番外編4. ある子息の初恋
「いいか。勝手に話をすすめるなよ」と、散々、父に釘をさされていた。
けれど、このチャンスを逃したくない。
そう思ったら、いてもたってもいられない。
まだ挨拶くらいしかしていない段階で、こんなことを言えば、おかしいと思われるかもしれない。
でも、口からでる言葉をとめられなかった。
「メアリー嬢。僕と婚約してください!」
僕の言葉に、メアリー嬢は全く驚いた様子もなく、嬉しそうに微笑んだ。
そして、僕の目をじっと見つめながら言った。
「ありがとうございます。とても嬉しいですわ、ジョイス様。ですが、お返事する前にひとつだけお聞きしたいの」
「なんでしょうか?」
「婚約したら、私のお願いを聞いてくださるかしら」
「もちろんです。金も権力もないですが、できる限りメアリー嬢の力になります」
僕は迷うことなく答えた。
「思った通り、ジョイス様は頼もしい方ね。婚約のお話、喜んでお受けします。これからよろしくお願いしますね、ジョイス様」
メアリー嬢が僕の両手をとって、美しく微笑みかけてきた。
体中に電流が走る。
ずっと密かに見つめることしかできなかったメアリー嬢。
そのメアリー嬢が今は僕だけを見て、僕を望んで、僕の手をとってくれている。
夢の中にいるようで、自分の思うように体が動かない。
一瞬、クモの糸にからまった小さな獲物になった気がしたが、メアリー嬢のそばにいられるのなら、それでもいいと思えた。
◇ ◇ ◇
見合いから帰り、父に報告すると、案の定、激怒した。
「おまえは騙されてるんだ! あんなに優秀だったキングス公爵のご子息を手玉にとった悪女だぞ!? おまえはこの子爵家を守っていかなければならないんだ。家のためにも、しっかりした嫁をとれ」
僕のことは何と言われようとかまわない。
でも、メアリー嬢を侮辱することは我慢できない。
僕は、メアリー嬢と一緒になれないのなら子爵家は継がない。
廃嫡してくれて構わないと父に言い放った。
ずっと、子爵家を継ぐことを当たり前だと思い生きてきたけれど、メアリー嬢と一緒にいられる機会がうまれたのに、それがつぶされるのなら、家など喜んで手放す。
僕自身が望むのはメアリー嬢だけだから。
僕の本気が伝わったのか、父の勢いが止まった。
結局、子爵家を継げるのは僕しかいないし、親戚から養子をとろうにも、裕福でもない、うまみもない子爵家では、それも難しい。
それになにより、今から跡継ぎを教育するのは父にとったら負担が大きい。
結局、父は僕に折れざるを得なかった。
そして、後日、両家で顔合わせをして、無事、婚約の話はまとまった。
ジリアン伯爵夫人は余程メアリー嬢を心配していたのか、僕に泣きながら、何度も「娘をよろしくお願いします」と言ってきた。
だけど、ジリアン伯爵様は淡々と話をするだけで、メアリー嬢を見る目はとても冷たかった。
人望があり、領民から慕われていると聞いているが、印象が違う。
顔合わせの前に、メアリー嬢が憂いをおびた顔で、僕に語ってくれたとおりだと思った。
「お父様はいまだに私が許せないんです。あんなひどい噂を流されたから……。でも、噂は私ではどうにもならないし、第一、真実ではなかったのに、頑固なお父様は私が悪いと思い込んでいるんです。お母様がとめてくださったけど、私に反省するようにと、厳しいと評判の修道院に入れようとしたんです。実の父親なのに、私を信じてくれないなんて、ひどいでしょう?……。だから、ジョイス様。私の味方はジョイス様だけなの。お願い。私を守って、ジョイス様」
涙をためて、僕にすがってくるメアリー嬢。
その姿に、何故、娘を信じないんだと、ジリアン伯爵様への怒りがわいた。
同時に、ほの暗い喜びが、じわじわと心にひろがっていく。
父親に見放されたメアリー嬢。
彼女の言ったように、味方は僕だけ……。
そうだ。
たとえメアリー嬢が嘘をついていようとも、どんなメアリー嬢でも僕なら受け入れられる。
メアリー嬢を守れるのは僕だけしかいないんだ。




