204.月下桃と苦手な暗がり
「オーレリアさん、こっちこっち!」
地面から突き出した背の高い岩の上に危なげなく立っているジーナが、こちらに向かって大きく手を振っている。
オーレリアとウォーレンのいる場所からは少し離れているのに、その声はやけにはっきりと響いて聞こえた。
「ウォーレン、そこから三時の方向にまっすぐ進んで少し行ったところにあるよ!」
「了解、ありがとうジーナ!」
「あたしたちの分もよろしくね!」
ウォーレンが手で合図をすると、ジーナはひょいとその岩から飛び降りる。茂った木の葉で岩の根元は見えないもののどう見ても建物の二階くらいの高さはあるのに、まるで躊躇を感じさせない動きだった。
「ジーナさん、すごく身軽なんですね」
「うん。地上にいるとあんまり見る機会ないけど、うちのパーティでは一番身軽だよ。高いところにもひょうひょい上るし、ちょっとくらいの高さなら飛び降りてけろりとしてるし」
ジーナは火の魔法使いという印象が強いけれど、そう言えば主な攻撃方法はナイフで、投げナイフも得意だと言っていたことがあった。
あれほど身軽で飛び道具も使うとは、戦闘を伴う探索の時は、きっととても頼りになるのだろう。
「離れているのに、かなり声が通っていませんでした?」
「それは俺の魔法。音は風上から風下のほうが大きく響くから、相手の姿が見えていたら結構簡単だよ」
ウォーレンがそう言って人差し指を立てると、ふわっ、と風が起きてオーレリアの髪を軽く揺らす。ジーナから自分たちのいる場所へ風をを吹かせていたということらしい。
「ウォーレンもすごいですね!?」
「風の魔法使いはよく使う方法だよ。それに、内緒話には向かないんだ」
「それでもすごいです。なんというか、地上にいる時よりみなさん、活き活きしている気がしますし」
お喋りをしながらジーナが指した方向に進んでいくと、下草はそれほど背が高くないものの、時々地面から突き出した岩や段差などがあり、あまり足場がよくなかった。
その時々でウォーレンが手を取って、エスコートしてくれる。
「ああ、俺とジーナとジェシカは、魔法使いだからというのはあると思う。ダンジョンの中だと魔力が豊富だから、はりきっちゃうんだよね」
「そうなんですか?」
ウォーレンはうん、と頷いて、苦笑を漏らす。
「地上より魔力が濃いから、何というか、変に元気になるんだ。数日過ぎれば段々慣れてきていつも通りになるんだけど、俺たち三人はダンジョンに潜ること自体が久しぶりだから、余計に気持ちが盛り上がっているのかもしれない」
魔法使いがダンジョンに潜るとテンションが上がるのは、冒険者あるあるらしい。
まだまだ知らないことが色々とあるものだと感心していると、右手を握ったまま先導してくれていたウォーレンが足を止める。
「ああ、あった。熟してる実もたくさんあるみたいだし、ちょうど果実の時期でよかった。オーレリア、あれが月下桃の木」
ウォーレンの視線の先には、三階建ての建物くらいの高さに成長した木が何本か生えていた。手を引かれたまま慎重に近づいて、ウォーレンが実をひとつもいで手渡してくれる。
「本当に小さいんですね」
手のひらにころりと乗るサイズは、前世の青梅によく似ている。
果皮は濃い桃色で、よく熟している様子だった。
夜になると一際甘く香ることから月下桃と呼ばれているというけれど、今の時間でもふんわりと周囲には桃の香りが漂っていて、なんとも美味しそうだった。
「これ、そのまま食べられるんですよね?」
「これくらい熟しているのなら、皮ごといけるよ」
お行儀が悪いとは思ったけれど、好奇心に勝てずハンカチで桃の表面を拭いて、皮ごと口に入れてみる。
皮は少し硬いけれど、その奥には弾けるような果汁がたっぷりと含まれた柔らかい果肉があり、酸味はほとんど感じず甘さと桃の香りがガツンと口と鼻いっぱいに広がる。
地上で流通している桃よりややねっとりとした歯ごたえと甘さで、口の中が桃で支配されたようになった。
「すごく甘いです!」
「そう! 野生種なのにめちゃくちゃ甘いんだよ! 果樹園もなんとか地上でこの味が出せないかと接ぎ木をしてみたり種を植えたり、花の時期に花粉を採取して掛け合わせようとしたりしているみたいなんだけど、今のところ上手くいってないみたいで、ダンジョン有数の特産品になっているんだ」
なるほど、これだけの味と香りなら、欲しがる人はたくさんいるだろう。
オーレリアは到底単独で来る気にはなれないものの、第四階層はブロンズランクやアイアンランクでも危なげなく活動できるエリアということもあり、人気の採取品というのもうなずける。
「気に入ったならよかった。折角だからたくさん摘んでいこう。今くらいの色の果実は完熟ですごく甘いけど、もう少し色が淡いのも歯ごたえがあって俺は結構好きなんだ。青いのはものすごく酸っぱくて、おまけに渋くて食べられないから、それは気を付けて」
普通の桃とは違い、青いまま成熟したサイズになり、そこから樹上で追熟することにより甘くなるらしい。木の上を見上げると、なるほどサイズは同じでもまだ青いままの実が半分ほど混じっている。
熟した月下桃を酒に漬けると上品な果実酒になるというのは前もって聞いていたけれど、青いものも中々美味しいお酒を漬けられる気がする。
「あの、ウォーレン。私の分のお土産は、半分青いのにしてもらってもいいでしょうか?」
「えっ、でも月下桃は木の上でしか熟さないから、捥いでしまったら青いままだよ?」
「ええと、試してみたい加工法があって」
梅酒もいいけれど、酸味が強いなら塩漬けにして渋を抜いたら、梅干しもどきができないだろうか。
王都ではライスも普通に流通しているので、梅のおにぎりや、そのほかにも夏に嬉しい酸っぱいレシピがいくつかある。
「勿論大丈夫。というか、青いのは完熟したものより固くて傷みにくいから、オーレリアのお土産分くらいは荷物に詰め込んで運んでもいいし、たくさん採ろう」
「ええと、いいんでしょうか」
鞄には【軽量】が付与してあるけれど、嵩ばかりはどうしようもない。
月下桃は一つ一つはそれほど大きくないので、自分の鞄に入る程度にするつもりだった。
だがウォーレンは、折角だしと笑う。
「オーレリアとダンジョンに来る機会なんて滅多にないし、思いついたことは全部やってほしい。それに月下桃はこの通りたくさん実をつけるんだけど、普段はこれ目当てのブロンズやアイアンの冒険者が多いから順番待ちの時もあって、俺たちは素通りすることの方が多いんだ。今日明日は折角の貸し切りなんだし、少し多めに採っても罰は当たらないと思う。木から捥いだ後はそう簡単に腐るものでもないから、たくさん採っていこう!」
下層や深層への探索がメインになる黄金の麦穂は、これくらいの階層で足を止めることはないのだろう。
偶然とはいえ、いい季節に行き当たったのだから、いつも通り過ぎているという月下桃をたくさん食べてもらうのもいいように思える。
「では、是非」
そうして、持参した籠に手の届く範囲に生えている月下桃を捥いでは入れていく。
周辺にはいくつも月下桃の木があり、オーレリアの手が届く範囲の実を求めてふらふらと進んでいると、途中でウォーレンに注意されてしまった。
「オーレリア、第四階層でもたまに人食い植物が出るから、一応周辺には気を付けて」
「……わかりました」
人食い植物とはなんなのか、どんな特徴があるのか、人食いというからには捕食するのか、罠なのか積極的に襲ってくるのか。
色々と疑問はあったものの、どの質問をしても怖い返事が返ってくるのは目に見えている。
ホラーは苦手だ。その中でも森系ホラーは、廃屋系と同じくらい苦手である。
そう思うと先ほどまで何ともなかったそのあたりの茂みや、高い木の下の暗がりなどが妙に怖く感じてくる。
できるだけウォーレンの傍に寄り添って月下桃の採取を続けていたけれど、オーレリアもウォーレンも集中力がある方なので気が付けば黙々と収穫をしていて、おかげであっという間に籠は一杯になっていた。
私はゾンビが走るタイプのパニックホラーがちょっと苦手、といいつつ見てしまいます。




