5.対面
応接室に入ると、制服姿のアーノルドとメアリー姉様が椅子にすわっていた。
学園祭の様子を思い出して、また、胸が痛くなる。
「アンジェ! 大丈夫なのかっ!?」
椅子からたちあがり、焦った様子でかけよってきたアーノルド。
「うん、もう大丈夫。心配かけてごめんね、アーノルド」
そういって、微笑んで見せたけれど、ちゃんと笑えてるかな?
アーノルドが私の無事を確かめるように顔をのぞきこんできた。
「顔色はよさそうだな。良かった……」
ほっとしたように息をはいたアーノルド。
こんなに心配をかけていたなんて、アーノルドはやっぱりやさしい。
顔色が良く見えるようお化粧をしてもらっていて良かった。
「アンジェリンさんがたおれたって、アーノルド様から聞いて、私、びっくりしてしまって……。私がアーノルド様が司会をされると勝手に教えて、学園祭のチケットを差し上げたから、無理をしてしまったのよね? 私のせいで、本当にごめんなさい……」
今にも泣き出しそうな顔をするメアリー姉様。
メアリー姉さまは優しくて、私を心配してくれていることはよくわかってる。
メアリー姉さまは何も悪くない。
なのに、「アーノルド様から聞いて」という言葉や、その時、ちらりとアーノルドを見たことに私の心が悲鳴をあげる。
今までなら気にもならなかった、そんなささいなことを気にしてしまう弱い自分が嫌になる。
アーノルドと婚約を解消して離れることを覚悟したはずなのに、やっぱり、すぐには変われないんだ……。
もやもやした思いが心にひろがりはじめて、一瞬、目の前がゆれた。
ダメ、ダメ!
こんなことを考えていたら、また、たおれてしまう。
私は念のため、手に持っていた魔石をぎゅっとにぎりしめ、情けない気持ちをふりはらうように首を横にふった。
そして、メアリー姉様に思いっきり微笑んでみせた。
「ううん、メアリー姉様に教えてもらえてよかった。生徒会で活躍するふたりはとても素敵だったよ。今まで知らなかったことを知ることができたから、行ってよかったと思ってる。……でも、久しぶりに沢山の人がいるところに行ったから疲れてしまって、たおれてしまったの。でも、もう大丈夫だから。心配かけてごめんなさい」
「……そう? それなら良かったわ」
メアリー姉様には魔力が原因でたおれることを伝えていない。
私のこの体質のことを知っているのは、家族や私のそばで働いてくれている人たち以外では、アーノルドとアーノルドのご家族だけ。
「それより、今日はふたり一緒にうちに来てくれたんだね。それって、はじめてじゃない? どうして?」
できるだけさらっと、さりげない感じでふたりに問いかけた。
「学園が終わって、アンジェに会いに行こうとしたら、メアリー嬢を見かけたんだ。アンジェのお見舞いに行きたいのに手違いで馬車が帰ってしまったと困っていたから、ついでだし、うちの馬車に同乗してもらった」
アーノルドがなんでもないように答えた。
が、メアリー姉様のほうは、私に申し訳なさそうな顔をした。
「アーノルド様が親切に声をかけてくださったから、厚かましいとは思ったのだけれど、つい甘えてしまって……。私はアンジェリンさんが心配だったから、一刻も早くお見舞いにきたかったの。もしかして、私がアーノルド様の馬車に乗ってきたこと、気を悪くしたからしら?」
全く違うふたりの反応。
なんだか心がざわざわする。
その気持ちを隠すように、私はひときわ明るい声をだした。
「まさか。大好きなふたりが一緒にお見舞いにきてくれてうれしいわ」
あの学園祭の前だったら、本当にそう思ったと思う。
今は苦しいけれど……。
それから、私は笑顔のまま、ふたりから学園祭の話を聞いたりした。
大好きなふたりといて、これほど胸が苦しい時間を過ごすときがくるなんて思いもしなかった……。
ずっとにぎりしめている魔石を見ると、緑色に変化してきている。
そろそろ退席したほうがいいかも。
私はそばで控えてくれているルイーズに視線を送った。
すぐに私の気持ちを察してくれたルイーズ。
「アンジェリンお嬢様、そろそろ、このへんで。もうすぐお医者様がこられますから」
「お医者様が来られるのなら、私たちは帰らないといけないわね」
と、メアリー姉様。
「私たち」と言ったことに、また、ずきっとなる。
ダメだ……。
弱い心がもっともっと弱くなっていく……。
帰り際、アーノルドが私の目をじっと見て言った。
「アンジェ。なんかあった……? いつもとちがう気がするけど」
その真剣な眼差しにどきりとする。
「久しぶりに髪をおろしてるからかも」
とっさにでた言葉に、アーノルドがふっと微笑んだ。
「あ、そうか……。おろしたところをひさしぶりに見たけど、アンジェの髪は本当にきれいだな」
そう言うと、アーノルドは私の頭を優しくなでた。
思わず、涙があふれそうになる。
ずっとそばにあったこの優しい手を離さないといけないんだ、私……。
でも、親が決めた婚約者と言うだけで、手のかかる妹のような私の面倒をみてもらうわけにはいかない。
アーノルドには誰よりも幸せになってもらいたいから。
ふと、私の頭をなでるアーノルドの後ろに立っていたメアリー姉様の顔が目に入った。
思わず、息をのんだ。
メアリー姉様が、とても暗い目をしていたから。
もしかして、嫉妬……?
が、すぐに私の視線に気づいたメアリー姉様はいつもの優しい顔で微笑んだ。
その途端、メアリー姉様はアーノルドのことが好きなんだと確信した。
今まで、その可能性をみじんも考えなかった自分の鈍感さが嫌になるけれど、婚約者で幼馴染という身びいきを差し引いても、アーノルドは本当に素敵な人だから。
メアリー姉様が好きになる気持ちはわかる。
メアリー姉様も美人で優しくて素敵な人だから、あの女子生徒たちが噂するようにふたりはお似合いなのかもしれない。
そんなことを考えていたら、また魔力がたまりはじめたのか、足元がふらつきはじめた。
私はあわてて、ふたりにお別れの挨拶をすると、ルイーズに支えられるようにして、部屋に戻った。




