154.迷宮の研究所と一年前と同じ味
「こんにちはー」
ドアの動きに連動して鳴り響く、カランコロンというカウベルの音に強い懐かしさを感じつつ中に入ると、すでにカウンターには待ち合わせをしていたロゼッタとノーラが腰を下ろしていた。
カウンター越しにスーザンと談笑をしていたらしく、スーザンが笑顔で手を上げてくれる。
「オーレリア! 久しぶり。元気そうだね!」
「スーザンさん、ご無沙汰してます。ロゼッタさんとノーラさんも、お疲れ様です」
秋の始まる頃に慌ただしく鷹のくちばし亭を出てからというもの、婚約に商会の立ち上げ、事業の拡大と新商品の開発に追われてすっかり顔を出しそびれていたものの、久しぶりに訪れた鷹のくちばし亭は変わらぬ温かさでオーレリアを迎えてくれた。
「ジェシカさんもちょっとぶり。この間はどうも」
「こんにちは。こちらこそ、先日はお疲れ様でした」
ロゼッタとノーラが飲みかけのジョッキを持ってテーブルに移動したので、オーレリアたちも同じテーブル席につく。昼食が終わった後の鷹のくちばし亭の食堂は夕飯を求める客が来るまで閑散としていて、今も利用者はオーレリアたちを除いて誰もいない。
「スーザンさん、私たちにも飲み物をいただけますか?」
「ああ、すぐ持っていくよ」
相変わらずきっぷよく言うと、スーザンは厨房に入っていった。
「昨日さっそく五階の見学に行ってきたけど、もうかなり準備は整っていたよ。象牙の塔の研究者が何人もいたのは驚いたけど」
「はい、報告はもらっています。象牙の塔はやると決まったら動きが早いですから、むしろ冒険者ギルドのほうが準備に追われているかもしれませんね」
ロゼッタの言葉にジェシカが頬に手を当てて、うふふ、と嬉しそうに笑う。
「ダンジョン塔に五階、六階が新設されて冒険者ギルドと象牙の塔、それにアウレル商会の共同研究所になるんだって聞いた時は驚いたよ。オーレリアはまだダンジョンに行ったことがないんだっけ?」
「はい、機会があったら訪問してみたいと思っていますが、今は準備中だからあまり見るものもないだろうから、設備が整ったらと言われました」
シルヴァンがミズベタの研究について協力してくれることになった後の動きは、アウレル商会の代表の一人であるオーレリアも驚くくらい素早いものだった。
冒険者にとっての「エディアカラン大迷宮」とは地下十七階に渡るダンジョンのことであるけれど、それ以外の王都の住人にとっては王都のほとんどの場所から目視することのできる、うず高い白く発光する塔部分が大迷宮という認識が強い。
塔の部分はダンジョンの魔力が結晶化して上に上に伸びているもので、放置しているとどんどん大きくなっていくので二年に一度ほどのペースで人為的に切り崩しているけれど、その内側をくりぬいた広間は冒険者を相手にした武器や防具、小物や非常食を売る商人が店を開いている他、冒険者が地下から持ち帰った魔石や鉱物類の買い取りを行っていたり、【温】や【軽量】、【保存】などの付与を行う付与術師の店や、冒険者たちの簡易の宿泊施設になっているのだという。
東門を入ってギルドまで行けばもっと割安で買い取りや購入、手入れができるものの、移動時間が惜しい、急に必要な道具が出てしまった、ブラックではないもののややグレー寄りの買い取りも行っているということで、多少条件が悪いものの人が途切れることはないのだという。
これまで二階、三階がそうした冒険者相手の用途に使われていて、四階は冒険者ギルドが保有するスペースだったものが、この度五階、六階を冒険者ギルド・象牙の塔の共同研究所として拡張を行い、その協力者としてアウレル商会の名も並んでいる。
ミズベタは、地上でも魔石さえ無事ならばかなり長く生きる低燃費かつ頑丈な魔物であるけれど、スライムのどこにでもいて環境によって変異を行う性質から、ダンジョンの外での研究は慎重に行った方がいいというジェシカの意見にシルヴァンも賛同してくれた。
魔物の研究にはある程度魔力のある土地であることが望ましいということもあり、ダンジョン塔内に研究所を作るのがいいだろうと、とんとん拍子に話が決まった。
シルヴァンとの協力はアリアが不在のうちに決まってしまったので、研究施設への出資についてかなり言い出しにくかったものの、冒険者ギルド、象牙の塔との共同研究に参入の価値ありと認めてくれたので無事名を並べることができ、ロゼッタとノーラは当面、ミズベタの捕獲と個体数の調査のため研究所と専属契約を行う冒険者として登用されることになった。
あまりに迅速に事が進むので、シルヴァンの言う「第三席の威光」はかなり眩いものだったのだろう。
「ロゼッタさん、ノーラさん、ゴールドランクへの昇格、おめでとうございます。これは私とアウレル商会からのお祝いの品です」
二人の襟元に留められている冒険者を示すバッジは、銀色から金色に替わっている。ゴールドランクへの昇格は出会ったころからのロゼッタの強い望みで、その一環として花の時期のケアのためにナプキンを望んでいた彼女が目的を達成したのは、オーレリアもとても嬉しい。
ジーナと共に運んでいた大振りの箱を取り出してテーブルに置くと、ロゼッタとノーラは顔を見合わせて、嬉しそうに笑う。
「ありがと! こんなに早くゴールドに上がれたのは研究所との専属契約も込みでのことだったから、オーレリアには逆にお礼を言わなきゃね」
「昇格の要件のひとつの、社会貢献にかなり大きくポイントを振ってもらうことができた。オーレリアのおかげ」
「いえ、お二人の実力と努力だと思います。私も、お二人が夢を叶えられて、本当に嬉しいです」
開けていい? と言われて頷くと、二人は唇を笑みの形にしたまま箱を開ける。
中には魔物の革をなめして作ったマントとブーツが行儀よく並んでいた。
「マントはレギオンウルフの革に【軽量】と【防寒】を付与しました。ブーツはポダルゴスの革製で、同じく【軽量】の他、ギルドで販売されている中敷きを入れたものです」
「こりゃあ、いいものだね。特にレギオンウルフのマントは高級品じゃないか。いいのかい?」
「はい。十四階層との行き来に、できるだけ体の負担が軽減するものをと思ったので」
レギオンウルフの革はそもそもが軽く暖かいけれど、そこに付与で効果を底上げした形である。ポダルゴスの革はとにかく頑丈で防具などにもよく使われる素材であり、専門の革職人に作ってもらったものだ。
ノーラがいるため水辺での作業に困ることもないだろうけれど、念のために両方にこっそりとだが、【速乾】の付与も入れてある。
「これは嬉しいね。深層での採集は野営の連続だから、柔らかくてあったかいマントはほんとに助かるよ」
「繰り返し行き来していたら、靴もすぐに駄目になる。これなら長持ちすると思う。ありがとう、オーレリア」
二人とも気に入ってくれた様子にほんわかとしていると、スーザンが三つのジョッキを運んできてくれる。それぞれをオーレリアとジーナ、ジェシカの前に置かれ、その甘い香りに顔を上げた。
「スーザンさん、これ」
「うん、今年新しく漬けたシロップで作った、鷹のくちばし亭流のエルダーフラワーのシロップの炭酸割りだよ」
ちょうど一年前、王都で放り出されて途方に暮れていたオーレリアにスーザンが出してくれた飲み物だ。
「あれから、一年過ぎたんですね」
「ああ、王都にきて色々あったけど、二年目にもいいことがたくさんあるようにサービスだよ」
ぱちん、と音がたちそうなほど鮮やかなウインクに珍しく声を上げて笑う。
「乾杯しましょうか。研究の成功とアウレル商会の栄達と、オーレリアさんの二年目に」
「双星の今後の活躍もな」
「ありがとうございます。乾杯」
「乾杯!」
ジョッキを合わせ、口をつけるとエルダーフラワーの華やかな香りとともに、爽やかな甘みと酸味が口の中にいっぱいに広がる。
一年前、これからのことで不安がいっぱいだったオーレリアに、最初の喜びを与えてくれた味だ。
この一年、たくさんの人と出会い状況は目まぐるしく変わったけれど、この味はなにも変わっていなかった。
「あら、美味しいですね」
「うん、レモンの酸味が効いてるのがいいな」
「はい。私の大好きな味なんです」
ジェシカとジーナがそう言うのに答えて、もう一杯、口にする。
「アリアやウォーレンや、他のみなさんにも、飲んでもらいたいです」
「シロップの瓶詰があるから、いくらか持っていきな」
スーザンの言葉にはい、と答えて、一年前、何も持っていなかった自分が、今は喜びを分け合いたい人たちの顔が思い浮かぶ。
それが嬉しくて、嬉しいことばかりだというのに目の奥が少し、熱くなってしまった。
別シリーズですが、25日に「前世は魔女でした!」の書籍版が発売開始です。
魔女と人間、二つの前世を持つ今世お姫様のアーデルハイドのドタバタ王宮家族劇みたいなお話です。見かけたらお手に取っていただけると嬉しいです。
活動報告にて各種特典などもまとめてあります。




