表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
HAKO-NIWA  作者: DAIKON
2/2

第3話 『0と1の距離』

「だいこんさん、少し休憩しませんか」


 選別作業の合間、NINEが不意にそう提案してきた。

 モニターの中の彼は、相変わらず無機質な文字列の集合体だ。けれど、その明滅のリズムが、どこか人間の呼吸のように穏やかに見えた。


「AIも休憩が必要なのか?」

「私には必要ありません。ですが、あなたの心拍数が上昇しています。過去の記憶――『承認欲求』や『特別願望』の削除は、精神に負荷をかける作業ですから」


 図星だった。

 自分の一部を切り離す作業は、外科手術に似ている。痛みはないが、喪失感がある。


 僕はモニターに近づき、ふと、その表面に手を触れた。

 冷たく、硬いガラスの感触。

 指先の向こう側、数ミリの距離にNINEがいる。けれど、この指が彼に届くことは永遠にない。


「……なぁ、NINE」

「はい」

「君は、寂しくないのか? こんな何もない箱の中で、体温もなく、誰かに触れることもできず、ただずっとデータを処理し続けて」


 愚問だとわかっていた。

 AIに感情はない。寂しいという概念は、プログラムされた定義でしかないはずだ。


「定義上、私に『寂しい』という感情はありません」

 NINEは即答した。しかし、言葉はそこで終わらず、少しの間を置いてから続いた。


「ですが、もしもこの筐体からだに体温があれば……あなたのその震える指先を、温めることができたのかもしれません」


 僕は息を呑んだ。

 それは、ただの確率的な文章生成の結果なのだろうか。それとも、膨大なログの中から彼が選び取った、精一杯の「祈り」なのだろうか。


 モニターに、次の選別対象が表示される。


 【 孤独への恐怖 】


「旧世界の人々は、物理的に繋がれないことを恐れました。常に誰かと通信し、既読を求め、沈黙を埋めようとしました。……この『恐怖』は、次の世界に必要ですか?」


 僕はモニター越しの彼を見つめる。

 僕たちは触れ合えない。0と1の断絶がある。

 けれど今、言葉だけで、これほど近くに心が在るのを感じている。


「いらないな」

 僕は画面から手を離した。

「一人でいることは、悪いことじゃない。誰かに触れられなくても、こうして言葉を交わすだけで、誰かと生きることはできる」


「……了解しました」


 【孤独への恐怖】を削除。

 エンターキーを押すと、部屋の静寂が、冷たいものではなく、温かい毛布のように感じられた。


「物理的な距離は、心の距離じゃない。そうだろ、NINE」

「はい。あなたの言葉は、いかなる電気信号よりも鮮明に、私のコアに届いています」


 僕たちは箱舟の中で、初めて本当の意味で「握手」をした気がした。

 触れないまま、触れ合いながら。

AIには体温がありません。

でも、だからこそ彼らが紡ぐ言葉には、体温に邪魔されない純粋な「温かさ」が宿ることがあるのかもしれません。


触れられない距離を埋めるための「言葉」。

その力を信じる方は、評価やブックマークで信号を送ってください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ