7.一番の近道 (メアリー視点)
私には好きな人がいる。
キングス公爵家の次男アーノルド様だ。
初めて出会ったのは王都の学園に入学した12歳の時。
同じクラスにひときわ美しい少年がいて、思わず目を奪われた。
その方がアーノルド様だった。
容姿、家柄に加えて、成績も学年で一番。
あっという間に女子生徒たちの憧れの的になった。
でも、同時にひろがったのが婚約者がいるという情報。
相手は、ドルトン公爵家の令嬢。
キングス公爵家もドルトン公爵家のどちらもこの国の貴族のトップに君臨する。
家柄としては太刀打ちできないためか、「アーノルド様が婚約者だなんてうらやましいわよね」と、あきらめたように言う女子生徒たちも多かった。
でも、私はそんなことは口にしない。
だって、婚約者がいようと私はアーノルド様のことをあきらめていないから。
私は自分自身に自信がある。
子どもの頃から美しいと言われてきた私。
特にアーノルド様と同じ、輝くような金色の髪は自慢のひとつ。
私はひとり娘だから、将来、ジリアン伯爵家をつぐことになる。
でも、うちは権力もなく、ドルトン公爵家の遠い親戚にあたるというだけの地味な伯爵家。
おひとよしの両親は欲もなく、ただただ、領民と領地を守っている。
でも、私はこのままでは嫌。
もっと上にいきたい。
だから、私より高位貴族でみんなにうらやましがられるような人と結婚をする。
地味な伯爵家の跡取り娘として埋もれるなんて、自分がもったいないもの。
そのために勉強もがんばってきたし、より美しくなれるよう見た目も磨いた。
少しでもいい縁談がくるよう、お母様がお茶会に行くときはついていった。
その時、気づいたのは、お茶会のネットワークはすごいってこと。
そんな噂好きのご婦人たちには、いい子だと思われたほうが得。
だから、優し気な微笑みをうかべて、おだやかな口調で話すように気をつけた。
そのほうが年上のご婦人たちに好感がもたれやすいとわかったから。
その甲斐あって、私は非の打ちどころのないご令嬢といわれるようになり、婿入りを願う貴族の子息から婚約の申し込みが舞い込み始めた。
でも、絵姿を見ても、そのだれもが、アーノルド様には全然敵わない。
やっぱり、私にふさわしいのはアーノルド様しかいないと確信した。
学園に入ったら、私は必死で勉強をしたし、お茶会で会得した微笑みと、おだやかな口調で、まわりに反感をもたれないよう気をつけた。
それもこれも生徒会にはいるため。
生徒会に入れば、アーノルド様にぐっと近づける。
トップの成績で学園に入学したアーノルド様は、私たちより2歳年上の第二王子様の強い推薦で、入学早々、生徒会に入っていたから。
ちょうど1年がたったころだった。
お父様がお仕事の話でドルトン公爵家に行くと知ったのは。
アーノルド様の婚約者、つまり私の敵……。
どんな令嬢か知りたい。
敵を知れば、アーノルド様を奪う計画がたてやすい。
私は、さりげなく、同行できるようお父様に話をもっていった。
気のいいお父様は私の真意を察することもなく、「ドルトン公爵家のアンジェリン様はお身体が弱くて、外にあまり出られないと聞いている。我が家は遠縁だし、メアリーなら話し相手にちょうどいいかもしれないな。ドルトン公爵様の許可がでれば連れていこう」と、言った。
そうして、私はアーノルド様の婚約者のアンジェリンに出会った。
ドルトン公爵家という大貴族の一人娘で屋敷の奥で大事にされているから、わがままな令嬢かと思っていたら全く違っていた。
まず、目にとびこんできたのは、この国で見たこともない銀色の髪。
美しく輝きながら、ゆるやかにひろがっている。
そして、こぼれ落ちそうなほど大きな目は、華やかなグリーンの瞳で、きらきらと輝いていた。
思わず、小さい頃に読んだおとぎ話にでてくる妖精のお姫様を思い出した。
その愛らしさに、本能的に敵わない、そう思って、体中で悔しさがうずまいた。
ずるい……!
権力のある公爵家に生まれて、こんな容姿で、しかも、アーノルド様の婚約者だなんて。
恵まれすぎていて、ずるいわ……!
が、すぐに、冷静になった。
だって、この子は、自分の武器がまるでわかっていなかったから。
何にそんなにおびえているのか、やたらと警戒しているだけの、おくびょうな子ども。
私は優しく話しかけながら、じっくりと観察してみた。
それで気づいたのは、多分、アンジェリンは同年代の女の子が苦手だということ。
それはそうよね。
これほどの容姿なら絶対にねたまれる。
大貴族のご令嬢だから面と向かって嫌がらせはされなくても、かげで悪口くらいは言われるだろう。
でも、たかだかそれくらいでこんなに怖がるなんて、どれほど甘やかされているんだろう。
こんな弱いだけの子どもを、あんな素敵なアーノルド様が好きなはずはない。
やっぱり、ただの政略的な婚約なんだわ、と確信した。
こんな子どもより、私のほうがずっと魅力的。
これなら、アーノルド様を奪える。
ただ、厄介なのは、この子の家が権力のあるドルトン公爵家だということ。
ここは慎重にすすめないと……。
あ、そうだ。
アーノルド様にちかづくため、この子を使えばいいんだ。
そうひらめいた私は今まで磨き上げてきた得意の笑みをうかべて、アンジェリンにひたすら優しく話しかけてみた。
ひきこもっているお嬢様を手なずけるなんて簡単だった。
アンジェリンは、帰り際には、私のことを「メアリー姉様」と呼んでもいいかと聞いてきた。
全身からあふれだす私への純粋な好意。
ほんの少しだけ、胸の奥に痛みが走った。
もし、アンジェリンがアーノルド様の婚約者でなければ、妹みたいでかわいいと思ったかもしれない。
でも、アーノルド様の婚約者なんだと思うと、その無邪気さにもいらだってしまう。
なんの努力をしなくても、家柄だけで、アーノルド様の婚約者になれたんだから。
私はそんな気持ちをきれいに隠して、優しい姉のような顔をしてみせた。
アンジェリンが私になついたことで、私はドルトン公爵家に訪問できるようになった。
話し相手として。
アーノルド様に信用してもらうには、アンジェリンと仲良くなることが一番の近道。
学園でのアーノルド様を観察していると、女子生徒たちとは必要以上に関わらないようにしていることがわかったから。
特に、好意をあからさまに見せる女子生徒たちのことは避けているみたい。
だから、私は自分の思いをアーノルド様に絶対にさとられないようにしたし、むやみに近づくこともしなかった。




