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1話

目の前には柔らかな笑顔で微笑む少年がいた。


彼と会うのは一年ぶりになる。


一年前より、背がのびただろうか。


以前よりもずっと大人っぽくなった彼の姿に一瞬見惚れてしまう。


窓から差し込む光が、彼の金色の髪をきらきらと輝かせていた。


その姿はとても幻想的で、そしてそれは初めて出会った時と同じだった。


彼とは毎日話をしていた。


辛い事も、嬉しい事も、悲しい事も、泣きたい事も、全部、全部話していた。


それも今日で終わり。


私のこの奇妙な生活は終わりを告げる。


ずっと辛かった。


ずっと寂しかった。


早く帰りたかった。


この少年の事は嫌いでもない、むしろ好意を持っているといってもいい。


けれど、この状況に陥れたのは彼なのだ。


彼は自分のわがままを通すために、私を利用したのだ。


それを思うと、少しばかり彼にお返しをするぐらいの事、許されるのではないだろうか。


彼の我侭に付き合ったのだから、ほんの少しお返ししても罰は当たらないだろう。


私はそっと彼の正面から近づいてゆく。


そう、これはあくまでも彼に対しての報復なのだ。


近づく私の視界には、彼の表情しか見えない。


ささやかな……報復。


やがて彼の瞳しか映らなくなり、


私はそっと……彼の唇に……




「はっ!」


そこで私は目を覚ました。


「な、なんて夢を見ているの?!」


夢の事を思い出して愕然とする。


夢なんて起きたら忘れていればいいのに! なんて思いをしたのは生まれて始めてだ。


ベッドの中でごろごろと身悶えてしまう。多分今の私の顔は真っ赤だろう。


「はぁ」


そして思わず吐いて出てしまうため息。


期間は一年間。


それが私に突きつけられた条件だった。


「私の代わりに学園に通って欲しいんです」


目の前にいる自分とそっくりな少年はそう告げたのだ。


そう、“女”である私に対して。




 始まりは草原だった。


 見渡す限り本当に何も無い。穏やかな陽気で、頬にあたるそよ風が気持ちいい。“こんな状況”で無かったら横になって眠りたいぐらい。


(いや、むしろ寝ているのかな……)


 本気でそう考えはじめる。だってこんなの夢としか思えない。私は、自分の家の玄関から一歩外を出ただけなのだから。


(リアルな夢だなぁ)


 勿論私の家の周りが草原なんて事は無い。私の家は都内から外れた郊外にある一戸建てだ。確かに胸をはって都会とも言えないけれど、それでもここまでの田舎じゃない。というか後ろを振り向いても、家の姿形もない。こんな状況に遭遇したら夢としか思えないのは自然な事だと思うんですよ。とはいえ、頬に当たる柔らかな風の感触とか、むせ返るような草の臭いとか、なんだか余りにリアルに五感を刺激するこの状況。なんとはなしに頬を抓ってみる。


「……痛い」


 うん痛い。あれ、痛い? いやいやいやいや、夢なんだから……痛いとか感じないんじゃ……それとも……夢じゃない……とか…………


「あはは、そ、そんな馬鹿な話」


 あれか、いきなり神隠しよろしく、みたいな瞬間移動でもしたっていうのかな。はっはっは、そんな馬鹿な話はマンガの中だけで十分です、はい。もっと現実的な考えをしよう。いくら私がマンガ好きだからって、本当にマンガみたいな状況に陥るわけが無い。そう、科学万歳な現代社会に生きる人として、そんな非科学的な想像をするなんて余りにも馬鹿げてる。となると、この状況は一体どういうことだろう。まず一番最初に考えられるのは、夢の中というありふれたオチ……は残念ながら無い。いくらなんでもここまでリアルな夢なんて見た事ない。それに頬も痛かった。というかまだちょっと痛い。


(う~ん、となると後考えられるのはなんだろう)

 

 まずは状況を整理しよう。

 今日は休日で高校はお休み。寝起きの私はコンビニへ行こうと家を出ました。そしたら外は草原でした。うん、状況整理終了です!


「な、なにひとつわからない」


 お、おかしい、あまりにも意味不明で荒唐無稽。前後の脈絡が無さ過ぎる状況に愕然とする。 家を出ましたた→草原でした☆っておかしいにもほどがある!! ちなみにコンビニは家から徒歩数分というすぐ近くにある。決してこんな草原の向こう、地平線の彼方にあるなんて事は決して、決して無い!


「どうしろっていうのよ……」

 

 今の私はお洒落の欠片も無い黒のジャージを着ていた。軽く飲み物だけ買ってくるつもりだったから、ズボンのポケットに五百円玉を一枚入れているだけで他に持ち物なんて無い。食べ物はおろか水さえない。このままここにいたら、数日後には干からびた一人の死体が転がっているだろう……その想像に青ざめた私は、仕方なく歩き出した。


 なにも分からないまま、どこに行けば良いのか、どこに向かっているのか、分からないままに歩き出した。


 これが私の異世界生活の第一歩となる。



 あてもなくただひたすらに歩くという行為は予想以上に人を疲れさせる。せめて目的地でも決まっていたら話は別なのだろうけど、そんな事を考えながら、体感で小一時間ほど歩いただろうが、相変わらずの風景に辟易としてくる。もしかしたら、いくら歩いてもずっとこの風景なのかもしれない。そんな嫌な想像が脳裏をよぎりはじめた頃、遠くから何かが聞こえてくる。辺りには人はおろか、動物すらいない、一体どこから聞こえてくるのだろうか不思議に思い、辺りを見回した時、それは見えた。


 遠目にもわかるほどの美しい金色の髪の少年。輝く髪は太陽の光を一杯に受け、きらきらと眩しく輝いていた。少年は馬に乗りながら大きな声で叫んでいた。叫びながら周囲を見渡す少年は表情は必死で、汗だくだった。そして近づいてくる彼と視線が合った瞬間、彼は目に見えてほっとしていた。今にも泣きそうな、それでいて安心した笑い顔……思わず胸がキュンとしたのはないしょです。


「よかった……召還場所にいないから心配したんだ」


 息を荒げながらもそう話す彼の声はとても綺麗で透き通っていて、思わず聞き入ってしまいそうに……って、いま何言った!?


「えぇっと、召還って何ですか?」


 表情は冷静に、それでいて背中には冷や汗だらだらという私の素晴らしい演技力を褒めて欲しい。恐らく私より年下と思われる12~13歳ぐらいの少年。まだ高校一年になったばかりの私だけれど、せめて年上の余裕を見せていたいのだ。


「あぁ、すみません。説明不十分でしたね」


 息を整え、再び笑顔で話しかけてくる少年。うん、やっぱりいい声、ってそうじゃなくて。


「私はユマ=セルゲイル=イシュタリトといいます」


 そう丁寧な口調で話しかけてくる少年は、まるで大人の真似をする子供みたいでちょっと微笑ましかった。

 

「私は」

「如月夕菜さんですよね?」

「え、は、はい。そうです」


 思わず敬語で答えてしまう。どうして私の名前を知っているのだろうか?


「まず初めに……ここはあなたのいた世界ではありません。異世界というとわかりやすいですかね」


 私の常識が足元からがらがらと音を立てて崩れ落ちていった。


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