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転生付与術師オーレリアの難儀な婚約  作者: カレヤタミエ


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149.異国の知識と花言葉

 王城の正門で身分証を提示して来訪予定を確認してもらい、通行証の発行が済んだのち、中門まで移動して持ち物の検査を受ける。定期的にセラフィナとの面会で訪れているため来客の管理をしている侍従官とも顔見知りになってきて、手続きも大分スムーズに済むようになった。


「こちらの本は、どこでお求めになったものですか?」

「中央区の書店で購入しました。セラフィナ殿下がレイヴェント国内で流行している本を読んでみたいと仰っていたので、王立図書館の司書に推薦していただいたものです」

「確認させていただきますね」


 全てのページをめくって中に異物が挟まっていないかを確認され、紙袋に入ったものは中を全て検められる。


 セラフィナは国賓であるため、彼女に渡すものにはすべて王宮のチェックが入る。全ての確認が済むと控えの間に通されるのがいつもの流れだが、今日はちらり、とオーレリアの後ろに控えている同行者に視線を向けられた。


 今日も王宮に付き添ってくれているウォーレンの隣には、落ち着いたデザインのデイドレスを身に着けたジェシカが、穏やかな表情で控えている。


 ジェシカは普段、冒険者らしい服にローブを羽織るか、最近は白衣を着ていることが多いけれど、髪をアップにしてデイドレスを身に着けるといかにも良家の子女という雰囲気である。立ち振る舞いも楚々としていて、おっとりとした彼女の振る舞いとも相まって、むしろこちらが本来のジェシカの姿なのではないかと思わせた。


「本日の面会はオーレリア様だけでなく、侍女も同席だと伺っていますが、何か心配事などがおありでしょうか?」


 高貴な女性同士が会う時に侍女を伴うのは特別なことではないけれど、これまではウォーレンやアリアが付き添ってくれていてもセラフィナと会うのはオーレリアのみで、オーレリアもそれを受け入れていた。同行者がいることはあらかじめセラフィナに了解を得ていたけれど、王宮としてはイレギュラーな出来事には確認が必要なのだろう。


「彼女はとても博識なので、その、セラフィナ殿下との話題のひとつにと思いまして」

「なるほど……今後もずっと同行される予定でしょうか?」

「今日の様子を見て考えようと思っています」


 侍従官はオーレリアの返答を書類に書き込みながらなるほど、と頷く。形式的な聞き取りはすぐに終わって控えの間に通される。


 緊張していたのはオーレリアだけのようで、ウォーレンもジェシカも運ばれてきたお茶を傾けていた。


「王宮でお茶を頂くのは初めてですが、美味しいですね」

「オーレリアは今のところ、セラフィナ姫と個人的に会うことのできる数少ない人だから、お茶やお菓子にもかなり気を遣っているんだと思う」


 ウォーレンにそう言われて、いつも緊張でろくに味わえていないので、せめて温かいうちに頂こうとカップを傾ける。


「ウォーレンはともかく、ジェシカさんも落ち着いていますね……私はいまだに王宮にいるとすごく緊張してしまって」

「ああ、私が元々所属していた象牙の塔が王宮の中にあるんです。区画は違いますが、元職場のようなものです」


 なるほど、と頷く。ジェシカにとって王宮は、オーレリアにとっての王立図書館のようなものなのだろう。


 王立図書館も初めて訪れたときは、その規模や建物の瀟洒な意匠に自分は場違いだとかなり緊張したけれど、毎日通っているうちに段々意識しなくなっていったので、そういうものなのかもしれない。


 いつもとは違って同行者がいるので待たされるかと思ったけれど、ジェシカの身元がはっきりとしていることもあってか、いつもと同じように十分ほどで案内の侍従官が現れる。ウォーレンにまた後で、と告げて控室を出て、少し歩くといつもセラフィナと会っている温室に到着した。


「オーレリア、いらっしゃい。ジェシカも、お久しぶりね」

「セラフィナ、こんにちは」

「ご無沙汰しております、セラフィナ殿下。本日は過分なお願いを受け入れてくださり、ありがとうございます」

「オーレリアの頼みだし、構わないわ。むしろオーレリアに頼ってもらえるなんて、とても嬉しかったの」


 こちらにどうぞ、とクッションをたくさん置かれた長椅子に招かれ、セラフィナはいつものようにゆったりとクッションにもたれかかっている。その足元には二人のサーリヤが侍っていた。


「サーリヤの話が聞きたいということだったわね。あの日同行した二人でよかったかしら」

「はい。私は冒険者である以前にダンジョンの研究者でもありますので、ザフラーン帝国の水辺に住まうスライムについて、もう少し詳しく聞かせていただきたく」

「好きに話をしてちょうだい。オーレリアは、こちらへどうぞ」


 いつもは対面で話をするが、ジェシカがゆっくりとサーリヤと話をするためだろう、サーリヤが立ち上がったので、入れ替わりにセラフィナに招かれて彼女の長椅子の隣に腰を下ろす。


 ザフラーン帝国――海峡と内海を挟んでほとんど行き来のなかった隣の大陸にはダンジョンがなく、魔物は地上に当たり前に出没し、その中にはスライムもいるのだというのは、以前出先で偶然セラフィナと会ったときに聞いた話だ。


 つまり、ザフラーンには地上に適応したスライムがすでに存在していることになる。

 ろ過装置の事業を進めていくにあたりミズベタの今後の活用法や、どの程度まで地上に持ち込むことが許容されるかはこの先の課題として研究していく必要のあるテーマである。


 オーレリアが生まれたレイヴェント王国を含む中央大陸とザフラーン帝国が支配する西大陸とでは、習慣だけでなく環境そのものが大きく違っている様子なので、一概に西大陸で起きることが中央大陸にも当てはまるとは言い難いけれど、すでに適応しているスライムがどのような生態をしているのかもっと深く知りたいというのがジェシカの希望だった。


 ジェシカが、食性やどの程度群れるのか、魔石についてなどを尋ねるのに、サーリヤはおっとりとした口調で丁寧に答えている。セラフィナは帝国の魔物についてはあまり興味がないらしく、オーレリアが持ち込んだ差し入れのほうに興味を向けていた。


「こちらが、今よく読まれている本だそうです。大衆文芸ですが、特に女性に人気が高いそうですよ。こちらは花の辞典で、特に王都で愛されている花の種類をまとめたものです」


 セラフィナの、もっとレイヴェント王国のことを知りたいので何かよい本があったら手にしてみたいという希望に沿って選んだ三冊を、彼女は嬉しそうに眺め、手に取るとそっと細く白い指先で、大切そうになぞる。


「ありがとう、オーレリア」


 こちらにも百科事典と呼ばれるものはあるものの、全四十巻で一冊一冊が非常に重く、持ち運びには不向きであることと、そもそも一般にむけて売られているものではなく、貴族やブルジョワジーが書斎に飾るため、内装に合わせて発注して製作する一種の家具に近い扱いである。


 そのため今回は挿絵が多い植物、とくに花に特化した本を選んだけれど、セラフィナは早速それをめくって、目を細めていた。


「ねえ、この花、以前ヴィンセント殿下から頂いたお手紙の封筒に描かれていたわ」

「シロツメクサですね。あ、説明の末尾に花言葉が書いてあるんですよ。ええとシロツメクサの花言葉は――」

「あら……」


 その言葉にセラフィナの白い頬がかあっと赤く染まり、両手で顔を覆うと、うつむいてしまう。


 ひらひらとしたセラフィナのドレスの布がさらりと垂れて、中々顔を上げようとしないセラフィナに、周囲に控えていたサーリヤたちも動揺している様子だった。


「あの、大丈夫ですか?」

「大丈夫、大丈夫よ……。私ったら、驚いてしまって。殿下がそのつもりで便箋を選んだかもわからないのに」


 セラフィナの眩い金の瞳がはにかみに潤み、もう一度それを隠すように手で覆い、「やっぱり、まだだめ」とまた俯いてしまった。


 すこし過ぎてサーリヤの一人が氷菓を用意し、スプーンで掬ってセラフィナの口に運ぶ。オーレリアも同じように勧められたけれど、自分でできると器とスプーンを受け取るにとどめた。


「……駄目ね、最近の私は、ヴィンセント殿下から頂くお手紙に一喜一憂してしまうの。三日ほど届かなければそれだけで落ち込んでしまったり、封書が厚いとそれだけで飛び上がりたくなってしまったり……。こんなに感情をあらわにするなんて、子供のようで恥ずかしいわ」


 出会ってからこちら、セラフィナは自分のしたいことをしているように見えるけれど、反面、いつもおっとりとしていて優美な振る舞いだった。


 ザフラーンではそうした振る舞いが高貴な女性のたしなみなのだろう。もっともレイヴェント王国でも、貴族の女性はゆっくりと話し、声を荒げず、常に優美に振る舞う人が多いので、高貴な女性というのはそういうものなのかもしれない。


「中央大陸の共通語でお手紙が書けるようになりたいのだけれど、教師をつけてもらうわけにもいかないから、中々難しいわ」


 中央大陸の共通語による会話には全く問題がないセラフィナだが、読み書きはあまり得意ではないのだという。


「あら、でしたら、知っている言葉だけでも組み合わせて、今からでもお手紙を書くといいですわ」


 向かいに座っていたジェシカが朗らかに告げる。


「中央大陸には「その国の言葉を覚えたければ恋をするのが最も近道である」ということわざがあるくらいですので。もっと知りたい、気持ちを伝えたいという感情が、習得の一番の近道ですよ。それに、たどたどしくも一生懸命自分の気持ちを伝えようとする態度を軽んじる殿方は、最初から選ぶべきではありませんしね」

「私も、上手な文章よりセラフィナの気持ちをこそ、喜ばれると思います」


 セラフィナは頬を赤く染めたままその言葉に聞き入り、それから、オーレリアが持参したもうひとつのもの……紙袋に入った封筒と便箋に目を向ける。


 雑貨店で買い求めた今年の春のシリーズで、デイジーの花が綺麗に印刷されていた。繊細な金の箔押しが入っていて、それがセラフィナの瞳の色を思い出したので差し入れに入れたけれど、深い意味はなかった。


「あの、オーレリア。デイジーの花言葉って、なにかしら」

「ええと……」


 ぱらぱらと花の辞典をめくり、その言葉を確認して、すぐにセラフィナに伝えるかどうか、少し迷うことになった。


シロツメクサ 私の気持ちに応えてください

デイジー 私も同じ気持ちです


セラフィナは、オーレリアが持ち込んだ本はナチュラルに朗読してもらおうと思っていました。

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― 新着の感想 ―
セラフィナ殿下とヴィンセント殿下の今後も気になる…ほんと文章だけでもセラフィナ様が美しすぎてニヨニヨしてしまう…。 朗読をお願いされたオーレリアも見てみたい笑。頑張って読むんだろうし、ジェシカもニコニ…
甘酸っぱい…(//∇//)
サーリヤがセリーヌに、なってませんか?
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