155.恋文と王都の雑貨店
「すっかり春めいてきましたね」
「暑くもなく、寒くもなく、今が一番いい季節だよね」
その日、冒険者ギルドでの打ち合わせを終え、日中は時間があるというので付き添ってくれたウォーレンと共に帰宅の途についた。途中のカフェで昼食を取り、あとは拠点に戻るだけだったが、なんとなくまっすぐ帰るのがもったいないと感じる点で意見が一致して東区の街をのんびり歩いているところだった。
冬の気配は日に日に薄くなり、王都は暖かい日が続くようになっていた。夏が来る前には雨ばかり降る時期が訪れるけれど、今はまだ空は青く、毎日晴天が続いていた。
今年は本格的にエアコンの量産も始める予定だが、そろそろアリアと筐体の量産について相談をしたほうがいいかもしれない。ただ、付与によって作られた魔道具はオンオフのスイッチの切り替えができないため、一度作動するとずっとつけっぱなしになってしまうというデメリットがある。
去年作った王立図書館やウィンハルト家のエアコンも、秋から冬の間は冷却器を取り外し、倉庫にしまったままになっているはずだ。
去年見つけた付与を一時的に無効にする方法については、まだ世間に出すには早いという結論になり、それ以来、レオナやアリアの間でも話題に上ることもなかった。
アリアとしては、もっとアウレル商会の地盤が強固になってからでないと安全に製品を売り出すのが難しいという判断らしい。
商会を立ち上げてから半年で、衆目を集める商品を作ればただ売って稼ぐだけでは済まなくなることは、オーレリアにも理解できるようになった。利権や大きな組織の思惑、税金や商会の立ち位置など、考えることは多岐に渡り、そうした分野についてはアリアの経験や判断にほとんど頼りきりの状態なので、相談しつつ任せることになるだろう。
それに、今のアウレル商会はナプキンと靴の中敷きの生産と販売が安定し、水のろ過装置の研究の真っ最中である。もしかしたらエアコンについては量産ではなく、希望する家や施設に小規模に作って売る程度になるかもしれない。
「もう少ししたら西区の門外の農場ではいちごの収穫が始まるんだけど、よければ今度、行ってみない?」
「いいですね。たくさん摘んで、お土産にしましょう」
王都は巨大な都市で、住人の食糧を賄う大生産地は西区の大門の外にある複数の農場である。野菜や果物の他にもワイン用の葡萄や乳牛を飼う牧場があり、観光地としてもにぎわいを見せている場所だ。
アリアは貴族の令嬢だけれど、乗馬もするしウィンハルト家の本領では農場もやっていたと聞いたことがあるので、誘ったら喜ばれるだろうか。都合が合えば、黄金の麦穂のメンバーにも声を掛けるのもいいかもしれない。
楽しい春のレジャーに胸を躍らせながら、暖かい日差しが注ぐようになった王都の通りをウォーレンと歩いていると、ふと小物が並べられている店のウィンドウが目に入った。
「あ、ウォーレン。少し雑貨店に寄っても大丈夫ですか」
「勿論」
快く了承してもらい、ドアを開ける。中は塔結石のランプがあちこちに設置してあって明るい雰囲気で、ちょっとした小物や文房具などが所せましと並べられていた。
「何か欲しいものがあるの?」
「はい。セラフィナに持っていくレターセットを選びたくて」
「ああ。最近、素敵な封筒と便箋で手紙が届くと、ヴィンセントが喜んでいたよ。そっか。オーレリアが差し入れたんだ」
「全部というわけではないんですけど、サーリヤさんたちも自由に外を歩き回る感じではないので」
もともとザフラーンでは、女性側から男性に何かを贈るのははしたないとされる習慣があり、それは手紙にも及ぶらしい。
そのため、ウォーレンの弟であるヴィンセントが手紙を送るようになっても、最初の頃はあまり返事もなかったという。
だが、週に一度程度の面会の時に手紙を貰った喜びを伝えるセラフィナに、ヴィンセントも頻繁に手紙を送るようになり、そうしているうちにぽつぽつと返事が返ってくるようになったのだという。
オーレリアとしては、手紙をひとつ返すのも、それに会いたい、恋しいという内容の詩を引用したり、自分の感情を伝える度にひとつひとつ恥じらっては勇気を出していたセラフィナ側の話をよく聞いていたので、彼女の気持ちがヴィンセントに伝わっているなら、とても喜ばしいことだと思う。
最初は、ザフラーンでの出来事や、その日に嬉しかったことを短くまとめたものが多かったが、手紙のやりとりに慣れるにつれて便箋の枚数も増え、今ではお互いに熱のこもった手紙を送り合うようになっているらしい。
セラフィナの身の回りのものは、彼女の侍女であるサーリヤや王宮から支給されるが、手紙というととても個人的なものになるため、それを綴る封筒や便箋にはこだわりたい、というセラフィナの希望で時折オーレリアが、王都で流行っている仕様のレターセットを、面会の時に持って行くようになった。
もともとザフラーンでは、女性が手紙を書くという文化自体があまりないらしく、セラフィナ自身もかなり新鮮な気持ちでいるようだ。
「最近は中央大陸の共通語も随分書けるようになったって言っていました」
「ヴィンセントも、たどたどしく気持ちを伝えてくるのが本当に可愛くて嬉しいって言ってた。王族も、なかなか私的な恋文を書く機会はないからね。あの二人の特別な交流なんだろうな」
棚に並ぶレターセットを一つ一つ吟味しつつ話しながら、ウォーレンは少し落ち着かない様子だった。
雑貨店はどうしても女性向けの商品が多い。もしかしたら居心地が悪いのかもしれない。
外で待ってもらうか、どこかで待ち合わせをしたほうがいいだろうかと思っていると、ウォーレンが言った。
「あの、オーレリアも、手紙とか欲しいと思う?」
「えっ」
思わず顔を上げると、ウォーレンは少し居心地の悪そうな表情をしていた。
「えっと、俺もそんなに筆まめな方じゃないんだけど……」
「あ、誰か、手紙を送りたい方がいるんですか?」
そう言うと、ウォーレンは目を見開き、あ、いや、何でもないとごまかすように両手を突き出して振った。
「ごめん、ちょっと、弟が羨ましくなっただけかもしれない。最近、すごく嬉しそうだから」
「そういうことってありますよね。特に離れている相手には、こまめに手紙を送って近況や気持ちを伝えるのは良い習慣だと思います。私も、手紙を書くような相手がいないんですけど」
故郷には友人と呼べる人はいたが、王都から手紙を出すほどの関係かと言われると少し違う気がする。
かといって、叔父夫婦とはもう関わりたいとは思わない。
王都で知り合った人たちは、会おうと思えばいつでも会えるし、アリアやウォーレンの家には電話があるので、通話料は高額であるものの、話したければ電話をかけることもできる。
「そういえば、貴族の間ではカードを送り合うのが流行していると聞きましたが、それもしたことがないですね」
特に女性の貴族の間では、ちょっとしたことで絵葉書のようなカードを送り合う習慣があるという。素敵な絵を眺めて気分転換をしたり、私的なスペースに飾ったりするらしい。
今度、セラフィナにもカードを送ってみようか。そんなことを考えながら、いくつかのレターセットを見繕う。
セラフィナと付き合うために王宮から予算は出ているが、友人への差し入れにそのお金を使うことには、いまだに少し慣れない。身分が身分だから、と思ってはいるものの、割り切るのはなかなか難しかった。
いくつか見繕ってカウンターに向かうものの、店主の姿はない。どうやら奥にいるらしく、すみませーんと声を掛けると、はいはい、と応えがあり、四十代ほどの男性が出てきた。
白髪に近い金の髪に、モノクルをつけた知的な感じの紳士である。
「すみません、このみっつを頂けますか?」
綺麗に包装して、リボンも掛けてもらおう。そう思っていると、店主はオーレリアを見て、あんぐり、と大きな口を開けた。
「レティシア!?」
「えっ」
驚いたように呼ばれたのは、とても懐かしい名前だった。
「いや、レティなわけがないが……その」
動揺している店主に、オーレリアはごくりと喉を鳴らす。
レティシア・フスクス。
それは久しく聞くことのなかった、母の名前だった。
ウォーレンは真剣にレターセットを選ぶオーレリアを見て、ちょっとうらやましくなってしまいましたが、通じてませんでした。




