148.選んだ理由と怒りの矛先
「フスクス嬢、大型化も視野に入れているとのことですが、どの程度までの規模を想定しているか、もう少し詳しく聞かせていただけませんか。地区に設置を視野に入れているということはある程度の集落や農村、都市といった規模も考えられますが」
「その規模になると、ろ過式といってもひとつひとつの層を独立させるかなり大規模なものになると思うので、実験が進まないと確かなことは言えませんが、例えば複数の層を設置するという形なら実現可能であると思います」
商業ギルド長のカミロに答えると、隣に立っている冒険者ギルド長のカルロスが重々しく響く声で追加の質問をしてくる。
「大型化もいいが小型化――例えば個人が携帯できるサイズについては開発予定に入れているだろうか」
「【軽量】を付与した外殻にろ過装置を一体化したもの――カートリッジをある程度の期間が過ぎたら丸ごと交換するという形で進めています」
「なるほど、ならば最初にろ過装置を購入し、カートリッジは後付けで定期販売できるというわけだな……」
その言葉にエレノアが浅く頷き、やや弾むような声で言う。
「水の魔法使いのメンバーは衛生にも深く関わっているので深層への探索には不可欠ですけれど、中層をメインにしている探掘家なら十分ですね」
「待ってください、そちらも詳しくお聞かせ願えますか!」
説明会が終わった後もカルロスとエレノア、商業ギルドの面々に囲まれて質問を繰り出され、なんとかどもらずに返答し、ようやく質問が途切れたところでほっと安堵の息が漏れる。
「オーレリア、お疲れ様でした。とても立派でしたよ!」
「本当に、良い説明会だったわ」
「アリア、レオナさん、ありがとうございます。不足がなかったか、心配ですが……」
「いえいえ、とても分かりやすく、力強いプレゼンでしたよ。やはりオーレリアさんの言葉には、人を動かす力がありますね」
明らかにお世辞ではあるけれど、ジェシカがあれこれと頭を使って実験してくれた成果が伝えられたならと微笑む。
「今日は拠点でパーティをしましょうか。ビールと屋台でごちそうを買っていきましょう」
「あら、いいわね。生憎私はこの後予定が入っているけれど、オーレリアさん、今度我が家でお茶会をしましょう」
「はい、是非」
親しい人たちに囲まれて、ようやく肩から力が抜けたところで、背後からそっ、と肩に手を掛けられる感触があった。
肩越しに振り返ると穏やかな笑みを浮かべたエレノアで、笑い返そうとして、その目が笑みの形になっていないことに一瞬、口元が引きつってしまう。
「オーレリアさん。私はこれからギルドに戻るのだけれど、すこしだけお話をしていかないかしら」
「あ、ええと」
「勿論、そんなに長く拘束したりはしないわ。アリアさんも是非ご一緒に」
「……はい、エレノア様」
アリアが丁寧に礼を執ったことで、本日の追加予定ができたらしい。
何か不味いことがあっただろうかとレオナを見ても、諦めなさいと言うように軽く首を横に振られてしまった。
オーレリアの緊張に満ちた一日は、まだ終わらないようだった。
* * *
「やってくれたわねえ、オーレリアさん、アリアさん」
冒険者ギルドに場を移し、すぐに温かい紅茶が運ばれてきて職員が席を外すと、エレノアは開口一番そう言った。
「あの、なにか不味かったでしょうか」
ギルドへの協力の提案を前もって伝えていなかったのは、やはりよくなかっただろうか。
だがレオナもアリアも、あの場で初めて両ギルドに情報を開示するのが良いだろうという判断だったし、結果としてその約束を取り付けることができたので当初の予定は全てクリアしたことになる。
それでも、エレノア個人には何かと世話になっているし、先に伝えておいた方が義理が通せたかもしれない。悶々とそんなことを考えながら紅茶に口をつける。おそらくとても香り高いお茶なのだろうけれど、ろくに味もわからなかった。
「ああ、怒っているわけではないのよ。勿論先に情報を貰えれば助かったけれど、アウレル商会の立場ではあれが一番良い選択であったことを否定するつもりはないわ。それぞれ設立理念の違う二つのギルドに同時に新情報を開示することで競合を起こさせたり、どちらかの抜け駆けを防いだりするのは、責められるようなことではないわ」
「はい、あの、ありがとうございます」
お礼を言うのが相応しい返答なのかはいまいち判断が付かなかったけれど、ひとまずそう言って会釈をする。アリアは堂々としたもので、しっかりとソーサーを掴んで優雅に紅茶を傾けていたし、同席しているジェシカはのんびりといい紅茶ですねえと微笑んでいた。
「実際、浄水器の発明は新人の育成の間口を広げたい冒険者ギルドと、多くの行商人も加盟している商業ギルドにとってはとても意味のあるものだわ。今、水売りをしている魔法使いたちの中には足や体の一部を悪くして探索に参加できない者も多いから、ろ過水の鑑定という新しい仕事を与えることができるし、参入に大きな問題はないけれど――聞いてもいいかしら。何故ギルドだったの? 公共性の高い事業を委託するなら国でもよかったし、オーレリアさんにはその伝手もあるでしょう?」
レイヴェント王国の貴族であり、王族の傍流でもあるエレノアにとって、それはこうしてオーレリアたちを招集して問いただす必要があるほど重要なことなのだろう。
そっとカップとソーサーをテーブルに戻し、背筋を伸ばす。
「その、これはあくまで私の私情なのですが」
「ええ」
「……さすがに、少し、怒っていて」
「怒る? オーレリアさんが?」
その返答が余程意外だったらしく、エレノアは緑の瞳を大きく見開いた。
遠縁とはいえ血が繋がっているだけあって、ウォーレンにそっくりの色だ。
気が強いとは言い難いし、主張をするのもそれほど得意ではないという自覚はある。人に対して腹を立てるより、仕方ないなと諦めるほうがよっぽど得意なくらいだ。
ウォーレンの弟たちに悪い感情はないし、王宮に伺候するときも、周囲の人たちは何かと親切に振る舞ってくれる。だから、その怒りの持って行き所が、オーレリアにとっても複雑ではあった。
「黄金の麦穂が持ち帰ったスキュラの魔石は、まだ彼らに返却されていないんです」
「ああ、そうね……」
水がないことと、水があるのに飲用に適さないという二つの問題のうち、今回オーレリアが手掛けたのは後者のほうだ。
だが、スキュラの魔石はそもそもないところに強力な水源を発生させる力がある。
それを南部の渇水地域に設置したいというのがウォーレンの願いだった。二十年ぶり、二度目の最下層の踏破という実績と英雄であるプラチナランクへの昇格という栄誉を果たしてなお、それは叶っていない。
自分の努力ならばいくらでもできる彼が、オーレリアに【出水】の術式をという話の時は、無理はせず断ったほうがいいと言ってくれた。
あれ以来話をはぐらかし続けているけれど、それはずっと、オーレリアの胸に小さな棘になって残っている。
「まあ、オーレリアさんはグレミリオン卿の婚約者だし、王家にも議会にも怒る権利はあるわよね」
「正直、私情もいいところです。もし普通に発明として意匠権を取得しても、国が出てくるだろうとはみんなから言われていました。ただろ過装置の普及のためならそれでも良かったかもしれませんが……」
自分がスキュラの魔石を奪われたままでも、ウォーレンは少なくともオーレリアに分かる形で怒りを表現したことは一度もない。
そのせいで数か月、王宮に半ば監禁状態だったことも、望まない結婚から逃げるためにオーレリアと婚約をしなければならなくなったことも、ひどく申し訳なさそうにしているくらいだ。
このうえ、もしオーレリアが浄水の技術を王宮に奪われたとしたら――あの優しいひとは、自分が奪われた時よりももっと、傷ついてしまうだろう。
これ以上ウォーレンに理不尽に傷ついてほしくなかったし、そうした思惑と戦える力をアリアやジェシカは与えてくれた。
「その、私の私情で両ギルドを利用するような形になってしまったのは、申し訳ありません」
「いいのよ。むしろ納得したし、安心したわ」
「安心ですか?」
エレノアは本当に安堵したように紅茶を傾け、ええ、と薄く微笑んだ。
「いくつもある選択肢の中で、どうして自分たちが選ばれたのか分からない状態というのは、中々怖いものよ。むしろ最初から、腹が立っているから国には権利を渡したくないって言ってくれれば冒険者ギルドも商業ギルドも、大いに乗ったわよ」
むしろどこか嬉しそうにそう言われて、戸惑ってしまう。
こちらの我儘に振り回された形だろうに、エレノアはとても満足そうな様子だった。
「国を相手に回す。大いに結構じゃない。オーレリアさんにその気があるほうが、こちらはずっとやりやすいわ」
「いえ、そこまで明確に敵対するとか、そういうつもりでは……!」
「いいのよ。――陛下は少し我儘が過ぎるわ。ふふ、あの子の婚約者に腹を立てられていると知ったらどんな顔をするかしら。この目で見れないのが残念なくらい!」
その言葉に本当にそこまでやるつもりは! と慌てたものの、アリアは微笑んだまま、ジェシカもお茶請けに出されたクッキーを美味しそうに齧っていて。
どうやらこの場で一緒に焦ってくれる仲間は、いない様子だった。




