番外編10. ある子息の初恋
ロワルダ伯爵家の夜会は、挨拶がおわれば、みんな思い思いに過ごしているようだ。
歓談している人たちもいれば、食べたり飲んだりしている人たちもいるし、ダンスを踊る人たちもいる。
「せっかくだから、ふたりで踊ってきたら」
ローラさんが近づいてきて、僕たちに言った。
「あ、いや、ダンスは苦手だから……」
僕は、あわてて首を横にふった。
貴族に生まれたからにはダンスは必須。
一応、基本的な踊り方くらいは学んでいる。
が、人づきあいが苦手で社交をさけてきた僕は、練習以外でダンスをしたことがない。
しかも、練習で踊ったのも子どもの頃だ。
僕には必要ないと思ったから、それ以降、踊っていない。
そんな状態で、まともに踊れる気がしない。
「ジョイス、踊りましょうよ。皆さんに、私たちが仲がいい婚約者だと知ってもらうには良い機会だわ」
と、メアリー。
もちろん、メアリーとなら是非踊りたい。
でも、今はダメだ。
踊るのなら、せめて、沢山練習をして、少しは踊れるという自信をつけてからにしたい。
無様な姿を見せてしまったら、自分だけじゃなくて、メアリーに恥をかかせてしまうことになる。
それだけは避けたい。
なんてぐちぐちと考えていたら、僕の考えを読んだようにローラさんが笑いながら言った。
「あのね、ジョイス。ここはダンスの大会ではないのだから、上手に踊らなければ……なんて考えなくていいの。メアリーさんと一緒に気軽に踊ればいいのよ。ほら、今、踊っている人たちを見て。上手な人たちばかりではないでしょう? でもね、みんな楽しんでいるわ。楽しんで踊ることが一番大事なのよ」
ローラさんに言われて、踊っている人たちを見た。
もちろん、一目でわかるほど上手く踊っている人たちもいるが、あきらかに下手な人たちもいる。
でも、ローラさんの言うように、みんな、楽しそうだ。
こんな場所なら僕も踊れるかもしれない。
そう思い始めた時、
「じゃあ、ジョイス。私たちの仲の良さをみせつけてきましょうか」
と、メアリーが僕の腕をとった。
結局、僕は覚悟を決めて、メアリーと踊り始めた。
案の定、でだしから、ステップは間違えるし、体は動きにくいし、メアリーをまともにリードすることもできない。
でも、意外なことに、なんでも完璧にできるメアリーもダンスはさほど得意じゃないみたいだった。
僕の足を踏んだ時は「ごめんなさい! 頭ではわかってるんだけれど、踊る機会がなかったから……」と、恥ずかしそうに言うメアリーがかわいい。
間違えたり、ぶつかったりしながら踊るから、周りの視線を気にする余裕もない。
気がついたら、ふたりして笑いあったりして、すっかり楽しくなっていた。
今まで、僕はずっとひとりだった。
そんな僕が愛しい婚約者と一緒に夜会にでて、楽しくダンスをする日がくるなんて、想像したこともなかった。
こんな経験ができたのも全部メアリーのおかげだ。
ダンスを終えた僕たちのところにロワルダ伯爵が拍手をしながら近づいてきた。
「いやあ、初々しいふたりで、とても素敵なダンスだった。見ていて、心があたたかくなったよ。君たちの仲の良さがよく伝わってきた」
まわりの人たちが「微笑ましくて、素敵でしたわ」「仲がよろしくて、うらやましいですわね!」などと、ロワルダ伯爵の言葉に同調している。
僕たちの夜会にでる目的が、仲のいい婚約者だと周りに知らしめて、メアリーの過去の噂を消したいという思いを知っているロワルダ伯爵。
僕たちの目的を後押しするため、人の多いところで、わざわざ、そう言ってくれたんだろう。
「作戦は成功ね」
と、メアリーが嬉しそうに小声でささやいてきた。
確かに、上手くいった。
でも、今の僕にとったら、まわりの人たちの反応なんて、正直、どうでもよかった。
それよりも、僕は、メアリーとダンスをした幸せを忘れないように心に刻み込んでいた。
何故だか、こんな幸せな時間は二度と来ないような気がしたから……。
そんなことはない。
これからだって、もっともっと幸せな時間はいっぱいある。
僕とメアリーは半年後に結婚するのだから。
ふたりで夜会に行くことも、ダンスをすることも、他にも幸せを感じるようなことはこれから数えきれないくらいあるはずだ。
今日はその一歩にすぎない。
頭ではそう考えるのに、どうしても、この幸せが今だけの幻想のように思えて、僕は不安でしょうがなかった。




