番外編3. ある子息の初恋
手にとった絵姿を見て驚愕した。
相手はメアリー嬢だったから。
絵姿を見たまま動けなくなった僕に、夫人が言った。
「その方はジリアン伯爵家のメアリー嬢ですわ。確か、ご子息と同じ年でなかったかしら? 美しい方でしょう。なにより、お父様のジリアン伯爵様は領地をしっかり守られる、すばらしいおかたで……」
説明しはじめた夫人をさえぎるように、父が言った。
「ジリアン伯爵様が信用できる方だというのは重々承知している。うちのような力もない子爵家としたら縁続きになれるのはありがたい話だ。だが、お断りさせていただく。真偽はともかく、さすがに、あんな噂がながれたような令嬢を迎えるのはうちの息子には荷が重すぎる」
父の言葉に、気まずそうに目をそらした夫人。
「ジリアン伯爵夫人に頼まれていたので、一応もってきたのですが……。3年以上前のことでも、お相手が公爵家のことですから、皆さん覚えておられて、なかなかお見合いするまでに至りませんの。……それでは、このご令嬢はどうでしょうか? 男爵家のご令嬢で、奥ゆかしい方なんですのよ。真面目なご子息にぴったりかと……」
夫人はそう言いながら、別の絵姿を僕に手渡そうとしてきた。
が、そんな令嬢なんてどうでもいい。
メアリー嬢にまた会える……!
しかも、悪女と噂されて評判が落ちてしまったメアリー嬢なら、なんの取り柄もない僕のような人間でも釣り合うかもしれない。
これは、僕にとっては最大のチャンスだ。
僕は思いきって、メアリー嬢との見合いをお願いしたいと夫人にお願いした。
父は驚き、そして、猛反対した。
僕はメアリー嬢を学園で知っていて、とても素晴らしい女性だと知っているから、噂は気にしない。
是非会ってみたいと父に説明した。
すると、夫人も加勢してくれた。
「子爵様のご心配もわかりますが、ジリアン伯爵夫人から聞けば、メアリー嬢は、あれからずっと花嫁修業をしながら、屋敷内で静かに暮らしておられるそうです。それと、噂になっているような、キングス公爵家のお怒りが……などということもなく、ジリアン伯爵家のお仕事は以前と変わらず安定しております。これだけご子息が会いたがっておられるのですから、会うだけ会われてみればいかがですか?」
結局、頑固な僕に折れたのは父のほうだった。
父も見合いに同席するという条件で、しぶしぶ了承した。
◇ ◇ ◇
見合いの当日。
仲介してくれる夫人の屋敷で会うことになった。
メアリー嬢を見定めようと勢い込んでいた父だが、当日急遽、仕事で出席できなくなった。
「いいか。勝手に話をすすめるなよ」
と、散々念をおされて、僕だけで見合いの場に臨んだ。
そこに、母親のジリアン伯爵夫人と一緒にあらわれたメアリー嬢。
メアリー嬢を見た瞬間、学園時代に戻ったように胸がたかなった。
テーブルをはさんで自分の向かい側に座ったメアリー嬢。
夫人に促されて会話をするものの、緊張しすぎて、自分でもなにを話しているのかわからない。
そんな不甲斐ない僕に、メアリー嬢は終始にこやかだった。
学園時代、僕がずっと見ていた、優秀でおだやかな令嬢そのものの笑顔で。
そして、僕たちふたりだけで話してみるようにと、夫人とジリアン伯爵夫人が席をはずした。
次の瞬間、メアリー嬢のまとう雰囲気が一気にかわった。
「学園に通っていた時、私、ひそかに真面目なジョイス様に親しみを感じていましたの。まさか、また、お会いできるなんて、とても嬉しいですわ」
と、艶やかに微笑んできた。
僕は驚いて、メアリー嬢を見た。
社交辞令というよりは、メアリー嬢があからさまな嘘をついたから。
親しみどころか、僕の存在さえ認識していなかっただろうメアリー嬢。
ペンをひろってもらったあの時でさえ、目は合っていない。
メアリー嬢は、僕の背後にいたアーノルド様を見ていたからだ。
でも、今は、メアリー嬢の目が僕を一心に見ている。
媚びるような笑みをうかべて……。
あの時は、きれいな外側に隠されたものが時折、垣間見える程度だったけれど、今はもう隠せなくなったのかもしれない。
なにか企んでいることがありありとわかる。
容姿は変わらず美しいけれど、闇が煮詰まったような目がそれをものがたっていた。
みせかけの光は消え、闇が表にでてきたようなメアリー嬢を見て、僕は失望するどころか、嬉しい気持ちがわきあがってきた。
この大きな闇ごとメアリー嬢を受け入れられるのは僕しかいない。
そう思ったからだ。
「僕もメアリー嬢にまた会えて、とても嬉しいですよ」
気持ちに余裕がでてきた僕はメアリー嬢に微笑み返しながら、そう答えた。
「まあ! 私たち同じ気持ちですのね」
と、満足そうに笑うメアリー嬢。
「ええ、あなたと僕は同じです」
ずっと遠くで眺めることしかできなかったメアリー嬢が、僕のところまで堕ちてきた。
だから、僕はメアリー嬢と同じ場所にいられる。
どんな君であってもいい。
僕はそばにいたい。
こんなことを考えていた自分がどれだけ浅はかだったかを、僕は後に思い知ることになる。




