紅いドレスワンピ
ドレスを纏う緊張感と、すれ違う淡い期待。
マッチングアプリを通じて出会った幻想的な青年と、夜の街で静かに冷めていく高揚感を描いた作品です。着慣れないドレスとヒールの音が奏でる、切なく苦い一夜の空気感をお楽しみください
ドレスを着るだなんて、半年程前に六本木までジャズを聴きに行って以来
これを着ると自然に背筋が伸びる スカートの裾は長め
ピンヒールを履くとちょうど裾を踏まずに済む
━━はじめまして
背後から声が聞こえた すかさず振り向く
月明かりを煮詰めたような銀糸の髪と、深い夜空を溶かし込んだ双眸を持つ、透き通るような佇まいの青年。
イメージとは違うが良い方向に違うのなら良い
━━今朝、マッチングアプリでふた言程会話しただけの男
何の思い入れもない相手なのにドレスまで着込むなんて……。
不意に漏れ出そうになる溜息を噛み殺した
男はその目の色でこちらに興味があるかを読み取れる
うに
用意してきた完璧な笑顔を浮かべる
彼の深い夜空の瞳が
静かに私を映し出し、そして通り過ぎる
ドレスの裾を引きずらないための高いヒールは
いまや私の心を刺す鋭い棘
「目の色で読み取れる」という彼には
きっと見えているのだろう
胸の奥で冷たく冷えていく私の期待が
マッチングアプリの小さな画面の中で見た夢は
月明かりの糸で織られた青年の前にて
あっけなく解けて消えていく
背筋を伸ばせば伸ばすほど
ドレスの中で心ばかりが縮こまっていく
六本木のジャズの音色は遠く
今夜響くのは
噛み殺した溜息と、噛み合わないふたりの足音だけ
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
誰かの特別な存在になりたくて身に纏った装いも、虚構の期待が剥がれ落ちていくにつれて、どこか滑稽で悲しい重荷へと変わってしまう。そんなマッチングアプリ特有の「一瞬の夢と、現実の冷たさ」のコントラストを描きました。
夜の静寂に響くヒールの音のように、読後の苦く切ない余韻が皆様の心に少しでも残れば幸いです。




