2話
「なぁ、知ってるか? 俺たちの代にあの勇者の子供がいるらしいぜ!」
「あぁ、聞いた聞いた。すっげぇよな! あの勇者だろ。魔族との戦争に終止符を討った英雄」
「え? そうなの!? あの勇者の子供! 魔の王ルシフェルを滅ぼしたっていう勇者の!」
「そうそう、きっと子供も勇者みたいに強いんだろうな」
「そりゃそうだろ。なんたってあの勇者だろ、魔族千人を一人で殲滅したっていうさ」
「それだけじゃねぇだろ。なんでも数万人の怪我人を一瞬で治したりもしたらしいぜ」
「俺の聞いた話じゃあ、十万の軍隊全員に身体強化と魔術障壁の付加魔法をかけたっていうのもあるぜ」
「マジかよ!? すごすぎるだろ!」
初めて入る学園の教室。そこには既に二十人ぐらいの男女がいた。そして半数以上の人が同じ話題で盛り上がっていた。そう、私の話で。
いや、なんかもうほんと周囲の喧騒を聞いていると冷や汗が止まらなくなってくるね。なんというか心臓に悪いにもほどがあるよ。まさかここまで大騒ぎになるような人物なんて聞いてないし!
(確かに息子本人は、それはそれは、チートキャラを具現化したような感じだったけど……)
問題は私の方だ。彼の身代わりの私には、当然戦う事も、ましてやそんなすごい治療魔法を使用する事なんてできない一般人なんだから。
(これは……ばれたら大変どころ、じゃない……よね?)
うぅ、胃がきりきりと痛くなってくる。魔法なんてどうしろっていうのよ。一応保険はあるけど……それにしたって辛すぎる。
まだ唯一の救いは私が勇者の息子(正確には代理だけど)だとばれていない事。彼の存在は、父親である勇者が存在を隠してたみたいで、その顔はおろか、名前も知られていないっていうのが私にとっては唯一の生命線。
(絶対にばれちゃいけない。そんな風に目立って、私が偽者なんてばれたら)
私は元の世界に帰れなくなってしまうのだから。
†
「私の代わりに学園に通って欲しい」
そう、彼はそう言ったのだ。そしてこれはあまりにも酷いお願いだった。何故なら私のは断る事ができない、一方的なお願いなのだから。むしろ命令でもしてくれた方が彼を思う存分恨むことが出来る分マシだったのかもしれない。
こんな異世界なんて場所に私の意志を無視して無理やり召還して、右も左も分からない、一人では生きていく事さえ困難な場所で彼のお願いを断るという事、それはほぼ間違いなく辛い生活を強いられるし、場合によっては死ぬ事さえあるだろう。
「どうして、私が貴方の代わりにそんな場所へ行かないと行けないの?」
だから思わず口調が問い詰めるようになってしまったのは仕方ない事だと思う。余りにも理不尽で身勝手でふざけている彼の行動に、私は怒っていた。
彼を怒らした所で私が得をする事は無い。むしろ逆、不利益にしかならない。本当なら彼のご機嫌でもとった方がいい。けれど、そこまで分かっていても理屈と感情は別で、私の口は、感情は、心は、怒りを抑える事が出来なかった。
「無理やり人を呼び出して何よそれ!? 意味わかんない! そんなの命令じゃない! 強制じゃない!」
「……それは」
彼は苦虫を噛み潰したような表情で、言葉を詰まらせた。その態度がまた癪にさわる。罪悪感でも感じているっていうのだろうか、何を今更。
「私は貴方の言いなりになんてならない!」
絶対こんなやつの言うことなんて聞いてたまるかっ!