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19.友人と過去のこと

 全部終わったことなんです、本当に。

 アリアはオーレリアに向き合うとそう言って、少し寂し気に微笑んだ。


「両親もお姉様も怒ってくれて、元婚約者のご実家から結納金の何倍も慰謝料を支払わせてくれましたし、元親友も同様です。二人は家に出した損害の責任をとって実家から放逐されましたし、その後王都で二人の姿を見た人はいません。隠蔽に加担した友人たちも、我が家の弁護士からそれぞれの家に道義的な責任として報告し、謹慎の末その数か月後にはみんな結婚が決まっていました」


 それは放逐という形ではないにせよ、同じく「家を出された」ということになるらしい。

 おそらく、貴族らしい責任の取り方なのだろう。


 けれど、そんな責任の取り方をされても、婚約者だけでなく友人にまで裏切られたアリアの心の傷が癒えたとはオーレリアには思えなかった。


「大変でしたね」


 もっと気の利いた言葉を掛けたいのに、どう言うのが最もふさわしいのか、分からない。結局そんな曖昧な言葉を口にすることしかできなかった。


「ふふ、でもいいこともありましたよ。あんな男と結婚せずに済みましたし、縁談を調えた両親も私に悪かったと思ってくれたようで、家庭に入るのではなく好きな仕事に就くこともできました。毎日楽しいですし、こうしてオーレリアさんとも出会えましたしね」


 その言葉通り、アリアは毎日を楽しんでいる様子だし、出会った時から爽やかで親切な人だった。


 オーレリアの知らない彼女の一面もたくさんあるのだろうけれど、自分にとっては得難くも誇らしい友人であることに違いはない。


「私も、婚約破棄をされたときは途方に暮れましたが、今はそれでよかったんだって思っています。お仕事もいただけましたし、アリアさんともこうしてお喋りができますし」


 アリアは照れくさそうに笑ったあと、少ししんみりした表情になった。


「オーレリアさん。さっきは姉がごめんなさい。優秀で自慢の姉なんですけど、これと見込みのある人や物を見つけると、ああなってしまうのが珠に瑕なんです」

「いえ、私の方こそ、ご好意を無にするようなことを言ってしまいました」


 レオナが、自分の能力を買ってくれたのだろうことは、分かっていた。

 それをただの好意と受け止めきれなかったのは、自信がなく、人を信じきることもできないオーレリアの問題だ。


「私、オーレリアさんにはできればずっと、王都にいてほしいんです。勿論どこで暮らすのもオーレリアさんの自由だし、遠くに行ってもたまにお手紙をくれれば嬉しいですけど、たまに会ってこうしてお喋りをしたりしたいし、また古着屋めぐりだってしたいですし、まだまだお勧めのカフェやレストランだってありますし」

「アリアさん……」

「我儘ですよね。ごめんなさい」


 アリアには分かってしまっているらしい。

 もしもレオナの言うようなことが起きたとしても、一人で静かに王都を去ればいいと、思っていることが。


 スーザンにはたくさんお世話になったし、アリアと友達になれて嬉しかった。けれどオーレリアは未だに宿暮らしだし、仕事もいつでも辞めることのできるアルバイトの身分である。


 王都にやってきてようやく一ケ月と少しが過ぎたところ。元々の目的だった結婚が流れた今、オーレリアを王都に縛るしがらみは何もない。


 王都での暮らしは楽しいけれど、王都にこだわる必要はない。色々なものを作る機会を貰えたことで金銭的には余裕が出てきたし、どこか地方都市の商会で、これまでと同じく「温」と「冷」だけ使って働いて静かに暮らすのもいいだろう。


 やりたがる人がいないというなら、各地の私設図書館を巡って「保存」をかけ続けたっていい。


 王都で失敗したなら、他のどこかでやり直せばいいではないか。ほんの少し投げやりな気持ちと共に、そう思っている。


「オーレリアさん。何が、オーレリアさんの気持ちを堰き止めているのか、聞いてもいいですか?」


 アリアの言葉はとても慎重なものだった。水色の瞳はこちらを慮る色が揺れていた。


 アリアはいつも上手にオーレリアと距離を取っていた。親しく振る舞いながら踏み込んでくることはせず、言いたくないなら言わなくていい、したくないことはしなくていいと気持ちを尊重し続けてくれていた。


 けれど今、彼女がほんの一時関わりを持った知人ではなく、友人として、一歩踏み込んできたことを感じる。


 自分の過去など、どう話したって楽しい話ではない。

 けれど、先に過去についた傷を見せてくれた友人が踏み込んできた、その気持ちに応えたくなってしまった。


「……私、七つの時に両親を亡くして、叔父夫婦に引き取ってもらったんですけど、そこでは……私は厄介者でした」


 叔父の家にはオーレリアより幼い従姉妹が二人いた。元々あまり裕福ではなかったところに食い扶持が増えたことを、歓迎できなかったのだろう。


「暮らし向きが豊かでない中で、それでも育ててもらったとは思っています。感謝しなければいけないとも、思ってはいるんです」


 与えられなかったことを恨みに思うのは、自分でも間違っていると感じてはいる。

 叔父夫婦にとってオーレリアは、何かを与える存在ではなかったのだから。


「付与術の素質があると分かった後から、私は……色々とできました。それは私にとって、特別なことではなかったんです。でも、それを知られれば私は生まれた町から出してもらえなくなることも、分かっていました」


 多少「使える」けれど、大して特別なものではない。ずっとそう見えるように振る舞ってきた。

 レオナの言葉が自分を高く評価してくれたゆえのものだとは分かっているつもりだ。

 それでも、東部の生まれ故郷にいた頃を思い出して、拒否反応が出た。


 叔父夫婦に搾取される生き方から逃げてきたのに、また誰かに利用されて生きていくなんて本末転倒だ。レオナにそんなつもりはないだろうと思っても、気持ちがついていけない。


 早く大人になって、自由になって、どこか遠くにいきたい。

 縛るもののない場所で、我慢することなく、自分らしく生きていきたい。


 そう思っていたはずなのに、王都で一人になった後も、東部にいた時と変わらず地味な服を着て、三つ編みを編んで、傷つくことを恐れて積極的になることもできなくて。


 アリアに話すために言葉を探しているうちに、確かにそう思っていたはずなのに、自分らしい自分というものがなんだったのか、分からなくなっていることに気づいてしまった。


 スーザンに出会い、アリアに出会い、ロゼッタに出会って少しずつ変わっていけた気がしていたけれど、結局自分は東部にいた頃と変わらない、傷つくのを恐れて縮こまっている無力な子供のままのようだ。


「オーレリアさんは、付与術を使うこと自体は嫌ではないんですよね? だって、エアコンを作っている時も、動作を止める方法を思いついたときも、すごく嬉しそうでしたし」

「嫌ということはないです。そのおかげでお仕事もいただけましたし、それが誰かの助けになったり、喜んでもらえるのは嬉しいです」


 誰かのためになることができるのは嬉しい。

 けれど、役に立つと知られれば利用されると思っていた時間が長すぎた。


 ぽつりぽつりと考えては口にするオーレリアの言葉を、アリアは根気強く聞いてくれた。

 思えば、こんな風にゆっくりと時間をかけて自分の気持ちを言葉にしたこともなかったし、それを聞いてくれる人もこれまでいなかった。

 喋りながら、自分はそんな風に思っていたのかと感情を再確認したほどだ。


「オーレリアさん。人を信じるのが難しいという気持ちは、私にも分かります。オーレリアさんがしたいことはすればいいし、したくないことはしなくてもいいと思います。でも、それによって起きるかもしれない面倒ごとには備えておいた方がいいというのも、本当です」


 それは理解できるので、頷く。

 叔父夫婦とレオナは全く別の人だ。


 それなのに、嫌な経験を思い出して持ち帰ることもせずその場で申し出を断ってしまったのは、とても勝手な振る舞いだったように思えてくる。


「面倒を避けるためにできることをできないふりをするのも、処世術のひとつであると思います。同時に、やりたいことをするために迫ってくるだろうトラブルに立ち向かう準備をすることも、ひとつのやりかたです。お姉様はあの通り、何かあれば立ち向かって戦うことが身についているというか、それを当たり前だと思ってしまう人なので、オーレリアさんには随分唐突に思えたと思うんですけど」

「私も、早計でした。レオナさんの心遣いを、もっと考えるべきでした」

「いえ、それはいいと思いますよ」


 アリアはあっさりと笑う。


「お姉様がオーレリアさんに対する交渉の仕方を間違っただけですし、オーレリアさんを囲い込むことで当家にも利益があると踏んだことも事実ですから、そんなに気にしなくても大丈夫です。そもそも私、「するべき」って言葉、好きじゃありません」


 人を縛る言葉ですよ、と言って、アリアはふっと息を吐く。


「何かあった時、オーレリアさんが取れる選択のひとつ、くらいに考えておけばいいと思います。それに、オーレリアさんなら付与術師以外でも全然やっていけると思います。優しいし、仕事も丁寧だし、笑顔も素敵ですし」


 その言葉にぱちぱちと瞬きをした後、かぁ、と頬が熱くなった。


 付与術が使えれば仕事に困ることはない。そう思う反面で、他の誰でもない自分自身が、自分には付与術以外何の取り柄もないのだと思っていた。


 付与術の適性があると分かって以降、誰も、自分自身すら、それ以外の自分の価値なんて目を向けようとしてこなかったのだから。


 アリアがそう言ってくれたことが嬉しくて、自分で思っていたより、ずっと視野狭窄になっていたことを自覚する。


「……ありがとうございます、アリアさん」


 ――この人に出会えて、よかったな。


 これまで何度もそう思ったけれど、今日はひときわ強く、そう思う。

 大切な友人の忠告だ。彼女がそう言ってくれるならば、投げやりに決めるのではなく、もっときちんと、自分のしたいことと向き合っていきたい。


「もう少し、ちゃんと考えてみます」


 アリアは静かな声ではい、とだけ答えた。

 それで充分だった。

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