12.手紙 (アーノルド視点)
馬車の中で、メアリー嬢に何か話しかけられた気もしたが、アンジェのことで頭がいっぱいで答える余裕などない。
かわりに、従者のジムが返事をしていた。
やっと、ドルトン公爵家に着き、馬車から飛び降りると、執事のジョルダンさんが出迎えてくれた。
そこで、アンジェが目覚めたと聞かされ、心底ほっとした。
でも、アンジェの顔を直接見るまでは、安心できない……。
メアリー嬢とともに応接室にとおされて待っていると、アンジェがやってきた。
思わず、かけよって、顔をのぞきこむ。
心配していたけれど、いつもより顔色がいいくらいで、やっと息がつけた。
たおれた原因を聞きだしたいのに、メアリー嬢もいるため、たわいもない話しかできない。
もどかしい気持ちを隠し、じっとアンジェの様子を観察する。
メアリー嬢に学園祭のことを聞くアンジェ。
なんとなく元気すぎることが気になった。
心配かけまいと無理をしているのかもしれない。
でも、それだけではないような気がする。
今までのアンジェと何かが違う……。
僕は帰り際に声をかけてみた。
「アンジェ。なにかあった……? いつもとちがう気がするけど」
「久しぶりに髪をおろしてるからかも」
と、アンジェは答えた。
確かに、ここ数年、ずっと髪をまとめていたアンジェ。
なんでおろさないんだろうと少し残念に思いもしたけれど、どんな髪形でもアンジェはアンジェだから。
でも、おろしていると、やっぱり、その美しさに目を奪われる。
「アンジェの髪は本当にきれいだね」
心の声とともに、勝手に手が動き、小さい頃からしてきたように、アンジェの頭をなでてしまった。
少し寂しそうな微笑みをうかべたアンジェ。
何故だかアンジェがこの手から離れていきそうな気がして、不安に襲われる。
すぐに、その思いを打ち消すように、もう一度しっかり頭をなでていると、侍女のルイーズさんがさりげなく、僕からアンジェを引き離した。
医師の診察をうけるため、応接室からでていくアンジェ。
その後ろ姿を見ながらも、また、不安がよみがえってくる。
僕は心の中で自分に言い聞かせた。
大丈夫……。
アンジェと僕はずっと一緒だ。
離れることなんてありえない、と。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それから、アンジェに会いたいのに会えない日々が続いた。
というのも、アンジェに会いにいった翌日、父に突然、領地へついてくるよう命じられたから。
キングス公爵家を継ぐのは兄だから、普段、父と共に領地へ行き、仕事を手伝っているのは兄だ。
なのに、今回は、僕についてくるようにと言った父。
しかも、学園を休んでまで。
不思議に思いながらも、一週間もの間、領地にとどまり、父の仕事の手伝いをした。
やっと帰ってきて、アンジェに会いに行こうとした時だった。
「アーノルド、おまえとアンジェリン嬢の婚約は解消された」
父に呼ばれて、いきなりそう告げられた。
「は……? なんの冗談ですか?」
「冗談ではない。もう決まったことだ」
僕とアンジェの婚約が解消……?
一度たりとも考えたことがなかったことをつきつけられて、息がとまる。
が、すぐに我に返り、僕は叫んだ。
「アンジェと婚約解消なんて絶対にしない!」
父は感情の読めない冷静な目で僕をじっと見ている。
「アンジェリン嬢のほうから婚約解消の申し出があった」
「え、アンジェが……!?」
「そうだ。この婚約は政略でもなく、ただ、私とドルトン公爵が親友だからと勝手に決めたこと。そのため、アーノルドかアンジェリン嬢のどちらかが異を唱えたら、その時点で速やかに解消するというのがもともとの約束だ」
「なんで……、なんで、アンジェがそんなことを……!? アンジェがそんなことを言うはずない! アンジェと話してきます!」
「アンジェリン嬢はもう屋敷にはいない」
「は……!? どういうことですか!?」
「ベイリ国に旅立った。留学だ」
「アンジェがベイリ国に留学……!? アンジェは魔力がたまるとたおれてしまうのに!?」
「そうならないよう、アンジェリン嬢は魔力を学ぶことを決断した。ドルトン公爵夫人の母国ベイリ国であれば、学ぶことができるからな」
「でも、急に留学だなんて無茶です! ずっと、アンジェは学園にも行くことができなかったんですよ!? ついこの前だって、学園祭を見に来たあと、ふつかも目を覚まさなかったんだ! それなのに、いきなり留学だなんて無理だ! 早くとめにかないと! 僕もベイリ国に行ってきます!」
僕は叫びながら、すぐに、父の部屋からでていこうとした。
「待て、アーノルド!」
父の鋭い声。
「アンジェリン嬢の留学の邪魔をすることは許さない」
「邪魔!? そんなんじゃない! 僕はアンジェが心配なんだ。アンジェは僕の大事な婚約者だから、僕がそばにいないと……!」
「アーノルド、落ち着け。お前は、前を向いてすすみだしたアンジェリン嬢を、また、屋敷の奥に連れ戻すのか? それが、アンジェリン嬢のためになるのか? ならないだろう!? 心配という枷で、アンジェリン嬢をしばりつけるのはやめなさい」
「心配が枷……?」
「そうよ、アーノルド」
そう言いながら近づいてきたのは、母だ。
いつの間にそこにいたのか、全く気づかなかった。
「あなたは、アンジェちゃんを自分に縛りつけようとしているだけよ。アンジェちゃんはあなたに依存していたと言っていたけれど、あなたのほうがもっとアンジェちゃんに依存していたのね。アンジェちゃんは自分を知るために、前にすすみはじめたの。アンジェちゃんは大きく成長していくのに、あなたはそのままでいいの? この機会に、アーノルドも自分自身のことをしっかり見つめなさい。いつもアンジェちゃんを守ると言っているけれど、自分のことすらわからない人間に他人は守れないわよ」
「僕にとったら、アンジェがなにより大事なんだ!」
声を荒げる僕に、母が手紙を手渡してきた。
「アンジェちゃんからのあなたへの手紙をドルトン公爵様から預かってきたわ。読んでみなさい」
そう言って手渡された封筒は、間違いなくアンジェの物だ。
晴れた空のようなブルーはアンジェの好きな色だから。
手にとると、勝手に手がふるえだす。
なんとか封筒をあけて、同じ色の便箋をひろげた。
見慣れたアンジェのきれいな文字が目にとびこんできた。
アーノルドへ
まずは、驚かせてごめんなさい。
この手紙をアーノルドが読む時は、私はもうベイリ国に行ってしまっているはずだから。
そして、いきなり婚約を解消することを申し出たこともごめんなさい。
本当は直接話すべきだけれど、アーノルドの顔を見て話すと、離れる覚悟がゆれてしまうから。
親が決めた婚約者なのに、ずっとずっと、私のことを心配してくれて、気遣ってくれて、やさしくしてくれて、本当に本当にありがとう。
寂しい時もつらいときも、アーノルドがそばにいてくれたおかげで私は救われました。
でも、私はアーノルドのその優しさを当たり前のように受け取るだけで、アーノルドの気持ちを考えていなかった。
アーノルドは誠実だから、婚約者として決められた私を、ひ弱な妹のように思って、ずっと心配して、気にかけてくれていたのよね。
今まで、ずっと、縛りつけてしまってごめんなさい。
学園祭で、メアリー姉様の言葉に微笑んだアーノルドの笑顔を見て、鈍感だった私は、やっとそのことに気づきました。
アーノルド、メアリー姉様のことが好きなら、私に気兼ねしないで。
もう婚約は解消したのだから。
これからは、アーノルドの望むままに生きてください。
気持ちがあふれて、上手く言葉にできないけれど、本当に今までありがとう。
アーノルド、あなたの幸せを願っています。
アンジェリン
嘘だ……。
力が抜けてしまった僕の手から淡いブルーの便箋がひらひらと床におちていった。




