20.恨むかと聞かれたら
忙しいお父様が休暇の時期でもないのに、わざわざ時間をとってベイリ国にやってくるほどの話ってなんだろう。
不思議に思う私に、お父様が言った。
「今のアンジェなら、たおれてしまうほど傷つくこともないだろうから、アンジェが知らないところで何がおきたのか話しておきたくてね」
そう言って、お父様は私に驚くような話を始めた。
私が旅立ったあと、うちの応接室に、メアリー姉様とご両親のジリアン伯爵夫妻、アーノルドとご両親のキングス公爵夫妻が集まったそう。
その目的は、メアリー姉様の本心を聞き出すため。
イレーヌ様の発案でお父様とキングス公爵様が協力したとのこと。
その時の様子を、淡々と話すお父様。
でも、聞いている私は驚いてしまって、言葉がでてこない。
だって、アーノルドが隠し部屋に入っていたとか、色々衝撃が大きすぎるから。
話を終えたお父様は、呆然としたままの私に、真剣な口調で聞いてきた。
「メアリー嬢のしたこと自体は罪にとわれることではない。だが、メアリー嬢の悪意のある思惑が、アンジェとアーノルド君の婚約を解消する原因になったことは間違いない。……アンジェは、こんなことになって、メアリー嬢を恨むか? もし、アンジェの気がおさまらないのなら、ドルトン公爵家としてジリアン伯爵家に相応の対応することも可能だが」
私は、即座に首を横にふった。
確かに、メアリー姉様の考えていたことを知って驚きはしたけれど、不思議なほど、怒りや悲しみはわいてこなかった。
それよりも、ここ最近ずっと考えていたこと……メアリー姉様は私といることを楽しんでいたわけじゃない、ということにつながって、妙に納得してしまった。
メアリー姉様はアーノルドと仲良くなりたくて、私の話し相手になってくれていたんだ、そう考えたら、全て腑に落ちたから。
長い年月をかけて近づくくらい、アーノルドのことが好きだったメアリー姉様。
そんなメアリー姉様にとって、アーノルドの意思とは関係なく決められた婚約者の私はどれだけ嫌な存在だったのかと想像してしまう。
たとえ、アーノルドに近づくためだったとしても、そんな相手に、何年もの間、会いに来つづけるなんて、とても苦しんだんじゃないのかな……。
「お父様、なにもしないで。私はメアリー姉様のことを恨んだりしない。たとえ理由は別にあったとしても、長い間、私に会いにきてくれたことに感謝してる。あの時の私にとって、メアリー姉様と会うことはとっても大きな楽しみだったから……。メアリー姉様の願ったとおり、私は学園祭でふたりの噂を聞き、傷つき、ふたりのためにと身を引いてしまった。でも、そのことがあったから、私は思いきって外にでられた。そうじゃなかったら、今も私は、みんなに守られ、アーノルドに甘えて、他人におびえながら、屋敷に引きこもっていたと思う。今ここで、こんなに充実した日々を過ごしていなかったはず。そう思えば、メアリー姉様を恨むことなんてできないよ」
それに、私は今、メアリー姉様よりもアーノルドが口にしたという言葉のほうに動揺している。
本当にメアリー姉様にむかって、わたしのことを愛しているって言ったの!?
でも、アーノルドの言う愛とは、家族を思うようなものかもしれないし……。
いつもいつも、私をずっと心配してくれていたから。
それに、あの学園祭の時、メアリー姉様の言葉に笑った顔はなんだったんだろう。
久々に思い出したら、やっぱり胸が痛い……。
令嬢たちに言われた悪口なんかはどうでもいいと思えるようになったけれど、アーノルドに関してだけは、弱い私のままで、ダメダメだわ。
ぐちぐちと考え込む私の心を見透かしたようにお父様が聞いてきた。
「アンジェ。アーノルド君に隙があったとはいえ、メアリー嬢とのことは完全な誤解だった。私から見ても、アーノルド君は嘘をついていないし、アンジェを大切に思う気持ちは本物だろう。帰国して、アーノルド君と婚約を結びなおしたいか?」
私は首を横に振った。
「アーノルドを信じず、確認することもせず、逃げるように婚約解消をしたのは私だから、そんなことを言う資格はないわ。それに、仮に婚約をしなおしても、今のままでは、また何かあったら同じことになるかもしれない。まだまだ、私は弱くて、アーノルドの言葉をそのまま受け取る自信がないから、疑ってしまうんだし……。だから、お父様、私は帰国しません。もっと魔力について学んで、魔力のある自分をまるごと好きになって、ゆらがない自分になりたいの。それに、せっかく、学びはじめたばかりなのに帰れないよ。……お父様、私、ここへ来られて本当に良かったと思ってるの。勉強は大変だけれど、すごく充実してるし、とっても楽しい。だから、引き続き、こっちで勉強させてください。みんなに守られてばかりだった私が、いつか、他のだれかの役に立ちたいという気持ちは、日に日に大きくなってる。それに、魔力病で苦しむお母様の役にたちたいから。そのためにも、魔力について、一生懸命学びたいの。……お父様、このままこのベイリ国にいさせてください。お願いします!」
「小さくて、守らないといけないと思っていたアンジェが、どんどんたくましくなっていくな……。アンジェ、君の望むままに生きなさい。それと、私の分までお母様のことを頼んだよ。また、会いにくるから」
そう言って、お父様は優しく微笑んだ。




