184.やけ食いと突然の訪問者
「おかえり、オーレリアさん、アリアさん。って、どうしたのその荷物」
拠点で出迎えてくれたジーナは、ドアを開けると両手に屋台の包みを抱えたアリアとオーレリアに驚いた顔をして、二人が持っていた包みのうちの一部を受け取ってくれる。
「ちょっと、衝動買いをしてしまいました」
「衝動買いって、屋台で?」
拠点にいるジーナとジェシカと四人で食べても食べきれない量であるのは間違いない。ジーナがこちらを見たので、曖昧に頷いた。
「ええと、どれも美味しそうだったので」
冒険者ギルドからの帰り道、屋台に寄っていかないかというアリアの言葉に、拠点から一番近い大通りで馬車を降り、寄り道をすることになった。
今日は拠点からギルドまでウィンハルト家が馬車を出してくれたので、ジーナとジェシカの護衛は拠点で留守番をしてもらっている。あまり女性だけで出歩かないほうがいいと普段から言われていたので御者の男性が一緒に来てくれたけれど、傍にいても会話に加わってくることはなかった。
拠点が見つかる前はよくアリアと出かけてあちこちを見て回っていたけれど、こうして共に街を歩くのはずいぶん久しぶりだった。
「色々買って、拠点で食べながらこれからの話をしましょう」
冒険者ギルドでの会談は昼食を終えた後だったけれど、色々と気を張ってしまったために確かに少し空腹を感じていた。何か食べながらの方が確かに気持ちもほぐれるだろうと頷くと、アリアはまず一番に目についた屋台へ進み出す。
「よく焼けているのを三つください」
腸詰めを炭火で焼いている屋台のおかみさんは、はいよっと元気のいい声で応じ、すぐに紙に包まれた焼きたてのソーセージを渡してくれる。肉種に香草を使っているらしく、温かい包みの中からはなんとも香ばしく良い香りがした。
アリアはそのまま次々と、骨付き肉の塩焼きにたっぷりのピクルスが付いたものや、塩漬けの肉とマッシュした芋を練って揚げたもの、紙コップに入った野菜たっぷりのスープなどを次々と購入していく。
アリアは元気で勢いもいいけれど、意外と小食な人だ。チーズとベーコンのパイを丸ごと注文したあたりから、流石に買い過ぎではないかと焦ってきた。
「あ、アリア、ひとまずそれくらいにしたらどうでしょうか」
アリアが購入した料理で、すでにオーレリアと御者の男性の両手もいっぱいになっている。さすがに止めると、振り返ったアリアは珍しく眉尻を下げた表情で小さくはいと頷いて――今このありさまだ。
広間に設えた大きなテーブルの上に料理を並べ、カトラリーを出す。買い置きのビールの他にお茶も用意したけれど、アリアはしばらく無言で買ってきた料理を食べていた。
いつもと違うアリアの態度にジーナとジェシカは顔を見合わせているし、オーレリアはアリアが心配でそちらに気を取られ、あまりフォークが進まない。
アリアはビールと料理を交互に口に入れていたけれど、そこはやはり生まれながらの貴族の令嬢だ。やけ食いをしているように見えても、その所作にはきちんと品があった。
「アリア、あまり食べ過ぎたらお腹を壊すかもしれませんから、それくらいで」
肉団子を食べ魚のコロッケを食べ、いつもならそれだけで十分だと言いそうなサイズのパイを食べ切ったところで声をかけると、アリアはようやくフォークを置いて、悔しそうにぎゅっと唇を引き締める。
「すみません、さすがにお腹がいっぱいです」
「それはそうですよ。コルセットを緩めますか?」
本来女性、特に貴族の夫人や令嬢は外でコルセットを緩めることはしないけれど、ここは身内しかいない場だし、失礼にはあたらないだろう。そう声をかけると、アリアはゆるく首を横に振った。
「いえ、少し食休みすれば大丈夫です。……なんだか、お腹の中がわーっとなってしまって、とにかく何か入れなきゃって思ったんですけど、やっぱりそんなにたくさん食べられるものじゃありませんね」
いわゆるやけ食いというものだったらしい。温かいお茶を入れ直すと、アリアは礼を言ってちびちびとそれを飲んでいた。
「オーレリアを守るのは私の役目なのに、何も言えませんでした。それがすごく悔しくて、でもどうすればよかったのかと思ったら、お腹がぐるぐるとして」
そのぐるぐるが空腹感と混じったらしい。その言葉に少しほっとして、肩から力が抜ける。
「アリア。アリアが私を守ろうとしてくれたのは分かっています。ただあの場では、ああした方がいいと思っただけで」
「エレノア様もカミロ様も勝手ですよ。やらかしたのはギルドの職員と登録商会なのに、その尻拭いをオーレリアにさせるなんて」
「アリア……」
「分かっています。オーレリアの方が冷静で正しい判断をしたんだって。今の私はひどく感情的で、大事なことを決められる状態ではありません。本当に情けない」
またお腹がぐるぐるしてしまったのか、手にしたフォークで切り分けた腸詰を刺そうとする手をそっと止める。
アリアは元々スレンダーな体形をしている。あまり重いものを一度に大量に入れては、胃がびっくりしてしまうだろう。
「アリア、アリアが情けないなんて、そんなこと思っていませんよ。私が冷静に見えたなら、それはアリアがそばにいてくれたからですから」
軽く背中をポンポンと叩くと、アリアはぎゅっと唇を引き締めた。
実際、その言葉はオーレリアにとって事実だった。
緊張感のある場所でも、近くに絶対に自分の味方をしてくれると思える相手がいるなら、大丈夫らしい。驚き、選択肢の少ない状態に置かれはしてもカイラムと対峙した時のような状態にはならなかったし、ちゃんと自分の意思で自分の考えを口にできたと思う。
ジーナとジェシカに今日起きたことを話すと、ジーナはやれやれと言うように息を吐き、ジェシカは頬に手を当ててあら、と首を傾げる。
「まあ、貴族ってだけでも厄介なのに、王族が相手って言われると、扱いが難しいよな」
「そうですね。あちらはその気になればこちらをどうとでもできる立場です。不敬であると言われたら、私たちには為す術がありませんから」
こちらの世界は前世と違い、身分が強固な影響力を持っている。
貴族や王族が相手では、本来住人を守ってくれる憲兵も手出しができないし、今日エレノアとカミロが言った通り、ギルドも余程の事態でないかぎり、なかなか口を出すのは難しいのだろう。
「とにかくさ、ウォーレンにも相談してみたら? そういうの、あいつが一番詳しいだろうし」
「ですね。ちょうど食べ物もたくさんありますし、消化を手伝ってもらった方がいいと思います」
「そうですね。今からでも大丈夫ですか、アリア」
アリアが頷いたのを確認して、広間に設置してある電話の受話器を取る。
こちらの世界の電話は、卓上の電話機の横に手回し式のハンドルが付いたものだ。これをくるくると回すと電話の交換手につながり、交換手にグレミリオン邸の電話番号を告げると繋いでくれる仕組みである。
ずっしりとしたハンドルを回すと、ジリリ……とベルの音が響く。
しばらく待って、オーレリアからの電話だと聞いたのだろう、電話口には直接ウォーレンが出てくれた。
今日ギルドにアリアと行ったこと、その件について急ぎ相談したいことがあると告げると、電話口の向こうのウォーレンはすぐに行くよと請け合ってくれた。
中央区にあるグレミリオン邸から拠点まではそう離れているわけではない。トラムを使えば三十分もせず到着するだろう。
電話料金はオーレリアの感覚だとかなりの高額なので、会話は短く済ませて受話器を置く。それからもう一度ハンドルを回すと、これが通話終了の合図になる。
この最後のハンドルを回すのを忘れて回線が繋ぎっぱなしになり、後ほど高額請求が来るというのは、この世界の電話あるあるらしい。
ひとまずほっとして、オーレリアも少し冷めた料理を摘みながらビールを傾ける。ジーナもジェシカも少し安心した様子だった。
料理はまだ半分以上残っているし、ウォーレンも食べきれないだろう。まとめて保冷樽に入れておいて、明日の食事としてリメイクしようと思っていると、拠点のドアがノックされた。
「あたしが出るよ」
ジーナが身軽に立ち上がり、ドアを開けた。ウォーレンが到着するには早すぎるし、この時間はよく郵便が届くので、おそらくそうなのだろうとあまり気に留めなかったけれど、ジーナが短いやりとりのあと、すぐにドアを閉めたことで、視線を向ける。
「ジーナさん、どうかしましたか?」
「いや、それが、今話していた帝国の皇子様の使いの者だって男がオーレリアさんに面会を依頼しているんだけど……どうする?」
お茶を傾けていたアリアが小さくむせる音が響く。
オーレリアの手にしていたフォークから切り分けた腸詰の欠片がぽろりと落ちて、瞬間、何とも言えない混迷した空気が訪れていた。




