37.仕様書と相談
ウィンハルト家の応接室はひんやりと冷えていて、そのためかメイドが淹れてくれた紅茶は温かいものだった。
応接室にはオーレリアと、友人のアリア、そしてその姉のレオナを残しすでに人払いがされている。
「これがナプキンですか。思ったよりシンプルな形をしているんですね」
六枚用意したサンプルのひとつを手にして、レオナは畳まれたナプキンを慎重な手つきで開く。
接着面には「吸着」を付与してあるので、開くとぺりり、と軽く剥がれる音が立った。
「こちらを下着に着けてもらい、あとはその日の体調によって一時間から数時間程度で交換してもらう形になります。探索中の冒険者は睡眠も壁にもたれかかって座った形で取ることが多いそうなので、今のところワンサイズですが、一般用に作るなら、これとは別に横になって眠る用に後ろの部分をもっと大きく広げた形も考えています」
そう言って、オーレリアは足元に置いた斜め掛けのバッグから紙を一枚取り出して、テーブルの上にそっと置く。
簡単にだが、商品として扱う際のナプキンの種類と形、それぞれ想定される使用条件、ロゼッタがまとめてくれた使用感の感想をいくつか抜粋したものを写し、現在マルセナ洋裁店に依頼している一枚あたりの単価、掛けている付与の種類と一枚あたりの希望金額までまとめたものだ。
「丁寧な仕様書ですね。オーレリアさん、字が綺麗ですね」
アリアが屈託なく褒めてくれるけれど、レオナはゆっくりとそれに視線を滑らせた後、オーレリアを見た。
「本当に、丁寧にまとまっていると思います。すでに複数人の人が使って、メリットも十分にあることも分かりました。現在はどれくらいの数をどれくらいの頻度で販売しているか伺ってもいいですか?」
「おおむね、一週間に二十枚ほどです。一人当たり四枚から五枚ほどを一度に購入してくださるので、週四人ほどのペースですが、探索中に仲間や顔見知りに手持ちを譲った方の追加購入や、譲られた方が気に入ってくれて新規で購入したいという希望などが含まれます」
「直接オーレリアさんから購入ではなく、シルバーランクの冒険者であるロゼッタさんの仲介なんですね。これには何か理由が?」
「もともと、赤ちゃん用のおむつからナプキンを作れないかと依頼してくださったのがロゼッタさんでしたので、その後もロゼッタさんが仲介してくれました。私から直接購入でないのは、私が日中は図書館で働いていて不在であることと、同じ理由で大量に作ることはできないこと、値段の交渉などが不得手ということもあり、あまり大っぴらに売る気がなかったので、ロゼッタさんが最初に出してくれた金額を支払える、信用のおける女性冒険者の分を受注で作っていたからです」
レオナは納得したように頷いた。
「これまで何枚ほどを販売したか、把握していますか?」
「手縫いで二十七枚、それ以降は洋裁店に吸収帯の製作を依頼したので、納品書が残っています。初回で二十枚、二回目が四十枚、現在四十枚を新たに注文しているところです」
「現在女性冒険者には大銀貨一枚で販売しているそうですが、こちらの仕様書では一枚あたり半銀貨を予価としている理由を伺っても?」
「ナプキンは、一枚あればいいというものではなく、交換が必要で、付与も布に行うことから、半年程度で効果がなくなってしまいます」
冒険者は危険な分だけ収入は比較的多い方だ。ロゼッタの友人や知人でナプキン一枚に大銀貨を払える女性冒険者ならばそれほど問題にならずとも、一般人が手にするには、やはり高価すぎる。
半銀貨でもオーレリアの感覚だと五千円程度、鷹のくちばし亭で一泊の値段だ。決して安いとは言えないだろう。
ロゼッタに技術を安売りしては駄目だと何度も説得されて今の値段で落ち着いているけれど、販路を確保しある程度の数を生産するなら、値段はおのずと下げる必要があるというのがオーレリアの考えだ。
「現在の仕入れが吸収帯のみで半銅貨一枚程度、付与が四つかけてありますが、図書館での「保存」が一つ当たり半銅貨一枚なので、原価を銅貨一枚程度、商会に卸した場合の委託金や、運搬などのコスト、流通時に起きる可能性のロスを考えて、この金額にしました」
レオナはしばらく黙り込み、やがてほう、と息を吐いた。
「想像していたより、かなりしっかりしていて驚きました。オーレリアさんは、どこかで商売の勉強をされたことが?」
「いえ、素人の考えです」
「私から見ても、かなり具体的な仕様書だと思いますし、販売計画であるとも思います。でも、単価はもっと高く……せめて銀貨二枚程度まで上げたほうがいいと思います」
「それでは、原価に対して高額になりすぎないでしょうか?」
「新しいものは、最初のうちは中々広げるのが難しいものですし、特に花の時期がある女性は既婚者の割合が高いです。そうするとある程度高額なものを購入する権限は夫が握っていることが大半ですから、まずナプキンが広がるのは仕事に必要で自分の裁量でお金を使うことのできる冒険者、それから貴族の女性や裕福な商家の女性がメインになると思います。ですので、最初は強気の値段をつけて設備投資の資金を集めるのが良いと思います」
アリアは弾む口調でそう言って、ただ、と嬉しそうに笑う。
「これは、口コミでもあっという間に、そして爆発的に広がると思います。あれば便利であることは間違いありませんし、王都の人間の半分は女性ですからね! その頃にはある程度の生産体制も整っているでしょうし、単価を下げるのはそれからでも十分です。それに、王都にはとどまりませんよ。きっと行商を行っている商人たちも大量に仕入れて各地に広げていくことになるはずです。ゆくゆくは主要な都市に生産を広げていくことも視野に入れないといけませんね!」
話がどんどん大きくなっていくし、言葉を重ねるほど興奮気味に早口になっていくアリアに気押されていると、隣に座っているレオナがふっ、と息を吐く。
「アリア、先走りすぎよ」
姉に窘められたものの、アリアは口元を手で隠し、うふふ、と笑うばかりだ。
「お姉様、可能性の大きなものを見てわくわくするのは、ウィンハルト家の血です。お姉様だって抑えきれない気持ちを抱えているはずです」
「それでも、冷静になりなさい。何事も俯瞰して見るのが大切よ。――オーレリアさん、これを持ち込み、仕様書まで用意してもらったということは、この商品の販売に関して私に相談したいと思っている、と考えていいんですね?」
「はい。――後見のお話を保留にしていただいているのに、ご迷惑かとは思ったのですが」
「迷惑なんてことはありません。いえ、我が家に話を持ってきてくれて、よかったと思うばかりです」
「そうですよオーレリアさん。お姉様は少なくとも、商売に関しては公正な方ですから、素材の確保から販路に至るまで、お任せしても大丈夫です」
「アリア、少なくともは余計よ。それに、金額を上げるのには他に理由もあります。オーレリアさんはご存じだと思いますが、付与ひとつにつき半銅貨一枚というのは、付与術師には基本的には嫌がられる条件なんですよね」
図書館勤務としては、申し訳ないのだけれど、とそう呟くレオナは物憂げな表情だ。
「あ、そうでしたね……だから私も仕事をいただけたわけですし」
「オーレリアさんには、すごく感謝しているんです。本当はもっと単価をあげることができればいいのですが、図書館の本は多く、今も増え続けていますし、付与も定期的に掛け直さなければならないとなると、どうしても単価が下がってしまって」
「たくさん作るとなると付与術師の数も必要になりますしね」
「あの、それでしたら、ご提案なんですが、一定期間製作現場で働いてもらうという条件でナプキンの付与に必要な「吸水」「防水」「吸着」「消臭」の四つの術式を、製作してくれる付与術師に提供というのはどうでしょうか。術式は販売されているものもありますし、その条件なら人も増やせて、希望してくれる方もいるかもしれません」
レオナとアリアは目を見開いてオーレリアを見つめていた。絵に描いたような「ぽかん」という様子に、少し戸惑う。
「あの?」
「アリア」
レオナの声にアリアが素早く立ち上がり、応接室のドアを開けると周辺をきょろきょろと見回して、再びドアを閉める。
「大丈夫です、お姉様。……オーレリアさん! そんなこと、人前で言っちゃだめですよ! これは絶対!」
珍しくアリアに強めに言われて、思わず顎を引く。レオナは額に指を当てて唇を引き締め、眉根を寄せた後、静かな声で言った。
「少し、いえ、だいぶ、色々とお話ししたほうが良さそうですね、オーレリアさん」




