表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/30

ヒロイン、俺ってマジかよ(3)

「じゃあ、1ページ目から順番に動きつけてこか~。台本持ったままでええし、まずは“立ち読み”の感覚でな」


宮吉が手をパン、と鳴らすと、部員たちがぞろぞろと“舞台エリア”に移動し始める。

部室の一角には即席のバミリ(立ち位置を示すテープ)が貼られていて、今日の稽古はそこで行われる。


「よし、翠心。お前はここな」

桔平がさっさと翠心を引っ張って、中央のポジションに立たせる。


「お前さぁ……俺まだセリフ頭に入ってねぇってのに……」


「だから台本持ってていいんだよ。“動きながら喋る”練習ってやつ。ほら、最初のシーンいくぞ」


桔平が演じるのは、翠心(巫女の生まれ変わり)を守る狐の妖。

最初の立ち位置を確認しながら、後ろで発声準備を整えていた他の部員たちも、それぞれのポジションについた。


「照明、落としまーす」


部室の隅にいた凌央が、照明のスイッチをカチッと操作。

部屋の灯りが一瞬落ち、薄暗い雰囲気に変わる。


「じゃ、いきまーす。『花に宿る』、第一幕、シーン一、始めっ!」


遥登が軽快な声でキューを出した。


——

〈第一幕:神社の境内〉

人と妖が交わることの少ない世界で、唯一その境界を歩む者——“選ばれし巫女の生まれ変わり”が目を覚ます。


「……ここ、は……?」


台本を持つ手がわずかに震える。けれど、翠心の声は思ったよりしっかり出ていた。


「ようやく目ェ覚めたか。まったく、手間かけさせやがって」


狐耳のカチューシャを仮でつけた桔平が、腕を組んで舞台奥から出てくる。

普段のノリと打って変わって、低めのトーンで言葉を放つ。


「お、桔平……ちょっと役入ってんじゃん……」

翠心は小声でぼそっとつぶやいたが、すぐに次のセリフに戻る。


「……あなた、誰?近づくな、私は別に……!」


セリフと一緒に台本を胸に抱え、じりじりと後ずさる翠心。

その仕草が自然と見えるよう、数人の部員が黙って見守っている。


「フフ、いいじゃん翠心。動きつけながらやると表情もついてくるねぇ」

遥登がにこにこしながら、台本にメモを走らせている。


「その“怯える感じ”、いいッスね。声のトーン、ちょっと上ずるくらいがリアルかもッス」

蓮真も後ろからぽそっとコメント。


「お、お前ら黙って見てるだけじゃねぇのかよ……!」


「おい、芝居中! 集中しろ」


桔平が軽く翠心の額を小突く。


「いってぇ……!」


部室にささやかな笑いが起きた。

照明が徐々に明るくなり、第一幕の途中で一度、宮吉が手を上げた。


「よっしゃ、そこまでや! うん、ええ感じやなぁ~。まだ初日やけど、イメージはできてるわ」


「翠心、ほんとに初めてか~? 思ったより動けてたじゃん」

桔平がふっと笑う。


「……だろ? ……いや、まだ全然わかんねーけど……」


翠心は俯きつつも、頬を少しだけ赤くしていた。


---


稽古漬けだった1週間がようやく終わり、土曜の昼。

和泉翠心は部屋のベッドに寝転がって、ゲームのコントローラーを片手にポテチをつまんでいた。


「……は~~~~、やっと休みだ……」


口元には力の抜けた笑み。部活も宿題も一旦放り出し、好きなだけ寝て、好きなものを食べて、ゲームして過ごす日。それこそが、翠心にとっての「幸福」だった。


そのとき、スマホの通知音が鳴る。

画面を覗きこむと、LINEのメッセージが届いていた。


《清水桔平》

「メシでも行かね?」


「……なんで桔平なんだよ……」


けど、今日くらいは好きなもん食っていいよな――そう思って、指が勝手に動いていた。


《和泉翠心》

「パフェ食べたいからファミレスがいい」


すぐに「OK」のスタンプが返ってきた。


---


ファミレスの窓際席。

休日の昼間でにぎわう店内の中、翠心と桔平は向かい合って席に座っていた。


「俺、ハンバーグにするわ。翠心は?」


「ナポリタン。あと食後にパフェ。チョコ系な。あれマジでうまいからな」


「チョコな。了解」

桔平がクスっと笑う。


注文を終えると、すぐに料理が運ばれてきた。

ハンバーグにナポリタン、それにドリンクバーで取ってきたメロンソーダ。目の前には幸福のセット。


「はー……マジでやっと羽伸ばせた……。一週間、腹筋だの走り込みだの、ありえねーだろ……」


ナポリタンをフォークで巻きながら、翠心がぶつぶつと愚痴をこぼす。


「……俺、本来こういう生活なんだよ……」


「でも、頑張ってたじゃん」

桔平は笑いながらハンバーグを切っている。


「頑張ってねーよ。無理やり引きずり込んだのお前だしな……」


「……俺は、休みの日もお前に会えて嬉しいけどな」


突然の桔平の“本音”に、翠心のフォークがぴたりと止まった。


「……な、なにサラッと言ってんだよ。……うぜえ……」


ぼそっと言いながらも、耳までほんのり赤い。


「お前、顔に出るタイプだよな、やっぱ」


「出てねぇよ!」


そんなやりとりをしているうちに、パフェが運ばれてきた。

チョコレートアイスに、ブラウニーと生クリームがどっさり盛られた甘々なパフェ。


「おー、これこれ。最高だろ、これ……」


パフェを前にした翠心のテンションは明らかに上がっている。

スプーンですくって、アイスと生クリームを頬張った。


「うまっ……マジで正義……」


その幸せそうな顔を見て、桔平がふいに口を開く。


「なあ、1口ちょうだい」


「は?」


「いいじゃん。な?」

桔平はぐっと顔を近づけてくる。


「……勝手にしろよ」


翠心が軽く舌打ちして、スプーンにひと口分すくって渡す。

桔平はそれをぱくりと口に入れた。


「……あまっ」


「当たり前だろ。チョコパフェだぞ」


そう言いながらも、どこか楽しげな翠心。

桔平の隣で、いつもの“日常”とはちょっと違う、けれど落ち着く空気に包まれていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ