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転生付与術師オーレリアの難儀な婚約  作者: カレヤタミエ


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188/202

188.食えない男とコアな情報


 お茶を傾けながらセリムの持参した品について話を聞き、やがて話題はザフラーン帝国の文化や風習に移っていった。


 セラフィナと面会するようになって半年以上が過ぎたけれど、ダンジョンがなく魔物は普通の環境にいて一部は人間に利用されており、身分制や習慣なども未だに驚かされることが多い。


「ザフラーンでは、生活用水はすべて【出水】によって賄われているんですか?」

「いえ、必ずしもそうではありません。洗濯や沐浴などは川で行うことが大半ですし、都市から離れた農村などには井戸があり、そこで水を汲むのが一般的です。付与術師の数に限りがあり、何もかもを付与魔術で管理するのは難しいのです」


 飲用水を完全に付与魔術に頼っているところにその付与が切れてしまえば、一気にその土地の住人は水不足にあえぐことになるので、そうならないようにという措置なのだとセリムは続ける。


「というのも、西大陸は中央大陸ほど付与魔術の適性を持つ者の割合が高くないのです」

「えっ、そうなんですか」

「はい、正確な統計を取ったわけではありませんが、体感としては五分の一ほどか、あるいはそれ以下かもしれません」


 オーレリアの驚きの声にセリムは頷くと、ひた、とオーレリアを見つめて、頭を下げた。


「我が主とオーレリア様の間にあった行き違いも、それに端を発しているのです。付与術師が貴重であるので、その才能を持った者は身命を賭して国家に尽くすことが求められるということもありますが、中央大陸では消耗品を作ることに人を割けるほどの付与魔術師がいて、西大陸では不可能な付与魔術の運用も可能であるというのに、なぜ手間をかけて浄水を行う必要があるのかと、もどかしい気持ちもあったのでしょう」


 付与術は、少なくともオーレリアが知る限りこちらの世界では社会を便利にしている潤滑油のような技術である。付与魔術の適性があれば仕事に困らないと言われているし、実際、基本の【温】と【冷】だけでも需要が尽きることはほとんどないだろう。


 だが、付与術師の数が極端に少ないとなると、ナプキンや靴の中敷きのような消耗品を作ろうと思えば価格は一気に跳ね上がり、図書館の本に【保存】を掛けるのも、難しくなるかもしれない。


「数が少ないということは、相対的に付与魔術師の地位も保障されるということになると思いますが、ザフラーン帝国では付与魔術師はどのような扱いなのでしょうか」


 何と言ったものかと焦っているオーレリアに助け舟を出すようにジェシカが問いかけると、セリムは顔を上げ、穏やかに続ける。

「帝国の統治下では、付与魔術の適性があるとわかった時点で、その個人は国の所有物となります。付与魔術の術式も全て国家の財産として扱われ、適切に管理・保存・運用が行われます」

「所有物ですか……」

「ああ、適性が分かった時点で奴隷にという意味ではありませんよ。高級官僚の候補生として、国が充分な生活と教育の保証を行い、魔力が安定する年頃になれば仕事を斡旋するようになります。結婚も休暇も認められていますし、魔力の強さによって変動はありますが、多くは高給取りなので複数の妻を迎えたり、豪族の元に嫁入りしたりする者も多いです。こちらで言うと、平民が登用を受けた国家に属する官吏や技官というところでしょうか」


 生活と収入の安定は保証される代わりに、転職は認められていないのだとセリムは続ける。


「奴隷階級や貧しい農村の出ならば大きな出世になりますし、貴族や地方の有力者の出身ならば国に貢献できたと喜ばれることが多いのです」

「西大陸の全土はザフラーン帝国の支配下にあり、その全ての権利は皇帝陛下に帰属する、という考え方が一般的だと伺っていますが、それは事実なのでしょうか」

「はい、全て事実です」

「では、付与術師が貴重で全て国の管理下に置かれている状態で、例えば中央大陸と西大陸が自由に行き来できるようになったとしたら、こちらの付与術師が西大陸に出稼ぎに行ける素地はありそうですか?」

「最初の数年は、いささか揉めるかと思います。安全を期すならば、国交を開く段階で取り決めを締結しておく必要があるでしょう」

「なるほど……」

「ええと、どういうことですか、アリア」


 二人の会話の意図を計りかねて尋ねると、アリアは微苦笑を浮かべてみせる。


「国の正式な使節団の一員ならばともかく、平民の付与術師がふらりと「付与術師は全て国家の所有物」とみなされる西大陸に立ち寄った場合、その身柄はどうなるのかと思ったんです」

「ふらりと立ち寄るどころか、それだけ付与術師が貴重なら有能な付与術師をちょいちょいと船に積み込んで、なんてよからぬことを考える奴隷商みたいなやつも出てきそうだよな」

「そうですね。実際、行き来が容易くなれば、あり得ないことではないかもしれません」


 ジェシカの言葉にも驚いたけれど、それを否定しないセリムにも二重に驚かされる。

 彼の話を聞いていれば「奴隷」という言葉が、中央大陸で使われている意味とは少し違うことがうかがい知れるけれど、それでも人権を制限され誰かの所有物になるという意味は変わらないのだろう。


 ふらりと立ち寄ったり、本人の意図しないところで誘拐されたりというような話は、当の付与術師としては他人事には思えない。


「皇帝陛下が変化を急がれているのは、おそらくそうした時代の動きを読まれているからなのでしょう。王宮の階級を厳格なものから緩和し、本来ならば毒杯をあおるのが通例であったカイラム殿下を助命し、生涯後宮で過ごすはずだったセラフィナ殿下の輿入れもお認めになりました。――例えば、西大陸と中央大陸に文化的な軋轢が生じ、それが戦争の発端になるとした場合、セラフィナ殿下の身柄は西大陸にとって、重要な交渉の材料になりますので」


 その言葉に数拍、返事ができなかった。

 それでは、まるでセラフィナが人質のようではないか。


「なるほど、なぜ皇帝の妹姫をあえて他大陸に嫁ぐのを許したのかと思っていたけれど、中央大陸のどの王家に嫁いでも、西大陸には積極的に中央大陸と事を構える意図はないと表明することになるというわけか」


 ウォーレンが静かに、そして少し皮肉げに言う。


「ザフラーン帝国の皇帝陛下は、先の先まで読まれている方のようだね」

「はい、慣例を変えることを恐れず、太陽のように西大陸の全てを照らし、その未来までも明るく見渡すような、輝かしいお方です」


 セリムの言葉はきっぱりとしていて、ほんの僅かな陰りもないように響く。


「陛下の望まれる未来のため、非才な身ではありますが己の全てを以て仕える、それが臣下の心からの喜びです」



     * * *



「皆様のお話が楽しくて、すっかり長居をしてしまいました。そろそろお暇させていただきます」


 セリムは穏やかに言うとゆっくりと立ち上がり、胸に拳を当てて深く礼を執った。

 こちらでは見かけない挨拶なので、おそらくザフラーン風の挨拶なのだろう。


「本日はお心遣いをありがとうございます。我が主にも素晴らしい心づくしの歓待を受けた旨、必ずお伝えさせていただきます」

「こちらこそありがとうございました。楽しい時間を過ごさせていただきました」


 セリムを見送ると、王都の町並みはすでに夕焼けに照らされていて、等間隔に並ぶ街灯の光が白く目立ち始めていた。


 色々と驚かされる部分もあったけれど、基本的にはセリムの話は面白く興味深いものが多かった。彼が来訪する前とはやや風向きが変わったこともあり、本題に入る前に温かいお茶を淹れなおそうかと思いながら広間のテーブルに戻ると、アリアがドレスの上からそっと胃のあたりを撫でている。


「あの、カームティというお茶、すごいですね。正直今夜は胃もたれを覚悟していたんですが、もうすっきりしています」

「それなら良かったです。もう一杯入れましょうか」

「いえ、これほど効果があるならあまり多飲はしない方がよさそうです」


 アリアはそう言うと、オーレリアに席に着くようにと優しく促す。


 先ほどまで和気あいあいとした雰囲気だったのに、アリアは真剣な表情だし、ウォーレンも少し難しそうな顔をしている。


「あの、どうかしたんですか?」

「いえ、さすがは大国の王弟殿下の側近だと感心しているんです。あんなに人当たりが良いのに、食えない人ですね」

「あれは相当俺たちのことを調べた上で来たんだね」

「調べた、ですか?」

「はい。私が手広く商売をやっている家の娘であることも、オーレリアの護衛がダンジョン研究者であることや強力な火の魔法使いであることも、事前に調べてあると思います。というか、あちらも隠すつもりはないんでしょうね」

「これだけあからさまだとそうなるよね、やっぱり。俺の胃が弱いことも知られていそうだ」


 ウォーレンは空のティーカップを眺めながら少し苦く笑って、言った。


「多分、カイラム殿下がオーレリアと和解したいというのは、本当なんだと思う。セリムが使いに選ばれたのも、特異な容姿でオーレリアを委縮させないためなんじゃないかな」

「こちらが興味を持ちそうなものを並べて、丁寧に説明ができる人間を付けて、言葉は悪いですが懐柔しようという意図が見えますしね。セラフィナ殿下を介して先日のお礼をしたいので、という流れを作るのも、今ならとても自然ですし」

「あ……」


 確かに、これだけの物をもらったのだ、貰いっぱなしというわけにはいかないし、お礼くらいするのが筋というものだろう。


「ここまで下手に出るのは意外だけど――下手なのかな? まあ、なんとなく雰囲気としては【出水】を受け取らなくてもギルドに遺恨を残さないようにお願いするくらいはできる気がするね」

「これだけ心づくしをしたのだから貸し借り無しで、それとこれとは話が違うと考えている可能性もありますが、かなり文化や受け取り方が違いそうなので、最終的には直接ご本人に聞くしかないと思います」


 あの高圧的な人に面と向かってあなたは何を考えているんですかなんて聞く勇気は、さかさまにしても出てきそうにない。

 ギルドを咎めないでほしいと平身低頭して頼むくらいが自分にできる精々だし、その方が気が楽ですらある。


 面会を願い出て受け入れられたら、その前にカームティを飲むことにしようとこっそりと決める。いっそお茶にしたあと、レトルトにして携帯してもいいかもしれない。


「オーレリア、そんな顔をしないでも大丈夫だと思う。今日のことはあちらからの歩み寄りだろうし、オーレリア自身との関係は良くしておきたいんじゃないかな」

「ウォーレン」

「付与術師がそこまで貴重だというなら、有能な付与術師とは良好な関係でいるに越したことはありませんし、アウレル商会は付与関係の仕事を擁していて、若い付与術師の雇用にも一役買っていますしね。……オーレリア、これは余計な忠告かもしれませんが、万が一にでもあなたをカイラム殿下の妻にと求められるようなことがあったらどんな強引な理由をつけてでも一目散に逃げてくださいね。後のことは私とウォーレンさんでどうにでもしますから」

「危ないし、面会自体やっぱりやめておくか、宮廷を挟んだ正式なものにした方がいいんじゃないかな。はっきり言って、今回の件でオーレリアがそこまでする必要はないよ」

「カイラム殿下は、生涯独身であることを誓っているそうなので、その心配はありませんよ」


 そもそも、どれだけ西大陸で付与術師が貴重であったとしても、中央大陸には魔力量の多い付与術師はそれなりにいる。


 王宮に滞在しているならば宮廷付与術師と知り合う機会もあるだろうし、わざわざ高位貴族であるウォーレンと婚約している自分を選ぶ必要もないだろう。


「でも、もしもの時には必ず逃げます。アリアとウォーレンのところに真っ先に」


 我ながら情けない断言だけれど、二人は顔を見合わせて、なぜかそっくりな仕草で肩を落とす。


「その日は必ず俺も一緒に王宮にいくから」

「オーレリア、念のために大きな声を出す練習をしておくのはどうでしょうか」


 そうしてその日は、心配性のパートナーと婚約者に王宮での助けを求める相手の選び方や中庭からの逃げ道、物陰に隠れてやり過ごす場合に選んだ方がいい場所など、妙にコアな情報をしっかりと言い含められることになった。


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― 新着の感想 ―
必要ないから相手からの贈り物いらないって言うのも傲慢ではある。
うーん。これらはカイラム側は揉めてからやる事決めてるだろうから、相当急いで構築した応対じゃないかな?もしくは重要な会談が拗れた時用の緊急対応なのかな? 西大陸と中央大陸で付与術師の地位が違う事なんて、…
すごく内情ペラペラ話すな~て思って読んでたけど公開する情報あらかじめ整えてたんですね。なるほど・・・。
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