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大好きな人たちのために私ができること  作者: 水無月 あん


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1/7

1.私が邪魔しているの?

よろしくお願いします!

私は、ドルトン公爵家のひとり娘アンジェリン。

普段は屋敷にこもっている私だけれど、今日は、思いきって、学園祭を見に来た。


広々とした会場にはいると、ちょうど、舞台上では学生たちが催し物をしているようで、歓声があがっていた。

人の多さに、思わず身構えてしまったけれど、舞台上で並んで立っているふたりを見つけたとたん、緊張がほどけた。


私の婚約者のアーノルドと、私の親戚で、あこがれの女性メアリー姉様。

15歳の私より3歳年上のふたりは18歳。

学園の高等部に通っていて、ふたりとも生徒会に入っている。


私の大好きなひとたちだ。


いつも会う時とは違って制服姿が新鮮で目が離せない。

本当にふたりとも素敵で、なんだか私まで誇らしい気持ちになる。


「アンジェリンお嬢様、こちらのお席みたいです」


侍女のルイーズが、メアリー姉様が私のために用意してくださった指定席のチケットを手に、私を誘導してくれる。


ぽっかりあいているふたつの席のまわりは、制服を着た女子生徒ばかりだった。


「今日は沢山父兄も来ているから、アンジェリンさんの席は同じクラスの女子生徒たちのところにとっておいたわ。アンジェリンさんはかわいいから、目をつけられたら困るものね。アーノルド様には見に来ることは内緒にしておきたいんでしょう? だったら、帽子をかぶってきたらどうかしら? アンジェリンさんの銀色の髪は目立つものね。そうでないと、いつも、アンジェリンさんを心配しているアーノルド様は、アンジェリンさんを見つけてしまうかもしれないわ」


メアリー姉様にそう言われて、帽子をかぶってきたけれど、かぶってきて良かった。

人がいっぱいだけれど、帽子をかぶっていると、なんだか安心する。


というのも、私は人が多いところは苦手で、学園にすら通えなくて、家庭教師の先生から教わっているくらいだから。

でも、この催しの司会を生徒会長のアーノルドがするとメアリー姉様に聞いたから、思いきって、こっそり見に来た。


今年でアーノルドは学園を卒業するから、どうしても見ておきたくて。


席に着くと、まわりにすわっている女子生徒たちの楽しそうな声が聞こえてきた。


「生徒会のみなさまって素敵。ああやって揃ってならんでいると、華やかよね!」


「私はやっぱり、生徒会長のアーノルド様が一番素敵だと思う。だって美形だもの! それに、あのクールな感じがかっこいいわ」


アーノルドは確かにきれいな顔をしているけれど、クール……? 

いつだって、にこにこしていて、すごく優しくて、私にとったらひだまりみたいな人なんだけど。


思わず首をかしげると、ルイーズが私の気持ちを察したようにささやいてきた。


「アーノルド様は、アンジェリンお嬢様には激甘ですけどね」


激甘か、確かに……。

アーノルドはいつだって私をすごく心配してくれている。


例えば、外にでるのが苦手な私がたまに外出しないといけない時は、どんなに忙しくても、私についてきてくれるくらい。


だから、今日は、アーノルドに迷惑をかけないよう、私がここへ来ることは言っていない。

司会で忙しいのに、私が来ると知ったら、アーノルドはきっと私に気をつかうと思うから。


「アーノルド様の隣に立っている書記のメアリー様。同じクラスだけれど、改めて見ると、やっぱり美人よね。成績も優秀だし」


うんうん。メアリー姉様はすごく美人で、すごく優しいの。

女子生徒たちの言葉に嬉しくなって、思わず、うなずいてしまう。


「あんなふうに、アーノルド様とメアリー様が並んでいると、悔しいけれど絵になるわね……」


「ほんとね! ふたりとも美しい金色の髪で、すらりとしていて、おとなびた雰囲気だもの。とってもお似合いだわ」


え? ふたりがお似合い……?


思いもかけない言葉に、一瞬、固まってしまった。

私の変化に気づいたルイーズがささやいてきた。


「アンジェリンお嬢様、ただのざれごとです。お気になさらないでください。ここの席はうるさいですから、後ろのあいている自由席にうつりましょう」


そう言って、たちあがろうとしたルイーズに「待って」と、声をかけた私。

そんな私たちの様子に気づくこともなく、女子生徒たちの楽しそうな声はとまらない。


「アーノルド様って、ご用があるとき以外は、女子の生徒たちとは個人的にお話されたりしないでしょう? でも、メアリー様とは、時々、親しそうにお話されるのよね。この前も、ふたりが教室で少し立ち話をされていたのだけれど、アーノルド様がやわらかい表情で微笑まれたから、見ていてドキッとしたわ!」


「もしかして、おふたりはお付き合いされているのかしら?」


「それはないんじゃない? 確か、アーノルド様には婚約者がいらっしゃったはずだから。ほら、ドルトン公爵家のご令嬢と……」


いきなり自分の話題になり、反射的に帽子を深くかぶりなおす。


「アーノルド様は公爵家の次男でいらっしゃるから、ドルトン公爵家に婿入りされるってことね」


「ドルトン公爵家のご令嬢ってお茶会とかでもお見かけしないし、学園にも通われていないんでしょう。どんな方なの?」


「アーノルド様とメアリー様より年下で、お身体が弱いって聞いているわ。責任感の強いアーノルド様なら、妹みたいに思われて、心配されているんじゃないのかしら」


「勝手なことを……。アンジェリンお嬢様、やはり、お席をうつりましょう!」


ルイーズが怒りのこもった声でささやいてきたけれど、私は首を横にふった。


だって、彼女たちの言うことは何も間違っていない。

しょっちゅう、たおれていた私をアーノルドが心配していることも、私を妹みたいに思っていることもその通りだ。


だから、彼女たちの言うことを聞いておきたい。

私の知らないことを知っておきたい。


胸がバクバク音をたてるほど不安になるけれど、聞いておかなきゃいけない気がする。


私は息をひそめて、彼女たちの言葉に耳をすませた。


「あっ! ほら、見て! アーノルド様にメアリー様が近づいたわよ!」

「きゃあ! あんなに顔を近づけるなんて、やっぱり、特別なんじゃない!? なにをささやいたのかしら!?」


彼女たちの言うように、メアリー姉様がアーノルドに近づいた。

そして、顔をよせて、何か声をかけたみたい。


嫌な予感に、胸がざわざわし始めた。

私の前で、メアリー姉様はあんなにアーノルドに近づいたことなんて一度もなかったから……。


そんなメアリー姉様の行動に、アーノルドは驚いたような顔をした。

離れようとしたのか体をひいたようにも見えたけれど、メアリー姉様に何かささやかれて、動きがとまったみたい。


そして、少し困ったように、でも、とても嬉しそうな顔で微笑んだ。


胸が苦しくなって、思わず、顔をふせた。


メアリー姉様の言葉で、アーノルドはあんなに嬉しそうな顔をした……。

そのことがショックで、大好きなふたりなのに、もう見ていられない。


女子生徒たちの黄色い声が更に大きくなった。


「ねえ、あのふたりの雰囲気、なんかあると思わない!? やっぱり、ふたりは両想いなんじゃないかしら!?」


「でも、メアリー様ってジリアン伯爵家でしょう? アーノルド様の婚約者がドルトン公爵家のご令嬢なら、家柄では到底勝てないわよね。相思相愛なのに結ばれないだなんて、おかわいそうに」


ふたりが相思相愛……。

ふたりがかわいそう……。


頭の中をそのふたつの言葉がぐるぐるまわって、それ以上、外の音がきこえなくなった。


アーノルドは私が公爵家の娘だから仕方なく婚約しているの……?

本当はメアリー姉様のことが好きなの……?


そんな疑問を打ち消したいのに、今さっき見た、アーノルドの笑顔が頭にやきついてはなれない。


メアリー姉様に声をかけられて、ひきだされたあの笑顔が、女子生徒たちが言っている言葉を裏付けているようで、胸がしめつけられる。


ふたりが思いあっている……。

もしかして、私の存在が、大好きなふたりのことを邪魔しているってこと……?


そんな風に考えたら、胸がどくどくしはじめて、目の前がゆれはじめる。


あ、ダメだ。

久々にきたかも……。


でも、こんなところで倒れたら、みんなに迷惑をかける。


落ち着かなきゃ。


私はバッグから透明の卵型の石をとりだして、にぎりなれたその石を力いっぱいにぎった。

ほんの少しだけ、ざわついていた心が落ち着いてくる。


その間に、ルイーズにあわててつぶやいた。


「ルイーズ、帰りましょう。多分、この石、そんなにもたないから……」


私の言葉に、ルイーズがてきぱきと答えた。


「扉をでたところに護衛のトビアスが控えています。ドルトン公爵家の馬車も近くで待機していますから、すぐに帰れます。アンジェリンお嬢様、大丈夫ですからね。落ち着いてください」


ルイーズの力強い声にうなずくと、私はゆっくりと椅子から立ち上がった。


ちょうど、舞台でなにかおもしろいことをしたのか、どっと歓声があがる。

会場はもりあがり、熱気があふれているのに、私の心はどんどん冷たくなってくる。


自分だけが別の世界にいるみたいな感覚がふくらんできて、足元がぐにゃりと大きくゆれた。


ふらつきはじめた体をルイーズに支えられながら、私は、そっと会場からでていった。



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