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大好きな人たちのために私ができること  作者: 水無月 あん


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6.旅立ち

その後、キングス公爵様と話をしてくれたお父様から、婚約はすぐに解消されたと伝えられた。


もともとお父様とキングス公爵様の希望だけで決めた婚約だったため、私かアーノルドのどちらかが婚約に異を唱えれば、すみやかに解消するという約束だったから。


自分がお願いしたことだけれど、アーノルドが正式に婚約者じゃなくなったという事実に、体の支えがぽきんとおれたように、力がぬけてしまった。


それだけ、自分にとってアーノルドの存在は大きくて、よりかかっていたんだと改めて思い知らされる。


ただ、キングス公爵様のほうからは、婚約解消するにあたって、ひとつだけ条件をだされた。


それは、アーノルドに婚約解消のことは伝えずにベイリ国に出発してほしいということ。

婚約解消したことは、キングス公爵様のほうから、私が旅立ったあとに伝えるからだという。


その理由はアーノルドが私のベイリ国行きを邪魔してはいけないからだそう。


アーノルドが邪魔をするとは思えないけれど、ベイリ国に行くと知ると、私のことをもっと心配するかもしれない。


でもそれは、妹を思うようなもの。

やっぱり、アーノルドを私から解放してあげないと。


アーノルドには誰よりも幸せになってもらいたいから。


だから、キングス公爵様が言ってくれたことはありがたかった。


アーノルドに面とむかってお別れをするのは、今の私には自信がない。

弱い私は、また、その手にすがりつきたいと思ってしまうかもしれないから。


私はアーノルドに手紙を書くことにした。


あらためて書こうとすると、気持ちばかりがあふれて、言葉がまとまらない。

私は気がつくと泣きながら、何度も何度も書き直していた。


結局、上手く言葉にできなくて、短い手紙になってしまった。

その手紙は私がベイリ国に出発したあとにキングス公爵様からアーノルドに渡してもらうようにお父様に預けた。


 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



それから、出発までの短い期間、私は準備に追われた。

でも、その忙しさのおかげで、アーノルドのこともメアリー姉様のことも思い悩まずにいられて良かった。


そして、明日、出発するという時、私にお客様があった。

キングス公爵夫人でアーノルドのお母様であるイレーヌ様。


幼いころから、いつも私を気にかけてくださっている。


「アンジェちゃん、アーノルドが不安にさせてごめんなさいね」


会うなり、私に謝ったイレーヌ様。

私はあわてて首をよこにふった。


「とんでもないです。私のほうこそ、ごめんなさい……。ずっと、アーノルドに甘えてばかりいて、いろいろと気づけなくて……」


「それは、アーノルドとジリアン伯爵家のメアリー嬢のことよね?」


顔をくもらせるイレーヌ様。


「メアリー姉様のこと、ご存じなんですか?」


「お話したことはないけれど、評判は聞いているわ。非の打ちどころのないご令嬢と言われているそうね」


私はうなずいた。


「メアリー姉様はきれいで、やさしくて、とても優秀なんです」


だから、アーノルドがひかれたとしても無理はない……。


学園で聞いた噂が頭をまわり、ずーんと心が重くなる。


「こんな顔をアンジェちゃんにさせるなんて、ほんと、アーノルドったら何をしているのかしら……」

と、つぶやいたイレーヌ様。


いつもは優しいお顔が、今日はなんだか鋭く見える。


「学園でひろがっている噂、私も聞いたわ。それで、アンジェちゃんはどう思ってるの? 噂どおり、ふたりが本当に思い合っていると思う? 私に正直な気持ちを聞かせて欲しいの」


まっすぐに私にそう聞いてきたイレーヌ様。

アーノルドと同じ青い瞳は真剣で嘘はつけない。


「思い合っているかどうかはわかりません。……でも、メアリー姉様とアーノルドがお見舞いにきたときのちょっとした言動で、メアリー姉様はアーノルドを好きなんだと確信しました。今まで、私が鈍すぎて、気づかなかったけれど……。アーノルドのほうはメアリー姉様をどう思っているのかはわからないんですが、学園祭の時、メアリー姉様がアーノルドにすごく近づいて話しかけたのを見たんです。その時、アーノルドが困ったように、でも、とてもうれしそうに微笑んだのが心にやきついていて……。あの時のアーノルドの笑顔はうれしさがあふれだしたようでした。責任感の強いアーノルドは、私という婚約者がいては、本当の気持ちを口にはださないと思います。でも、メアリー姉様の言葉が、アーノルドのあの表情をひきだした。あれがアーノルドの本当の気持ち……。だったら、私は離れないと。そう思ったんです……」


あの時、見ていられなくて、とっさに顔をふせたけれど、アーノルドの困ったような、それでいてうれしそうな笑みがどんなに忘れたくても、忘れられない。


思い出すと、私の心がまたずきずきと痛くなってくる。


「アンジェちゃんのことは自分が守るからと豪語していたから学園でのことは任せていたけれど、しっかり、つけこまれてるじゃない……」


「え、つけこまれてる……?」


不穏な言葉がでてきて、思わず、聞き返した。


「アーノルドに隙があったということよ。アーノルドはアンジェちゃんのこととなると、必死すぎてポンコツになるから」


「ポンコツ……?」


「アーノルドは他のことはそつなくこなすけれど、アンジェちゃんのことだけは余裕がないの」


「お父様が決めた婚約者なのに、アーノルドは優しすぎるから、妹みたいな私が放っておけないんですね」


しんみり言う私に、イレーヌ様が少し驚いたように目を見開いた。


「なるほど、アンジェちゃんはそう思っていたのね……。ちゃんと伝えることもできていないのなら、婚約解消もいたしかたないわ。アーノルドも囲い込むように守るだけではダメだと気づくでしょうし……」


なにやらつぶやいているイレーヌ様。

が、すぐに、私に向かって、いつもの優しい笑みをうかべた。


「アンジェちゃんがアーノルドと婚約を解消しても、私にとったら、アンジェちゃんは大事な娘よ。離れていても、アンジェちゃんのことは全力で応援しているわ。ベイリ国で沢山学んで、楽しんできてね」


そう言って、だきしめてくれたイレーヌ様。

そのあたたかさに、思わず、涙がこぼれた。



そして、翌日、私はベイリ国に向けて旅立った。


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