17.有能さと身の危険
「オーレリアさん。真面目なお話があります」
「は、はい」
筐体の蓋を戻し、アリアとともにソファに戻ってもしばらく沈黙していたレオナだが、おもむろに顔を上げると真剣な表情でオーレリアを見つめてくる。
「今日作ったエアコン以外でも、他になにか個人で依頼を受けて、新しい魔道具を作っていませんか?」
「え、ええと……」
「守秘義務があるものに関しては具体的には言わなくても大丈夫です。商会やギルド、図書館のような組織からの依頼ではなく、今日のような個人的に開発したものはありますか?」
レオナが真面目な話として尋ねているのは伝わったので、うなずく。
「お世話になっている宿の赤ちゃんにおむつと、その流れで女性の冒険者の依頼を受けて、ナプキンを作りました」
「おむつはともかく、ナプキンとはどのようなものか、伺ってもよろしいでしょうか」
「その、花の時期の不便さを軽減するものです」
こんな話を上品な二人にしてもいいのかと気後れしたものの、レオナもアリアもそれから? というように真面目な瞳で問いかけてくる。
「出血を下着の間に差し込む吸収帯で受け止め、服を汚さないようにするのと、動き回ってもズレないようにする、不快な匂いが出ないように付与を行いました」
「布は、付与に向いた素材ではないはずですが」
「はい、軽くかければ数日、どれだけ強く付与をかけても一年持てばいい方だと思います。花の時期が女性の冒険者が長くダンジョンに潜れない理由のひとつだったようなので、ある程度の期間対処するためのものとして作りました」
「――使い捨てというほど短くはなくても、定期的に新規購入か、新たに付与を掛け直す必要があるということですね?」
レオナの指摘はその通りなので、頷く。
なんだか悪さを咎められて尋問されているような気分になって、自然と膝の上で握っていた拳の中に、じわりと汗が湧いた。
「他には何かありますか?」
「個人的なもので依頼ではありませんが、知人の赤ちゃんの肌着に軽く付与をかけました。夏でも少しひんやりとしていて、汗疹ができないように通気を良くしたものです」
「それ、私もどっちも欲しいです! 夏でも重ね着できたりしませんかね?」
「アリア、後になさい」
レオナのいつになく厳しい言葉に、はぁい、と少し拗ねたように応じて、アリアはでも、と続ける。
「お姉様の言いたいことは分かりました。オーレリアさん、だいぶ危ないですよ、それは」
「あの……どういうことでしょうか」
「オーレリアさんは、高名な付与術師に師事したことがあるんですか?」
「いえ、中等学校を出たあとは、ずっと地元の商会で働いていました」
「今日だけで何種類も付与を行いましたよね。その術式はどちらかで学ばれたとか?」
「ええと……独学で?」
付与術師の中には現場で付与を行いつつ、オリジナルの術式を開発する者もいると聞く。実際誰かから学ぶ機会も無かったのでそう言うしかなかったけれど、アリアとレオナは姉妹らしいそっくりの表情でため息をついた。
「天才っているんですね、本当に。しかも意外と身近なところに」
「さすがにこれは、規格外ではあると思うけれどね……」
二人の会話に入っていけずにいると、レオナは紅茶で唇を湿らせ、改めてオーレリアに向き合った。
「オーレリアさん、この国の付与術師の代表とされている、宮廷付与術師になる条件をご存じですか?」
「いえ、付与術師のエリートが集まっている場所という程度の知識しかありません」
「選良というのは多少語弊があるかもしれませんね。宮廷付与術師になる基本的な条件は、付与術の素質があり高等学院を出ているか、星四つ以上の付与術師に四年以上師事した経歴があることに加え、付与術を五つ以上使えること、この二つです。五つの付与術の中に一般公開されている「温」と「冷」を含みますので、他に三つの術式を持っていることですね」
レオナは右手の指を三本立てて、左手の指でつん、と自分の指を指す。
「三つめは、おおむね出回っている「保存」です。あとの二つも非常に高額ではありますが、術式をお金で買うことがほとんどです。ですので、宮廷付与術師はよほど特殊な例でない限り、貴族か非常に裕福な家の出身ということになります。逆に言えば、付与術の適性があり経済的なゆとりがある家に生まれれば、宮廷付与術師になることはそれほど難しいものではないということです。選良と呼ばれる付与術師は、通称象牙の塔と呼ばれる王国魔法師団――王国騎士団に並ぶ最高機関に所属する魔法使いたちのことを指します」
レオナの言葉に納得して、頷く。
オーレリアはなんとなくそのふたつは同じものだと認識していたけれど、宮廷付与術師が高位の公務員ならば、王国魔法師団は官僚や国が擁する第一線の研究者という扱いになるらしい。
「オーレリアさんは、私が知るだけで「保存」「吸湿」「結露」を使い、今日はさらに複数の付与を行いましたね? おむつとナプキン、ひんやりした服を入れるといくつになるかはお尋ねしませんが、ひとつの術式は非常に高額で売り買いされますし、オリジナルを持つことで人生が変わると言われているのが付与の術式です。その術式を奪うためならどんな手だって使う人がいるのも、ご想像できると思います」
レオナの言葉に気圧されて、ごくり、と喉が鳴る。
鷹のくちばし亭に保冷樽があったように、この世界において付与術は、色々なところに使われている比較的汎用性の高い技術だ。
とても便利な力であるし、仕事に困らないということくらいは知っていたけれど、他の付与術師のことをほとんど知らないオーレリアにとって、付与術師を取り巻く事情についてはそこまで詳しい知識はなかった。
「お姉様、あまり脅すようなことを言わないでください。オーレリアさん、大丈夫ですよ。そうならないための確認ですから」
「は、はい」
「つまり、オーレリアさんの有能さが知られてしまっては、それを利用しようとする悪い人も出てくるだろうから、お姉様はそれを心配しているんです。それに、利用しようとまでは思わなくても、オーレリアさんの人の良さに付け込んであれこれしてもらおうって悪気なく思う人も、きっといると思うんですよ」
レオナの言葉も、アリアの言葉も、意味としては理解することができる。
そもそもオーレリアが王都に来るまで最低限の付与術しか使ってこなかったのは、そうして自分を利用するだろう叔父夫婦を警戒してのことだった。
けれど、王都に来てからというものオーレリアは周りの人たちに助けてもらってばかりだ。
スーザンは、手持ちも少なく行く当てもなかった自分に食事付きで一ケ月くらいいればいいと言ってくれたし、オーレリアが仕事を探していると聞いて図書館を斡旋してくれたのは鷹のくちばし亭のお客さんだった。
図書館と宿の往復しかしていなかったオーレリアを街に連れ出してくれたのはアリアだし、女性冒険者のロゼッタはむしろこちらが恐縮するほどの報酬を提示してくれた。
こちらから勝手にやった付与はあっても、頼まれて行ったもので対価を支払われなかったものは、今のところない。
しどろもどろにそれを説明すると、レオナは納得したように何度か頷く。
「東区の辺りだと冒険者ギルドがありますし、冒険者を相手に商売をしている店も多いので、仕事と報酬の意識がしっかりしているんでしょうね。個人間とはいえ無茶な取引をして後からギルドを敵に回すと、ろくなことがありませんし」
「そうね。……すでに冒険者と取引があるならば、早めにギルドとも縁付いておいた方がいいでしょう。――オーレリアさん。我がウィンハルト子爵家の後見を受ける気はありますか?」
思わぬ言葉にぱちぱちと瞬きをして、声が出ない。
アリアとレオナは貴族であろうとは思っていたけれど、実際に爵位を口にされると気圧されてしまうし、自分が貴族の後援を受けるなど、想像したこともなかった。
その反応をどう受け取ったのか、レオナはぐっ、と身を乗り出してくる。
「我が家は爵位こそ子爵ですが、王都を中心に本領でも多くの事業を行っていて各方面に顔も利く方であると思います。貴族の後援があるという実績は強引な取引の抑止になりますし、実際にそのような相手が現れた時は、きっちり動きましょう」
「あの……」
「とはいえ、貴族が「正式に」動くとなると余波が大きいので、現場での対応はギルドに任せたほうがいい部分も大きいのです。ウィンハルト家は後見人で、付与術師としては冒険者ギルドと正式契約という形のほうがいいかもしれません」
「ちょっと、お姉様、オーレリアさんが置いてきぼりになっていますよ」
アリアが間に入り、レオナはもどかし気な様子を見せたものの、こほん、と小さく咳払いをする。
「失礼しました。稀有な才能を前に、少し興奮してしまったようです」
「いえ、その……」
地味で大した取り柄もない自分をそこまで評価してもらえたのは、素直に嬉しい。
アリアにもレオナにも大変お世話になっている。
アリアと知り合えたおかげで王都での暮らしはぐっと楽しくなったし、レオナが間に立ってくれたから王立図書館での仕事にありつけて、暮らしに困らない収入を得ることができた。
自分がその言葉を素直に受け入れて、応えられる人間だったら、どれほどよかっただろうとも思う。
押し殺しきれない、苦い気持ちが胸にもやもやと煙を張っている。口を開けばそれがそのまま出てきてしまいそうで、しばらくぎゅっとギュっと唇を引き締めて、しばらくしてからオーレリアは深々と頭を下げた。
「そんなふうに言ってもらえただけで、本当に光栄でした。ですが、私はそんなに大したものではありませんので、辞退させてください」