183.道義的責任と空模様
「オーレリアさん、この度は、本当に申し訳なかったわ」
「商業ギルドとしても管理不足でした。お詫び申し上げます」
冒険者ギルドの応接室、ソファの対面に座った冒険者ギルド副長エレノアと、商業ギルド副長カミロに深々と頭を下げられ、ひどく焦ってしまう。
「あの、エレノア様、カミロ様。どうか頭を上げてください」
「いいえ。今回の件は両ギルドの責任問題よ。しかも、それを外部から指摘されるまで気が付かなかったなんて、本当に申し訳ないことをしてしまったわ」
王宮から戻ったあと、カイラムの話したことをアリアに共有すると、アリアはすぐに資料がどこから漏れたのか、調査要請を出すことになった。
浄水に関する事業に関わっているのは、アウレル商会を除けば冒険者ギルド、商業ギルド、そして象牙の塔の研究室の三つである。
ただの情報漏れというだけでなく、それを他国の王族に、アウレル商会の代表の一人であるオーレリアが直接提示されたという状況である。
商業ギルドの意匠権は、あくまで商業ギルドが根を張る中央大陸内の制度である。ギルドの影響が及ばないザフラーン帝国での使用を禁じる法はないだけに、調査は迅速に進められることになった。
そして今日、調査が終了したとのことで冒険者ギルドに集まることになり、開始早々、二人の副長に並んで頭を下げられることになった。
「エレノア様、カミロ様。謝罪は受け取りますし、両ギルドに悪意があったとは私もオーレリアも思っていません。情報を漏らす者はどこにでもいますので、事の経緯を教えていただき、再犯を防ぐ努力をしていただければ十分です」
アリアの毅然とした言葉に、二人が顔を上げると、まずカミロが苦々しげに口を開いた。
「事の発端は、何度か商業ギルドに出入りしていたカイラム殿下に接触しようと、商業ギルドの職員が画策したことでした」
その職員は、とある商家の出身で、加工品の輸出業を営む実家にザフラーン帝国への販路を作ろうと考えたらしい。
カイラムが熱心に冒険者ギルドや商業ギルド、神殿といった機関に足を運んでいることは、一部では有名な話だったらしく、ザフラーン帝国にはない公開されているさまざまな技術を学んでいるのだという。
公開されている情報を取得すること自体は、問題のある行為ではない。
けれど、非公開の情報にこそ価値があると考える商人も珍しくないのだと、カミロは続けた。
そこで、その職員は馴染みの冒険者ギルド職員に声をかけ、エレノアの執務室に保管されていた浄水器の仕様図や研究過程の資料、設置場所に関する計画書などを写したものを、かなり多額の報酬と引き換えに渡したのだという。
こちらの世界にも、産業スパイのようなことをする人間がいることに、驚きとも呆れともつかない気持ちが胸に湧き上がる。
当該の職員に関してはすでに特定しており、冒険者ギルドの職員は規律違反として解雇、契約にのっとった損害賠償とともに、情報漏洩の罪で憲兵へ身柄の引き渡しも済んでいるのだという。
商業ギルドの職員にも同様の手続きを踏んだ後、実家の商会については道義的責任として商業ギルドからの脱退を勧告したと、カミロは続けた。
「商業ギルドからの脱退では、商会を維持できませんね」
アリアの言葉に、少し焦ってしまう。
商会にも雇われている者や、関係のない取引先なども多くあったのではないだろうか。
「ええと……そちらは、少し厳しすぎるということはないのでしょうか」
そう思ってオーレリアが続けると、カミロは静かに首を横に振った。
「動いた金の大きさからして、実家が関与していなかったとは考えられません。何より、ただの情報漏洩ではなく、他国の王族も絡んだ問題ですから、どれだけ厳しい判断に見えても、厳しすぎるということはありません」
「商業ギルドも冒険者ギルドも、国に所属しない組織よ。だからこそ、いざという時を除けば活動する国の法と面子を潰すわけにはいかないわ。――まさかその商会も、情報を流した他国の王族が直接その考案者にこんなものを受け取ったと伝えるとは、思っていなかったでしょうけれどね」
エレノアの言葉に、納得する。
それだけ知識を欲しているカイラムならば、オーレリアにそれを伝えず他の秘匿されている情報を追加で要求することもできたはずだ。
これまで西大陸全土を支配しているザフラーン帝国に対して、レイヴェント王国やギルドが忖度している姿は何度も見てきた。たとえそれらが表沙汰になっても、情報を流した商会や職員を矢面に立たせてカイラムまで批判がいかないようにすることも、可能だったのではないか。
カイラムが浄水事業に対して、あまり意味のないものだと思っているのは事実なのだろう。
けれどそれはそれとして、情報漏洩をオーレリアに直接伝えたのは、ある種の親切心だったのかもしれない。
「やり方があまり好ましくはありませんけれどね。オーレリアに直接言わずとも、冒険者ギルドなり商業ギルドなりに伝えればそれで済んだことですから」
「それに関しては、我々への信頼がなかったということなのでしょうね。情報を漏らすことを許してしまったギルドよりも、妹姫のご友人であるオーレリア嬢に直接伝えたほうが確実だと思ったのでしょう」
それを思うと、過剰に反応してしまった自分の弱さがつくづく悔やまれる。
あの時冷静に浄水事業の必要性を説明し、この情報をどこで手に入れたのかと会話ができていれば、こんな調査も必要なかったのかもしれない。
「今回のことで、両ギルドからカイラム殿下にも謝罪を伝えようとしたのですが、必要ないと断られてしまいました。そんなことはなかったことである、とのことです」
「王宮にこのようなことがあったと伝えられれば、王宮も動かないわけにはいかないものね。借りが出来たことにすらさせてもらえないのは恐ろしいけれど」
エレノアは深く息をついて、もう一度オーレリアに頭を下げた。
「こんなことになってしまってオーレリアさんにお願いをするのは、本当に申し訳ないことだとわかっているのだけれど……カイラム殿下からの褒賞を、受け取ることにしてもらえないかしら」
「エレノア様、それは……!」
「王族にとって、与えた褒賞を拒絶されるというのは面子を潰されるというのと同じことよ。あの件は非公式のものだったからこそ今でも保留の状態を保てているけれど、おそらく今回ギルドからの謝罪を受け取っていただけなかったことも、それと絡んでいるのだと思うわ。もちろんアウレル商会に対して今後、冒険者ギルド・商業ギルド両方から、今後の便宜については最大限に図らせてもらうと約束するわ」
アリアは難しげに顔をしかめている。納得したくはないが、さまざまな条件を顧みるとノーとも断言しづらい、そんな様子だ。
「今でもアウレル商会に対して恩こそあれ、このような願いができる立場ではないことは分かっています。ですが、相手が王族であるというのは、真正面から事を構えるのは我々ギルドでも相当の覚悟が必要なことなのです。商業ギルドも今後、アウレル商会に中央大陸のどこででも、できる限りの後援と協力を最大限にさせていただくとお約束致します」
もう一度、深々と頭を下げた二人にアリアが何か言おうと口を開いたところを、そっとその手に手を重ねて止める。
「オーレリア」
アリアはいつも自分を最優先してくれる人だ。だからこそ、難しい判断を彼女にさせてしまうのは申し訳ない。
セラフィナとの関係も、カイラムとそのように話がこじれてしまったことも、すべて自分が原因なのだから。
「お話は分かりました。どうかお二人とも、頭を上げてください」
自分にはいつだって味方をしてくれる、最高のパートナーがいるではないか。
いつまでも過去に起きたことを恐れて震えているばかりでは、あまりに不甲斐ない。
「【出水】の術式を受け取ることも前提に、もう一度カイラム殿下とお話をさせていただく機会を作っていただこうと思います。ただし宮廷やギルドを通してのことだと、どうしてもお話が大きくなってしまうので、セラフィナ姫に私からお願いをするという形にさせてください」
「オーレリアさん。本当に申し訳なく思っているわ」
その言葉に、オーレリアは静かに首を横に振る。
職員が私欲によって他国の王族に接触したと言うこと自体、彼らにとっても頭の痛い問題だろう。
おそらくアウレル商会に関わること以外でも、宮廷や議会と話し合いをもっているだろうことも、想像に難くない。
オーレリアだってエレノアとカミロには様々な形で世話になっている自覚もある。こうなった以上、誰かを責める気もなかった。
「ウォーレンとも話し合って、早急にセラフィナ姫に会いに行こうと思います。結果も共有しますので、少しお待ちください」
エレノアには圧倒されることが多かったけれど、いつだって最後は良い取引をしてくれていた。
カミロとは常に笑顔で未来について話していた。
二人の曇った顔は、気持ちのいいものではない。
「早く解決して、浄水事業もどんどん進めていきたいです。つまずいている暇なんて、ありませんから」
「――そうね、本当にそのとおりだわ」
「ありがとうございます、オーレリア嬢」
ほっと安堵の空気になって、それから四人で苦笑し合い、少し雑談を交わしたあと、その日の集まりは解散になった。
ギルドを出ると初夏の始まる直前の王都の空はどんよりと曇っていて、今日はまだ、雨が続きそうな空模様だった。




