33.東区での夕食
「あれ、オーレリア。これから出かけるのかい?」
スーザンに声を掛けられて、混雑している食堂を横切ろうとしていたオーレリアは足を止める。
「はい、友人が近くに仕事で寄るので、ついでに夕食をと誘われたので」
「そうかい。気を付けていっておいで」
鷹のくちばし亭の夕食のピークは夕日が空を焼き始めてから暗くなる程度の時間である。外に出るとまだ空はほんのりと青く、街灯が灯り始めていた。
「オーレリアさん」
待ち合わせは冒険者ギルドだったけれど、通りに出てすぐに声を掛けられた。
「ウォーレンさん。迎えにきてくれたんですか?」
「用が少し早く終わって、時間を持て余してしまったので。行き違いにならないかと思ったんですけど」
今日のウォーレンはマントは羽織っておらず、冒険者風の服とは違い、半袖のシャツとスラックスというごくシンプルな服装だった。いつもの防具を着ていないだけで一回り小さく見えるものの、逆に鍛えている体が強調される。
一見すらりとしているように見えて、腕などしっかりと筋肉がついていて、ついひょろひょろと伸びている自分の腕と見比べてしまった。
「俺のおすすめの店でいいですか? 運河沿いで眺望がいいんですけど、料理は安くて美味いところがあるんです」
「はい、是非」
アリアとは中央区で会うことが多いことと、基本的に朝と夜はスーザンが食事を出してくれるので、東区でする外食といえば休日の昼食に屋台で軽食を買うばかりで、東区の飲食店に入ったことはほとんどないという話をしたところ、じゃあそのうち食べに行こうと言われ、今日である。
「王都って、街灯があるんですよね。便利ですけど、あれってどうやって光っているんでしょう」
光を拡散させるためだろう、ガラスに包まれてはいるものの、前世で言うところのガス灯や電球ともまた違い、支柱の上で設置された街灯そのものが光を発しているように見える。
「あれは、エディアカランの塔を崩した時の欠片を加工したものです。あの塔って光っているので、特に付与をしなくても明かりに使えるんですよ」
言われて、納得した。
鷹のくちばし亭のオーレリアの部屋からも見えるダンジョンの塔は、夜中でも白く輝いて見える。ライトアップしているわけではなく、単純に塔そのものが発光しているのだ。
「そういえば、同じような光り方をしていますね」
「おかげで王都は夜でも明るい通りが多いですね。三代前の国王が、暗がりは犯罪を生むといって、王都中に街灯の設置を命じたそうです。おかげで王都はどこも大抵、夜でも明るいんですよ」
なおこの光は塔から切り崩されると五年ほどで光らなくなってしまうため交換され、古いものは魔石の代用品や付与の媒体として安く払い渡されるのだという。
街灯の設置は王命だったため、意図的に毀損したり石を盗んだりした者は問答無用で死刑だと、少し怖い話も聞いた。
「この石も、王都の主要な産物のひとつですね。街灯が設置されているので夜間でも商業活動が可能で、付与の媒体が安く手に入るので魔道具も庶民の手に届く価格に抑えられているということらしいです」
おまけにその石はダンジョンから自然に伸びてくるもので、高くなりすぎて崩落しないよう定期的に切り崩している部分である。それを街灯に再利用し、さらにそこから魔石代わりや付与の媒体に再利用する、中々エコロジーな仕組みである。
「上手くできているんですね」
「ダンジョンと、その傍に人が暮らせる環境があれば街は大きく発展する理由のひとつですね。あ、ここです、俺のおすすめの店」
街灯が照らす運河沿いを進み、ウォーレンが指したのは白い石造りの建物だった。中に入るとすぐにテラスに案内される。
テラスは運河に大きくせり出していて、テーブル席がいくつも並べられていた。移動の間に大分日が傾いてしまったけれど、テラスには街灯と同じ白く光る石のランプがぶら下げられていて全体が明るく、前世でいうビアガーデンに近い雰囲気である。
「テーブルでの注文もできるけど、すぐにエールが欲しいときはあそこの屋台でも買えますよ。決まった料金をだせば、屋台のエールと並んでいる大皿の料理も好きに食べてよくて、俺のお勧めはそっちです」
いわゆるビュッフェ形式ということらしい。お勧めされるままそちらを選び、プレートを持って並べられた大皿から好きな料理を盛りつけていく。
新鮮な野菜のサラダに魚の切り身を揚げて調味料をかけたものから、炙ったソーセージや刻んだヴルストをトマトソースで和えたニョッキ、小さなジャガイモのオムレツ、薄くスライスした生ハムの盛り合わせ、ムール貝のワイン蒸しと種類は中々豊富で、デザート類もいくつかあって、どれも美味しそうだった。
オーレリアはサラダの他に切り出したチーズの盛り合わせと生ハム、トマトのペンネを少し盛りつけ、黒エールを注いでもらう。
「一杯目が黒エールって、オーレリアさん、本当にお酒が好きなんですね」
「以前働いていた商会の懇親会で出た時に呑んで、気に入りました」
そう言うウォーレンもジョッキに黒エールである。
エールはおおむね普通の琥珀色のエールのほか、黒エール、白エールの三種類が流通しているけれど、黒エールが最もアルコール度数が高い。簡単に乾杯し、口をつけると程よい苦みと少しコーヒーを髣髴とさせるフレーバーに、柔らかい炭酸が口の中にふわりと広がる。
「美味しいですね!」
「いい醸造所から樽で仕入れているんですよね。白も普通のエールも美味しいですよ」
それは是非頂かなくては。少し塩の強い料理とエールの相性も良く、夏の夜にとてもよく合う。ウォーレンは相変わらず健啖で、炙ったソーセージをつまみにエールを飲み切ると、さっそくお代わりを注いで戻ってきた。
よく食べるなあと感心していると、その視線に気づいたらしくウォーレンは少し照れくさそうに笑う。
「食事がこんなに美味しいのは、久しぶりです」
「そうなんですか?」
「ここしばらくは、会食を伴う仕事が多くて……仕事と食事を一緒に済ませようと最初に思いついた人を恨む日々です。一食が重いので、そういう仕事が入っている時は三食のうち一食は抜くことも多くて」
会話をして楽しい相手ならビジネスランチも悪くないかもしれないけれど、どうやらウォーレンの仕事相手はそうではないらしい。
日々の食事が美味しいのは、生きる張り合いになる。王都にきてからはしみじみと、そう思うことが多くなった。
よくよく見れば、顔の辺りの肉が少し減ったような気もする。
「そういえばウォーレンさんも、痩せましたね?」
「はい、少しベルトが緩くなりました。も? というとオーレリアさんも?」
聞き返されて、そうだったらいいけれど、と苦笑が漏れてしまう。
「いえ、お世話になっている図書館の館長さんが、とても痩せてしまって、心配していたので。むしろ私は少し痩せたいくらいなんですけど」
「オーレリアさんは、痩せすぎなくらいじゃないですか?」
やや貧相なのは確かだが、痩せすぎはさすがに言い過ぎである。
「王都は食べ物が美味しすぎて、ついつい食いしん坊になってしまうんですよね」
「夏もいいですけど、秋は夏の間に仕込んだアップルサイダーが旬ですし、近郊の果樹園から色んな果物が入荷されて市場が色鮮やかになりますよ。冬は魚も獣もたっぷりと脂がのって、そっちも美味しいです。王都の美食はまず最初の一年で旬を楽しみ、その神髄を味わうのに五年かかると言われていますから」
「それは、楽しみですね」
「はい、秋も冬も、腹いっぱい食べましょう」
本当に楽しみだ。
そして、王都にきて最初の冬服を買う頃には、サイズが上がっていることも覚悟しなければならないようだった。




