170.事業の拡大とウィンハルト家
拠点で昼食を終え、食後のお茶を傾けているところにアリアが訪ねてきた。
定期的に電話連絡はしていたけれど、最近忙しくしているようで、直接会うのは少し久しぶりだ。
アリアの分も新しくお茶を淹れ、その間にアリアはまとめた資料をテーブルの上に並べていた。
「王都のナプキンの供給は順調なので、今年の秋を目標に近隣の都市に新しい工場の誘致と生産体制の準備を始めようという話になっています」
「随分早いんですね」
ジャスマン商会との提携により、ナプキンの大量生産が始まってようやく半年というところである。おまけに途中でオーレリアがほぼ付与内容が被る防臭中敷きを考案したため、そちらに生産のリソースが奪われて一時供給量が減ったこともあった。
アリアは商売に対して非常に意欲的だが、蛮勇を好まないのは共に行動していれば分かる。少なくとも一年ほどは王都での基盤を固めるだろうと思っていたので、次の工場をというのは意外だった。
「基礎の付与術しか持たない付与術師というのは、王都以外のほうが多いのです。周辺の町村から出稼ぎに来る人も多いですし、ティモシーさんも、付与を必要とする工場を作るなら、むしろ王都の外の都市のほうがいいだろうと」
ティモシーはジャスマン商会の跡取りで、ふくよかでおっとりとした様子は伯父であり、王立図書館の館長であるジャスティンによく似ているけれど、アリアも認める敏腕の商人である。
「王都は人口が多いですが、その分仕事口も豊富ですし、なにより、あまり若手の付与術師を独占するようなことになると他の商会に悪感情を抱かれる可能性もあるので、王都での生産は今のラインで安定させて、他の都市に進出するのがいいだろうという話になりました」
「はい。提携先は引き続き、ジョルジュさんたちにお任せするんでしょうか?」
「それが、今目下の悩みどころでして」
アリアは書類を手に、ほう、と息を吐く。
「ジャスマン商会にはすでに付与術師の募集や生産体制のノウハウがありますから、彼らに任せるのが無難ではありますが、土地が変わればその土地に地縁や影響力を持った商会もあるので、彼らの縄張りを派手に荒らすような真似は避けた方がいいという見方もあります」
アリアが言うには、土地に根付いた有力な商人はその土地の貴族や有力者と密接に関わっていることがほとんどなのだという。
彼らに睨まれると、雇用から販売まで何かと支障を来す可能性が出てしまうらしい。
「ああ、あの商会で買い物をするなとか、あそこで雇われているなんてと陰口を叩かれるとか、そういうことですね」
「有体に言えばそうですが、オーレリア、詳しいですね?」
「私も田舎の出身なので、そういう話は時々聞きました」
逆に、ひいきの商店やこの人からなら買う商人というものもある。王都ではほとんど感じたことはないけれど、特に田舎では、まだまだその風潮は珍しくないものだ。
「ですので、ジャスマン商会に委託するなら、冒険者ギルドとの提携と融資を受け、王都と同じように女性冒険者相手の販売から始めるのが得策かなと」
冒険者ギルドは国に属さない大きな組織なので、ギルドから融資を受けて冒険者向けに作られた商品が口コミで一般にも広がり、需要を受けて生産を拡大するという形にするらしい。
「私は、それでもいいと思います。王都でもあっという間に貴族の女性から裕福な家の女性まで欲しがるようになりましたし、同じことが起きるだけでしょうから。ただ、最初から大規模な工場を作る方法もあります。ウィンハルト家と同じ派閥の貴族の影響下にある都市を選び、その支援で新たに工場を建てることです」
その場合はジャスマン商会の蓄積したノウハウを転用するのは難しい。
彼らと共に進めている付与術師の奨学金制度も、そのまま移植するというわけにもいかないだろう。
「一長一短ですね……」
「意匠権の独占販売権の期間中に、アウレル商会製のナプキンを広めておきたいという意図もあります。やはり商品においては、先に広がった製品が圧倒的に有利ですので」
中敷きはナプキンに比べて付与が長持ちするため、すでに王都からの出荷が始まっている。また、付与内容が被っているためナプキン工場で地盤を作ったあとで追加参入する目途も立てやすい。
アリアとしては冒険者ギルドの後援を受けやすいナプキンを優先して広げていく戦略を取りたいのだと続けられた。
「ジャスマン商会に委託を依頼するなら西側の都市カルナバル、それ以外なら南のグリタニアが候補地に入っています。その場合、ミーヤさんに技術指導として出向していただくことになります」
グリタニアは、ウィンハルト家の分家の影響力が強い都市なのだという。何をするにも意見が言いやすいということで、王都の次の一手として候補に入ったらしい。
いずれジャスマン商会とエレノアも交えて話し合うことになるだろうと告げられて、短い会議はひとまず終わりを告げた。
「アリア、疲れていませんか?」
お茶のお代わりを淹れると、アリアは静かにそれを傾けているけれど、お茶菓子には手を伸ばそうとしない。
いつもなら、話し合いが終わったら会えなかった間はあんなことがあった、こんなことがあったと賑やかに話してくれる彼女らしくないし、お化粧で隠しているけれど、目の下にうっすらと隈が浮いている。
アリアはいえ、と否定しようとしかけて、苦笑を浮かべた。
「仕事が軌道に乗っているときに何なんですが、実はここしばらく夜会続きで、少し寝不足なんです」
「営業なら、そんなに無理をしなくても」
アリアは貴族の令嬢として、貴族や富裕層へのナプキンの普及のためあちこちのお茶会や夜会に出向いている。
特に日用品としての科目が決まった後は需要が拡大し、貴族向けの高級ラインを融通してほしがる声が多くかかっているとも聞いていた。
アリアが仕事熱心であることは疑いようのない事実であるけれど、寝不足が続くのは明らかにオーバーワークだ。心配していると、違うんですと首を横に振られる。
「そちらは家の都合です。両親が王都に戻っていて、その関係で私も駆り出されているんですよ」
「ご両親がですか?」
「はい。家内が少しゴタゴタしていて、今はあちこちに一家で顔を出す必要がある時期なんです。私も娘として断り切れない状況で」
ウィンハルト家には一時居候をさせてもらったこともあるけれど、現当主であるアリアの両親は王都を離れていると説明を受けていた。
後見人から後援まで、ウィンハルト家には多大な世話になっているし、その娘であるアリアはオーレリアの大切なパートナーである。
「あの、私もご挨拶をさせていただいたほうがいいのではないでしょうか? その、失礼でなければですが」
「いえ、失礼なんてことはありませんよ。でも、そうですね……」
少し考えるように唇に指を当て、アリアはううん、と小さく唸る。
「正直、私が両親にオーレリアに会ってほしくないというか……何を言い出すか分からない人たちなので」
「ええと、すごく厳しいとか、怖いとかですか?」
「いえ、怖いというのとも少し違うんです。――エレノアさんと姉を足して倍にしたような人たち、といえば伝わりますか?」
「……なんとなくわかりました」
エレノアにもレオナにも、大変にお世話になっていて、多くの縁を与えられた。
彼女たちに厳しい態度を取られたことはないし、口が裂けても怖いなどと言えない。
けれど、アリアが言わんとすることは理解できた。
「まあ、私が阻止してもしきれるものでもないですが、しばらく両親も多忙ですし、時間ができたときにそれとなく予定を合わせますね。最短でも初夏頃になると思います」
「わかりました」
なんといってもアリアのご両親だ。できるなら良い印象を持ってもらいたいし、アリアと一緒にいても大丈夫だと思ってもらいたい。
――何か、お土産を考えておこうかしら。
「きっとオーレリアは気にいられますよ」
まるで考えを読んだように、アリアに言われてしまう。
「両親も私や姉と同じで、優秀で予想外の人が大好きなので」
どちらも自分には過分かつ不似合いな評価のように思えてしまうけれど、アリアは少し調子を取り戻したらしい。ようやくお茶菓子に手を伸ばし、笑っていた。




