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15.除湿と冷風機

 その週の土曜日は予定を変えて、鷹のくちばし亭まで迎えに来た馬車に案内され、中央区まで移動することになった。


 ――なんで、こんなことになったんだっけ。


 王都に来るまでの道程は馬車での移動だったので、慣れている、とは到底言い難い幌を張った荷馬車とはまったく違う立派な内装に気が気ではない。


 移動時間はトラムとほとんど変わらなかったように思うけれど、どっと気疲れした。

 扉が開くと、壮年の男性がすっと手を差し伸べてくる。御者とは違う、かなりきっちりと身なりを整えた人だ。その向こうからひょっこりとアリアが顔を出す。


「オーレリアさん、いらっしゃい!」


 ありがたく手を借りて馬車のタラップを降りると、アリアがいつも通りの笑顔で出迎えてくれて、それにほっと笑みが漏れた。


「そのワンピース、やっぱりすごく似合いますね!」

「アリアさん、今日はお邪魔します。その、よろしくお願いします」


 レオナの自宅、すなわちアリアの自宅は中央区の一角にある邸宅だった。


 着まわしている野暮ったい無地のワンピースでここを訪れていたら、気後れどころではなかったはずだ。アリアと一緒に選んだ緑のワンピースがあってよかったとしみじみと思う。


 アリアの自宅……ウィンハルト家は、白い石畳の前庭があり、建物は四階建の瀟洒な石造りだった。門には細かい意匠が散りばめられて、上品かつ歴史を感じさせる趣をしている。


 城壁に囲まれている王都は、言うまでもなく土地が限られている。その王都で庭のある邸宅というのは、間違いなく大富豪か貴族だろう。


 アリアにもレオナにも品の良さを感じてはいたけれど、こんな家に連れてこられるとは思ってもみなかったオーレリアは、恐々としてしまう。


「こちらこそよろしくお願いします。姉が強引に呼びつけたみたいで、ごめんなさい。後で私からみっちり言っておきますから!」

「アリア、調子に乗らないのよ。オーレリアさん、いらっしゃい。今日はお休みなんだし、友人の家に遊びに来たくらいの気持ちでいてね」


 アリアの後ろから、私服姿のレオナが顔を出す。アリアの姉らしくおしゃれなようで、裾に緻密なレースをあしらった、上品な濃い青のワンピース姿だった。


「お姉様、来たくらい、ではなく遊びに来たんですよ。私が先約だったことをお忘れなく。オーレリアさん、中へどうぞ。私のお気に入りのケーキ屋さんのケーキを買って来たんですよ。お姉様の用が終わったら、私の部屋で食べましょう」


 レオナにちらりと不満げな様子を見せつつ、アリアはさ、とオーレリアの手を取り、中に招く。


「オーレリアさんがすごいものを作るって聞いて、楽しみにしていたんです。お姉様、私も同席していいですよね?」

「まずうちに設置してもらう予定のものだから、オーレリアさんがいいなら構わないわ」


 もちろん、拒否する理由はない。応接室に通されるとすぐにメイドさんが涼し気なグラスに氷を満たしたアイスティーを運んできてくれた。


「オーレリアさん、涼しくなって湿気も取る道具を作ると聞きましたが、具体的にはどういうものなんですか?」

「そうですね……ちょうど、これと同じものと考えていただければいいと思います」


 これ、と表面に汗をかいたアイスティーのグラスを指すと、アリアが少し不思議そうな顔をする。


「グラスの表面に水滴がつくのは、暖かい室内の空気と冷たいガラス面が接しているところが結露するからで、この水滴の分だけ室内の空気からは湿気が取り除かれたことになります」

「なるほど……つまり、冷たいものを置いておけば自然と室内は冷えるし、湿気も取り除かれるということですね」

「はい。仕組みとしてはすごく単純で、「冷」の付与ができる人なら作るのはそう難しくないと思います」


 オーレリアの説明にアリアは納得したように頷いて、グラスに刺さったストローで中身を飲んでいる。


「冷たいものを置いておくだけだと除湿の効率が良くないので、外から空気を吸い込んで、結露させた後の冷たい空気を吐き出す機構にしようかなと思っています」

「それで、あの設計なんですね」


 レオナがドアの前に立っているメイドに目配せをすると、メイドは優雅に一礼をし、応接室を出ていって、すぐに男性使用人二人が筐体を持って入室してきた。


 サイズはオーレリアの腰に届かないほどの高さの四角柱形で、木にワックスを塗って仕上げられているようだった。下部に水を溜めるためのタンクが、背面に吸気口、上部に排気口にするための開口部が開いている。


「本当は、筐体はセルロイドで作ることを考えていたのですが、流石に間に合わなかったんですよね」

「セルロイドですか?」


 レオナの言葉に聞き返すと、それに答えてくれたのはアリアだった。


「最近開発された素材ですよ。ある程度の丈夫さと固さ、加工のしやすさがあって、まだあまり一般的ではないのですが、色々な分野で利用できそうだって話になっているんです」


 オーレリアのイメージだと、セルロイドと言われると少し怖いタイプの人形しか思い浮かばないけれど、アリアはこれもセルロイドですよ、と右手を見せてくれる。人差し指に嵌まった、細かく彫り込まれた意匠の乳白色の指輪がそうらしい。


「見た目が象牙によく似ているのでアクセサリーなどの装飾品が多く、軽くて形の加工がしやすいのが特徴なんですって」

「そうなんですね」

「防水性はそれほど高くないので、排水する部分は金属製かワックスで処理をした木製にする予定ですが、軽くて取り回しが良いので外側はそれでいけないかと話をしているところです」


 レオナは付与が最も重要だと言ってくれたけれど、それ以外の部分でも専門の人々が色々と考えてくれているということなのだろう。


「内側の冷却器はオーレリアさんからいただいた仕様を基に、鍛冶職人に試作品として作らせました。実際の物より半分ほどのサイズにしてもらっています。書いてもらった仕様書が具体的でしたし、職人も分かりやすいと褒めていましたよ」


 レオナが待ちきれないというように筐体を掴んで持ち上げると、見た目より軽いらしく床に接地している台座部分から蓋が簡単に外れた。

 内側は、細い金属製のパイプが規則的に蛇行した部品が少しずつずれて三層並んでいる。これがいわゆる冷却器の役割を果たす部分だ。


 とはいえ、入っているのは冷媒ではなく、ただの中空の金属である。すだれのように空気を通し、目が細かい機構がもっとも望ましいけれど、技術的な問題もあってそれはおいおいという話になった。


「錆びない金属をということだったので、銅のパイプの上から魔鉄をメッキしてもらいました。魔鉄は非常に安定していて、滅多なことでは錆びませんので」


 レオナの言葉に、オーレリアはエアコンの筐体に近づいて、まじまじと見つめる。


 冷却器の見た目は、一見真っ黒な鉄のようだ。よく磨かれていて、傷ひとつ見当たらない。


 魔鉄はダンジョンから産出する鉄の一種だという程度の知識はあるけれど、実際に見たのはこれが初めてだった。付与の入りもよく、長く持つと中等学校の教科書にも書かれていた素材に出会えて、ワクワクしてくる。


「早速、付与していきますね」


 防水処理は済んでいるようだけれど、念のため筐体と蓋の裏側に「防水」を付与するところから始める。


 次に冷却器と本体を支える柱に「冷却」と「結露」を付与する。


 「冷却」だけでもある程度水は取れるはずだけれど、広い部屋の除湿を考えればそれを強化する「結露」を入れたほうがいいという判断だ。


 最後は蓋の背面の空気穴に設置した親指の爪ほどのサイズの魔石に「吸気」の術式を、蓋の上部に嵌めこまれた魔石に「排気」を付与して完成だ。

 今回は試作品として、できるだけ小さいもので試してみたいというレオナのオーダーだったので魔石への付与になったけれど、大型の場合はファンを取りつけて「回転」の付与を行うという形でもいいかもしれない。


 吸気口から室内の空気を吸い込んで、冷却器に触れて結露した水は下のタンクに落ちていき、水が溜まったら都度捨てる方式になる。あとは低温の冷却器に直接触れることがないよう、再び箱をかぶせれば簡易な除湿エアコンの完成である。


「オーレリアさん、本当に流れるように付与しますねえ」

「アリア、付与しているところをじっと見つめるものではないわよ」


 レオナに窘められてアリアはびくっと肩を震わせる。そう言われるまで、アリアに覗き込まれていたことを意識していなかった自分も迂闊だった。


「あ、ごめんなさい! あの、私は魔力がなくて、当然付与の適性もありませんし、見ていたのは術式じゃなくてオーレリアさんの指先で……って、言い訳になりませんよね。本当に迂闊でした、すみませんでした!」

「いえ、私も付与の最中は周囲を気にするべきでしたから、気にしないでください」


 アリアがあまりに平身低頭なので、こちらのほうが申し訳なくなってくる。落ち込んで肩を落としたアリアに、レオナが頬に手を当てて、ほう、とため息を吐いた。


「私からもお詫びします、オーレリアさん。この子はうっかりしているところがあると知っていたのに、気が回りませんでした」

「いえ、アリアさんを信頼していますし、本当に大丈夫です」


 アリアとレオナは顔を見合わせて、そっくりの表情でぱちぱちと瞬きをしあい、それからほう、と息を吐いた。


「オーレリアさん、駄目ですよ。いえ、許してもらえるのは私の立場としては嬉しいですけど、とんでもない失礼をしてしまったんですから、もっと怒らないと……」

「付与の術式は、付与術師にとってとても大切な財産ですから、ここは具体的な賠償の話をするところですよ」


 二人そろってそう言われて、大変に焦ってしまう。


 アリアにもレオナにも、世話になった恩ばかり降り積もっている状態である。そんな話になって、二人との良好な関係に影を差す方がオーレリアとしてはダメージが大きい。


 まして、アリアはこの世界でほとんど初めてできた親しい友人だ。信頼しているというのは本当だし、気に病んでほしくないとも思う。


「え、ええと、では賠償として、アリアさんの用意したケーキを頂きます!」


 焦ってひねり出した言葉がそれで、二人はまたぱちぱちと瞬きをした後、ふっと声を出して笑った。


「あとでオーレリアさんと部屋で食べるつもりだったけど、こちらに運ばせますね。お姉様もどうぞ」

「あら、私の分も用意してくれているなんて、いい子ね」

「私は姉想いのいい妹ですよ」


 姉妹でそっくりの笑みを浮かべながらソファに促されて、どうやら話はそれで済んだらしいことにほっとするオーレリアの傍で、付与を施したエアコンは早速冷たい空気を吐き出していた。


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