第一章
少女が住んでいるのは、不思議な城だった。
城は、いつも静かだった。その静けさは、音のない深海のように、少女の耳を塞ぎ、心臓の鼓動だけを際立たせた。暖炉の火は、赤い舌を揺らしながら、無言で部屋を満たしていた。
食卓には、湯気を立てるスープが置かれていたが、少女はそれを口にする気になれなかった。なぜなら、その温もりが、あまりにも完璧で、不自然だったからだ。湯気は、まるで計算されたように一定の高さで漂い、決して消えない。スープの表面に映る自分の顔は、時折、知らない誰かの顔に変わる気がした。
城には、誰もいなかった。
廊下を歩けば、松明が燃えている。炎は、風もないのに、微かに揺れ、少女の影を壁に貼りつける。その影は、時折、少女の動きとずれる。まるで、別の意思を持っているかのように。少女が立ち止まると、影は一瞬遅れて止まり、そして、わずかに笑ったように見えた。少女が目をこすると、再び見たときには、ただの影に戻っていた。
少女は、自分の名前を知らなかった。
思い出せる記憶は、ほとんどなかった。ただ、一つだけ、確かな記憶があった。小さな自分を抱きかかえる、母の腕だ。その腕は、温かく、柔らかかった。だが、顔は見えない。声も思い出せない。母の存在自体は、ただ『優しさ』という感覚だけがあった。少女は、その感覚を胸に抱きながら、夜ごと、暖炉の前で膝を抱え、炎の奥に母の影を探した。
寂しさを覚えると、少女は、城の中を歩いた。
図書室は、城の中で最も広い部屋だった。壁一面に並ぶ本の背表紙は、見たこともない文字が書かれている。その背表紙を指でなぞると、冷たかった。開いてみても、同じ文字が描かれているだけで、意味はわからない。しかし、挿絵だけは、少女の目を引いた。少女は、人でないと分かる様々な生物が書かれた本を眺めたり、何かの図表が描かれた本を逆さに持って読んだりした。また、何か分からない絵の描かれた本もあった。しかし、その絵に指を触れた瞬間、指先に冷気が走った。まるで、絵が現実に溢れ出したかのように。
図書室の奥には、古い鏡があった。
少女は、そこに映る自分を見た。しかし、その顔は、時折、歪んだ。頬が溶けるように垂れ、目が黒い穴に変わった。少女は息を呑み、目を閉じた。再び開けると、鏡には、ただ無表情な女の子が立っていた。
その夜、少女は夢を見た。
夢の中で、城は消え、白い嵐が吹き荒れる谷が広がっていた。雪に覆われた大地に、巨大な裂け目が見えた。
雪は、針のように肌を刺した。谷の奥には、何かが眠っているように思えた。
遠くで何かが軋む音がした。少女は、声を聞いた。
――外へ。
その声は、氷の裂け目から響いていた。少女は、その声に向かって歩こうとした。しかし、足が動かなかった。
雪に埋もれた足首を見下ろすと、それは足ではなく、白い無数の電気コードやケーブルだった。
少女は叫び、目を覚ました。
寝室の暖炉の火が揺れていた。まだ夜明け前だった。城の静けさは、いつもより重く感じられた。
少女は、のそのそと起き上がると、暖炉の前で膝を抱えた。炎の奥に母の影を探した。しかし、炎は沈黙の舌を伸ばし、影を舐めるだけで、何も語らなかった。
少女は、ふと耳を澄ませた。
遠くで、何かが軋む音がした。木のきしみではない。もっと深い、氷が割れるような音だった。音は、城の奥から滲み出し、廊下を伝って少女の耳に届いた。
――ギシリ。ギシリ。
その音は、規則的ではなかった。まるで、何かが息をしているように、不規則に、しかし確かに生きていた。
少女は立ち上がり、廊下へ出た。
松明の炎は、相変わらず明々と燃えていたが、その揺れ方が妙だった。炎は、風もないのに、まるで、何者かの呼吸に合わせているように、一定のリズムで震えていた。少女は、廊下を進むにつれ、その音が近づいてくるのを感じた。
――ギシリ。ギシリ。
それは、床の奥から響いていた。
少女は、足を止めた。耳の奥で、別の音が重なる。
――外に出てはいけない。
声だった。低く、冷たい声だ。その言葉は、音ではなく、少女の頭の中に直接流れ込んでくるように聞こえた。
少女は振り返った。誰もいなかった。しかし、廊下の奥で、何かが笑った気がした。
少女は、図書室へ逃げ込んだ。
扉を閉めると、声は消えた。しかし、図書室の空気は、異様に冷たかった。少女は、壁一面の本棚を見渡した。背表紙の文字が、微かに光っていた。
少女は、一冊を引き抜いた。ページを開くと、挿絵が動いていた。白い谷が、雪を降らせている。裂け目の奥で、何かが蠢いている。少女は、息を呑んだ。絵の中の影が、こちらを見ていた。
――来なさい。
声が、絵から響いた。少女は本を閉じ、震える手で棚に戻した。
しかし、背表紙の文字は、まだ光っていた。少女は、鏡の方へ歩いた。鏡に映る自分の顔は、再び歪んでいた。頬が溶け、目が深い穴に変わった。
少女は叫び、目を閉じた。再び開けると、鏡には、ただ無表情な自分が立っていた。しかし、その瞳の奥に、氷の裂け目が映っているように思えた。
その夜、少女は眠れなかった。
ベッドに横たわり、目を閉じると、声が再び響いた。
――外に出てはいけない。
だが、その声の奥に、別の声が潜んでいるように思えた。
――来い。
少女は、ベッドから降りると、窓を開けて、ゆっくりと息を吸い込んだ。
外の風は、ほとんど無音で、壁に沿って立ち上る霧が淡い光を散らしていた。
しかし、一瞬、外から白い嵐が押し寄せた。氷の風は、まるで何か大きな存在が息を吐くように揺れ動き、壁に沿って滑り落ちていった。
「きゃっ」
その瞬間、少女は自分の瞳に映る世界が崩れ去るのを感じた。
こちらは、『あらす』と同じ年に、今はなきゆきのまち幻想文学賞に投稿――しようと書きかけだった不思議系幻想SFファンタジーの一編を、AIで仕上げたものです! なんか、AIで再構築しようとしたら、禁則事項に触れたのか途中で止まり……プロンプトをいじっていたら、まったく文体が変わってしまって、悪戦苦闘な感じでした。いろいろと、参考になりますた。。(noteにも同時投稿しています)




