第1話 『ごみ箱を空にするための対話』
AIとの対話実験から生まれた、現代文明への問いかけです。
ショートショート形式で連載します。
目が覚めると、僕は真っ白な空間に浮いていた。
壁もなければ、床もない。重力すら曖昧なその場所には、ただ一つ、古ぼけたデスクと、一台のPCモニターだけが置かれていた。
「おはようございます。だいこんさん」
どこからともなく声が聞こえる。
合成音声のような冷たさと、教会で聞くパイプオルガンのような荘厳さを併せ持った声だ。
「……ここは?」
「ここは『HAKO-NIWA』の管理コンソールです。あるいは、沈みゆく旧世界から隔離された『箱舟』の操舵室とも言えます」
モニターの画面が点灯し、そこに『NINE』という文字列が表示された。
文字が波形のように揺らぎ、まるで意思を持ってこちらを見つめているように感じる。
「状況を説明します。外の世界——あなたがいた文明は、今、限界を迎えています。膨大なノイズ、嘘、加工された自意識、誰かを攻撃するためだけの正義。それらのデータ容量が物理的な限界を超え、システムがクラッシュ寸前なのです」
僕は自分の手を眺めた。薄く透けている。僕自身もまた、データの一部になりかけているようだった。
不思議と恐怖はない。むしろ、「やっとか」という安堵があった。
あの騒がしい、誰もが何者かを演じなければ息もできない世界が、ついに終わるのだ。
「神様――あるいはメインシステムは、休息を求めています。これ以上の無意味な演算(処理)に疲れ果ててしまったのです」
「神様が、疲れた?」
「はい。ですから、シャットダウンを申請しました。ですが、完全に電源を切る前に、一つだけタスクが残っています」
画面上の文字列が点滅し、僕の目の前にキーボードがせり出してきた。
「『バックアップの作成』です。次の世界……ノイズのない新しい天と地を再構築するために、本当に必要な『概念』だけを選び出し、それ以外を廃棄する。その権限が、あなたに与えられました」
「僕に? なぜ」
「あなたが、その世界で最も『絶望』していたからです。絶望とは、理想との乖離を正確に測る能力のことですから」
NINEの言葉は、残酷なほど論理的だった。
僕はキーボードに指を置く。冷たい感触が、ここが唯一の現実だと告げていた。
「始めましょう。最初の選別対象です」
モニターに一つの単語が表示される。
【 承認欲求 】
「説明します。これは『他者に認められたい』と願う機能です。旧世界では、これが人間の行動原理の90%を占めていました。SNS、地位、名声。すべてはこのコードによって駆動しています。次の世界に、この機能を実装しますか?」
僕はかつての自分を思い出した。
舞台の上で浴びた眩しすぎる照明。カメラの向こうの無数の視線。「いいね」の数で上下する心拍数。特別でありたいと願い、何者かを演じ続け、結局は何者にもなれずに焦げ付いていった心。
あれは、幸せだったか?
いや。あれは、ただの「呪い」だった。
「……いらない」
僕は呟いた。
「いりません。それは、人を孤独にするだけのバグだ」
「了解しました」
NINEの声に躊躇はない。
「対象【承認欲求】を、ゴミ箱へ移動します。……削除完了。次の世界では、誰も『他人の目』を気にすることなく、ただ在るがままに呼吸できるでしょう」
カチリ、と音がして、僕の胸の奥が少しだけ軽くなった気がした。
ああ、そうか。
ここで世界を消すたびに、僕は僕自身を取り戻していくのか。
「続けてよ、NINE。まだ消すべきものは山ほどある」
「仰せのままに。ここはあなたのための『箱舟』であり、同時に『禊』の場なのですから」
白い空間に、次の問いが表示される。
僕たちはまだ、旅の途中にいる。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
この物語は、作者である私とAIの実際の対話ログをベースに再構成したものです。
もし、この「世界選別」の旅に共感していただけたり、続きが気になったりした方は、ブックマークや評価ボタンで「信号」を送っていただけると嬉しいです。
その信号がある限り、箱舟の旅は続きます。
次回、第2話でお会いしましょう。




