番外編6. ある子息の初恋
「婚約したら、私のお願いを聞いてくださるかしら」
僕が婚約を申し込んだときにメアリー嬢から聞かれたこと。
もちろん、僕にできることなら、なんでもするつもりだが、例えば、高価なドレスや宝石などを望まれれば、裕福ではない僕にはどうしようもない。
しかし、そんな心配は杞憂だった。
婚約した後、僕はメアリー嬢に宝石がついたペンダントを贈った。
今の僕にとっては精一杯の金額で購入したが、とても小さな宝石のペンダントしか買えなかった。
それなのに、メアリー嬢は喜んでくれた。
そして、一緒にいられるだけで十分だから、贈り物はいらない。
結婚後に貯めておきましょうと言ってくれた。
メアリー嬢に高価なドレスや宝石を望まれるんじゃないかと心配していた自分が恥ずかしくなった。
あの言葉は、僕の気持ちを確認しただけなのかもしれない。
それからも、メアリー嬢は僕に何も望むこともなく、ローラさんについて、子爵夫人になるための仕事を熱心に学んでくれている。
僕はそんなメアリー嬢の姿を暇があればながめている。
学生時代とはちがって、堂々と眺められる日がくるなんて、信じられない。
なんて自分は幸せなんだろう……。
この幸せが、ずっと続くことを僕は心から願った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
婚約から半年が過ぎた。
この間、僕はメアリー嬢をメアリーと、メアリーは僕のことをジョイスと呼ぶようになっていた。
そして、あと、半年たてばメアリーと結婚できる。
この半年で一番変わったのは父だろう。
頑固な父も、今では、メアリーの優秀さを認めている。
メアリーの過去をあれだけ嫌がっていたのに、「噂は当てにならんもんだな」と、言うようになった。
ずっと通い続けてくれるメアリーの頑張りを目にしたら、それも当然か。
それに、ローラさんがメアリーを褒めまくってくれていることも大きいだろう。
最初から、メアリーに優しくしてくれたローラさんには、感謝しかない。
メアリーのことで自然とローラさんと話す機会もふえ、気がついたら、ローラさんとの距離が近づいてきていた。
メアリーを受け入れてくれているローラさんが信用できる仲間のように思えたからだ。
ある日、メアリー嬢から「ジョイス、お願いがあるの」と、突然言われた。
さっと身構える。
ずっと言われなかったから、最近では、すっかり頭からぬけ落ちていた。
メアリーの願いは、一体、なんだろう……?
高価な装飾品を欲しがるような人間でないことはわかっている。
その点は安心だが、僕に叶えられることなんだろうか?
いや、なにがなんでも、彼女の望むことならば、叶えられるように頑張らないといけないな。
この半年、僕のために、メアリーはずっと頑張ってくれているのだから。
「メアリー、君が望むことならなんでもする。何を願うんだ?」
と、決死の思いで聞いた。
「まあ、ジョイスったら……。私がとんでもないことを願うとでも思ったの? そんな命をかけるみたいな顔をしなくても大丈夫よ。私の願いはね、そんな難しいことじゃないもの」
「難しいことではない?」
「そうよ。私の望みはね、ジョイスと一緒に夜会にいきたいの」
「夜会……?」
僕にとったら、あまりに縁遠い言葉。
思わず、聞き返してしまった。
「ええ、そうよ。私たち婚約して半年たったでしょう。最近、やっと、お義父様も私のことをジョイスの婚約者として認めてくださったみたい。だったら、今度は、外にむけて、ジョイスの婚約者として社交にでるべきだと思ったの。半年後には、ジョイスと結婚して、ゴラン子爵夫人になるのだから」
つまり、メアリーはうちの家のために夜会にでようとしているのか……?
それなら、無理して出席する必要なんてない。
「メアリー。気持ちは嬉しいが、ゴラン家はただ古いだけで、とりたてて自慢することもない子爵家だ。無理して人脈をひろげる必要もないから、夜会なんてでなくていいんだよ」
第一、夜会なんかにでたら、きっとメアリーは傷つく。
過去の噂をほじくりだして、おもしろおかしく噂する貴族たちがでてくるはずだ。
メアリーをそんな悪意に満ちた奴たちがいるところに行かせるわけにはいかない。
そんな思いがにじみでて、つい口調が強くなった。
すると、そっと僕の頬に手を添えたメアリー。
「ジョイスは本当に優しいわね。過去を気にしてくれたんでしょうけれど、私は大丈夫よ。それに、ずっと逃げてるわけにはいかないもの。私を大事にしてくれるジョイスのためにも真実ではない過去の噂を消し去りたいの。噂好きのみんなに、あなたと私が仲良くしているところを見せつけましょうよ。……ね、ジョイス」
そう言うと、僕にとろけるように微笑んできたメアリー。
僕の胸が高鳴った。
メアリーが愛おしい。
愛おしくてしょうがない。
たとえ、甘い笑みを浮かべるメアリーの瞳に、どろりとした闇がにじみでてきていたとしても……。




