番外編12. ある子息の初恋
うちの父と、メアリーの父、ジリアン伯爵様が話し合って決めた1年という婚約期間が、残り1か月になった。
あと1か月待てば、僕はメアリーと結婚できる。
待ち望んだその日が近づいてくるのは、もちろん、とても嬉しい。
それなのに、何故か、日に日に「メアリーと早く結婚してしまわないと!」と、焦る気持ちが強くなっていく。
僕がメアリーと結婚できるようになるなんて奇跡のようなことだから、いまだに実感がわかないのかもしれない。
でも、あと、1か月だ。
学生時代、何年もの間、メアリーをひっそり見ていたことを考えると、たった1か月だけ待てばいい。
そうしたら、すぐに結婚だ。
両家の話し合いで、結婚式は派手にせず、身内だけの小さな式にすることが決まった。
だから、準備はとっくに終わっている。
場所も近くの教会で予約してあるし、その後の食事会もメニューまで決まっている。
メアリーに渡す指輪もメアリーが着るウエディングドレスも出来上がった。
準備は全て整っている。あとはその日になるのを待つのみだ。
焦ることなんて何もない。
そう、自分に言い聞かせた。
◇ ◇ ◇
そんなある日、王家から僕と父宛てに招待状が2通届いた。
驚きながら中身を読めば、第二王子の結婚を祝う夜会が王家主催で開かれるという。
この国の第二王子オズワルド様は僕より2歳年上で、端正な顔立ち、頭脳明晰、更には誰にでも優しいお人柄だと評判で、国民の間でとても人気がある。
学生時代、生徒会長をされていたオズワルド様。
高等部になってから生徒会に入ったメアリーとは、生徒会にいた時期はかぶっていないが、オズワルド様を僕はよく見かけた。
僕がメアリーを密かにただ見ることしかできなかったあの頃、メアリーの視線を追えば、必ずアーノルド様がいた。
そして、その近くにオズワルド様がいることが多かったから、自然と視界に入ってきた。
成績が学年トップだったアーノルド様は、中等部に入学して早々に、オズワルド様の推薦で生徒会に入っていたからだ。
そんなオズワルド様が、先日、ご結婚された。
王家の中でも特に人気の高い第二王子の結婚に、今、国中が祝福でわいている。
王子の妃になられたのは、隣国の第二王女リンダ様。
王子妃リンダ様は公務にも積極的で、結婚後まもないのに、オズワルド様と一緒に国中をまわられて、沢山の人々と交流されているという。
王宮で開かれる今回の夜会に多くの人が招待されているのは、早くこの国になじみたいという王子妃リンダ様の強い意向らしいと父は言った。
「ジョイス。この夜会だが、メアリー嬢を連れて行くのはやめたほうがいいだろう。王子妃リンダ様のお披露目ともなる特別な夜会で、ほぼすべての貴族が招待されているらしいからな。当然、キングス公爵家やドルトン公爵家の方々も出席するはずだ。この夜会、おまえはひとりで出席しなさい」
父が苦々しい顔で言った。
メアリーをすでに認めている父にとったら、メアリーについて、そんなことを言わなければならないことが嫌なんだろうと思う。
「僕も今回はメアリーは行かないほうがいいと思う。だから、僕も夜会に行かない。欠席する」
「いや、それはダメだ。王家からの招待状だぞ? 余程のことがない限り欠席などできないし、するべきではない。それに、おまえは次期ゴラン子爵だ。家のためにも出席は絶対だ。わかったな、ジョイス」
父は厳しい口調でそう言ったけれど、父になんと責められようが、メアリーがでられないのなら、僕はひとりで出席するつもりはなかった。
僕にとったら、比べるべくもなく、家よりも大事なのはメアリーだ。
メアリーに嫌な思いをさせてまで、家のために動きたいとも思えない。
それに、父は家のためにっていったけれど、うちはそこまでの家柄じゃないだろう?
僕が欠席したとしても、それこそ、王家にとったらどうでもいいことだ。
◇ ◇ ◇
「ねえ、ジョイス。王家から夜会の招待状がきたのでしょう?」
メアリーにいきなり聞かれて、ぎょっとした。
実は、メアリーになんて言っていいかわからなくて、この夜会のことは、メアリーには伝えずに欠席の返事を書こうかと迷っていたところだった。
動揺したが、メアリーに嘘はつけない。
「……ああ、きてる。ごめん、言わなくて」
メアリーは首を横にふった。
「ジョイスは優しいから、私に気をつかってくれたのよね。私を傷つけないよう、私に黙って、欠席の返事をするつもりだったんでしょう?」
メアリーのやわらかい口調にほっとして、僕は正直にうなずいた。
「やっぱりね。……でも、ダメよ、ジョイス。あなたは次期ゴラン子爵になるんだから、王家からの招待を断らないで」
「父と同じことを言うんだねメアリー。さっき、メアリーは僕を優しいと言ってくれたけれど、メアリーのほうこそ優しいよ。この家のことを思って、そう言ってくれるんだから。……でも、僕はメアリーと一緒に行けないなら、夜会に行くつもりはないし、行きたくもない。今回は欠席するよ。大丈夫。失礼のないような文面をちゃんと考えるから」
僕の言葉を聞いて、メアリーは輝くような笑みをうかべた。
その表情は見とれるほどに美しい。
それなのに、僕の心は大きくざわめいた。




