13.悪意 (アーノルド視点)
アンジェからの別れの手紙を読んで放心している僕に、母が声をかけてきた。
「アーノルド、ジリアン伯爵家のメアリー嬢との噂を聞いたわ。率直に聞くけれど、メアリー嬢のことが好きなの?」
「は……? メアリー嬢……? まさか。僕はアンジェ以外の女性に興味なんてない!」
そう答えたあとに、はっとした。
母は学園内でひろまっているあの噂を知っている。
ということは、もしかして、アンジェも知っていたのか……?
だから、この手紙にメアリー嬢の名前がでてきたのか……?
「違う……。あれは、僕に近づいてくる令嬢たちの敵意がアンジェに向かないよう、メアリー嬢が噂をそのままにしておいたほうがいいと提案してくれただけなんだ……。メアリー嬢に悪いと思いつつも、アンジェのためならと僕はその提案にのった。……もしかして、アンジェが学園でたおれたのも噂を聞いたから……? 僕のせいでアンジェがたおれたのか……? 早く、アンジェに会って誤解をとかないと……!」
「やっぱり、思った通りだわ」
混乱する僕とは正反対に、冷静な顔でうなずいた母。
「ねえ、アーノルド。あなたは、今、アンジェちゃんのためにって言ったけれど、仮に、アンジェちゃんがアーノルドを守るためだからって他の男性と噂になっても平気なの?」
「平気なわけない! ……あっ……僕はなんてことを……」
「やっと自分のしたことがわかった? ほんと、なんで、そんな馬鹿な提案にのったのかしらね。アンジェちゃんにも言ったけれど、本当に、アーノルドはアンジェちゃんのこととなると一気にポンコツになるわよね。いとも簡単につけこまれて情けないったら……。まあ、せめてもの救いはアンジェちゃんへの気持ちがゆらがなかったことね。もしも、アーノルドがそんな卑怯な令嬢にほんの少しでもゆらいでいたのなら、この屋敷からでていってもらうところだったわ。私はね、アンジェちゃんの絶対的な味方なの」
卑怯な令嬢って……。
もしかして、母はメアリー嬢が僕に気があり、僕が騙されていると思っているんだろうか?
「いや、メアリー嬢は、アンジェのために自分がおとりになるようなことを提案してくれたんだ。メアリー嬢は卑怯な令嬢じゃないよ。アンジェの大切な友人なんだ」
母がふっと笑った。
「アンジェちゃんの友人? 友人がそんな提案をするかしら? ねえ、アーノルド。あなた、アンジェちゃんのこととなると必死すぎて目がくもりすぎよ。冷静にまわりを見なさいな。悪意を見せかけの善意できれいにくるんでいる人なんて貴族には沢山いるのよ。……そうね、アーノルドの目をしっかり覚ますためにも、包み隠されていた悪意を少しのぞいてみましょう」
そう言って、母はやけに楽しそうに笑った。
「メアリー嬢はアンジェを大事に思ってくれている。悪意なんてあるはずがない」
「だったらいいわね? ……じゃあ、あなた。あなたとドルトン公爵様にも手伝ってもらうわよ」
父に向かって歌うように話しかけた母に、父があきれたように言った。
「イレーヌ。息子には放任主義の君にしたら、今回は、やけにはりきってるな?」
「私、久々にものすごく怒っているもの。バカな息子につけこんで、アンジェちゃんを泣かせたんですから。そのまま見逃すわけにはいかないでしょう?」
「確かに、そうだな」
父が母に向かってうなずいた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
数日後、両親に連れられて向かったのはドルトン公爵家だった。
ここに来るのはアンジェに会う時なのに、肝心のアンジェだけがどこにもいない……。
そう思ったら、胸が苦しくなる。
応接室にとおされると、ドルトン公爵様が僕たちを待っていた。
「じゃあ、アーノルド君はこちらに入ってくれ」
そう言いながら、応接室の本棚を押すドルトン公爵様。
本棚が回転して、小さな隠し部屋があらわれた。
「え、ここは……?」
「見てのとおり隠し部屋だよ。応接室の話が聞こえるはずだ」
ドルトン公爵様の言葉に驚いていると、母が言った。
「ほら、早く入って、アーノルド。そこで、ちゃんと聞いていなさいよ。あなたが気づけなかったものが、一体なんなのかをね」
僕は母に促されるまま小さな隠し部屋に入った。




