだ三十七だからね。まだまだやり直しはきく」
自分に言い聞かすように呟きながら、ん~、とオッサンが気持ち良さそうに身体を伸ばす。
彩花は驚愕に目を見開いた。
「オッサン、三十代だったの!?」
四十代後半かと思ってた。思わず指を差しながら呟くと、麻央にペシッとその指を叩き落とされた。
「彩花ちゃん、失礼だよ」
年齢を勘違いしたことなのか、指を差したことを言われているのかは分からない。おばあちゃん子の麻央は、時々妙なことに口うるさい。
「そうですよー。おじさんはアラフォーなんですよー」
そう言ってから、オッサンは伸ばしていた腕を降ろし、改めてという感じで二人に向き直った。
「今日、声をかけたのが君たちで良かった。いい大人が恥ずかしかったよね。おじさんは、更正を目指します。床屋にも行ってくるから、もしまた道でバッタリ出会ったら、話しかけていい?」
「もちろんです」
麻央が即答した。
財布を持ってきてくれたらね、と嘯きかけた彩花だが、実際に出たのはこんなのだ。
「待ち伏せじゃなかったらね」
結局の所、彩花がドライになりきるには、もう少し世間の冷たい風に当たる必要がありそうだ。今はまだ、乾燥が足りない。
オッサンはブロッサムピンクのPSPを大きく振りながら去っていった。
その後二人がオッサンに会うことはなかった。
何ヶ月か経ったある日、行事でいつもより早めに学校へ向かった彩花は駅への道で、パリッとしたスーツを着た、頭も顔も小綺麗にさっぱりしたオッサンらしき人を見かけたような気がした。少し通り過ぎてから足を止めて振り返り、よく見ようとしたが、その人は、すぐに人混みに紛れて見えなくなってしまった。
彩花の家では、サラリーマンのお父さんは小学生の娘よりも早く家を出て、遅く帰宅する。社会人と小学生は、活動する時間帯が交わらない。ひょっとすると、ひょっとするのかもしれない。
でも――と踵を返す。
ドライな彩花にとって他人の就職事情など、どうでもいいことの内の一つだ。
――あたしには関係ないね。
心中で意識して斜に構えた後、弾む足取りで、彩花は学校への道を急いだ。
※ちなみに書き手は○みまろさんを尊敬しています。彩花は辛辣な物言いをしていましたが、あくまで設定上の発言だとご承知置きください。ファンの人、スミマセン!