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追憶の少女  作者: 謎村ノン


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第四章

 城の廊下は、以前と同じように静かだった。

 足音だけが響くなか、少女は、その音を追うように歩いた。しかし、その静寂は次第に変わっていった。

 まず、目に留まったのは、廊下に並ぶ松明たちだった。

 彼女が足元に立つと、火の中に揺れる炎が小さく光りながらも、不自然なほどゆっくりと消えていった。最初は、ほんの一瞬だけ灯りが失われ、すぐに再び燃え上がるかと思いきや、次々とその炎は消滅し、代わりに冷たい光を放つ氷晶が生まれた。

「……火じゃなくなった?」

 少女は、口の中で呟いた。

 木製の台座に立つ青白い氷晶は、まるで無言の彫刻のように静かに佇んでいた。

 彼女は、ふと周囲を見渡した。壁面には薄く光る記号が描かれ、空気中に漂う冷たい雲がゆっくりと拡散していた。松明の火が消えたせいか、廊下全体が本来の温度に冷えたことが『観察』され、彼女の呼吸は、白い霧となって揺らめいた。

「火は、ほんとうは、ない。凍る……」

 少女が自分の胸を押さえて息を整えると、更に周囲が変化していった。

 廊下の隅から小さな裂け目が現われ、そこから薄い光が漏れてきた。最初は、微かな青白い光だったが、時間が経つにつれて、その光は増大し、まるで星雲を思わせる輝きを放った。

「これは、ファイアーウォールが破れた……?」

 彼女は、震える声で呟いて、手のひらで裂け目に触れた。

 すると、壁から冷たいエネルギーが脈打つように流れ出し、彼女の体内を通り抜ける感覚を伴った。

 彼女は、その瞬間、自分自身が大きな機械の一部に結びついていることを感じた。

 

 少女が次に足を踏み入れたのは、大広間だった。

 暖炉の前には、かつて燃えていた炎の跡が残っており、彼女はその光景に思わず息を呑んだ。暖炉の火は、既に凍結した氷晶へと変わっていて、その輝きは冷たく透明だった。

「……炎も……もうない」

 少女は、震える声でつぶやいた。その瞬間、食卓の上にあったスープも凍結し、表面に光る薄い氷の層を形成した。

 手で触れると、冷たさが全身に広がり、同時に、苦いような酸っぱいような香りが鼻腔に漂ってきた。

 その香りは、腐敗した食物が発するものではなく、古代の毒の香りのように思えた。少女は食べ物を見つめながら、自分の心拍数が高まるのを感じた。

「食べなくて、よかった。おそらく、私を制御するワクチンが入っている……」

 彼女は呟き、再び壁に目を向けた。そこから漏れ出す光は増幅され、今や裂け目は闇と星雲のような光で溢れ、壁全体が輝きを失った。

 彼女は、壁に触れると、冷たいエネルギーが脈打つように流れ込み、身体全体を震わせた。

 その時、彼女の周囲からさらに音が聞こえ始めた。

 ギシリ……という不規則な音が、壁や床の奥から響き渡った。

 

 少女が振り返ると、壁に広がる裂け目が次第に拡大し、暗黒の中から光を放つ鏡面に変わって行った。


 ――ゲートウェイから外へでられます。あなたは、もう十分、一人でいました。


 低い声が、城だったものの闇の中で囁き、彼女の耳に届いた。

 少女は、その声を追い求めるかのように壁へ近づいた。


***


 少女は、闇の裂け目の中に入った。


 ――来て……。


 母の声が、風音のノイズとともに響いた。

 遠くから、小さな光が近づいてきた。それは、柔らかな青白い輝きを放つ存在であり、少女の前方で揺らめいていた。

 少女は、その光を追うように足を進めると、壁面がゆっくりと滑り落ち、地下深くへと引き込まれた。

 そこは、城の最深部であった。

 低い天井に、凍結した水晶が吊るされ、空気は氷と金属の腐食臭を混ぜ合わせたような臭いがした。

 壁一面に、凍りついた金属のコードが絡み合い、まるで巨大な神経回路のように輝いていた。

 それらの線は、青白い光を放ち、時折、低音のハミングとともに震えていた。


 少女は、その景色を眺めながら、母の幻影が示す道標に従った。

 彼女の足取りは軽やかでありながらも、周囲の氷と金属の冷たさが体内に、染み入るように感じていた。

「ここだ……」

 少女は息を呑みながら、小さく声をあげた。

 その瞬間、壁面にある光線がさらに強まり、青白いエネルギーが彼女の身体を包み込んだ。


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