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転生付与術師オーレリアの難儀な婚約  作者: カレヤタミエ


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144.探索する者たち2

 ダンジョンの階層は、主に現れる魔物の種類と強さ、環境の変化によって区分されている。


 下層に向かうルートはいくつか分岐しているものの、今の階層はどのあたりか分かるのはそのためだ。その中でも十四階層はその環境が極端に違うため、足を踏み入れた瞬間に十四階層に到達したと分かるほどだった。


 ダンジョンは決して安全な場所とはいえず、いつ背後から気配を消した魔物がとびかかってくるか知れず、採取したものに毒が含まれているかも分からない。そのため探索中は冒険者であれ採掘家であれ、緊張状態であるのが当たり前だ。


 だが十四階層に入ると、その緊張感が急激に和らいでいく。手足から余分な力が抜け、心が穏やかになり、緊張や集中を保つのがとても難しい。


「こればかりには、慣れないね」


 ロゼッタがぼやくと、隣を歩いていたノーラがぎゅっと手を握ってくれる。ノーラはあまり力が強い方ではないので、彼女なりに力いっぱいというところだろう。


「ありがと、大丈夫だよ」

「ん」


 十四階は全体的に背の低い草原が広がっていて、ところどころに木が生えている。小川が流れていて澄んだ水をたたえる泉があり、そこからわき出した水をたたえる水辺がダンジョンの半分ほどを占めている。


「何か話しながら進むか。あんまり静かにしてると、ここの空気に呑まれるからな」


 ライアンが言い、全員がそれに同意する。少し考えて、ロゼッタは口を開いた。


「それにしても、アウレル商会がオーレリアの設立した商会だったなんて、世間って狭いもんだね」


 ここでの採取の依頼を出したのは黄金の麦穂のメンバーの一人であるジェシカだが、そもそもを辿るとアウレル商会の依頼であり、その設立者がなんと鷹のくちばし亭にいたオーレリアなのだと聞いたときには、心底驚いたものだった。


 黄金の麦穂のリーダーであるライアンは冒険者の間では有名人だし、同じパーティのメンバーであるアルフレッドと揃ってオーレリアを訪ねてきた時にロゼッタも居合わせたので、オーレリアと黄金の麦穂に何かしらの関係があるのは把握していたが、まさかこうつながるとは思っていなかった。


 あの日はとても気になる別れになったけれど、その後すぐにロゼッタとノーラは深層への探索に出てしまったので、その後の成り行きに関しては知らないことの方が多かった。


 探索を終えて年明けに地上に戻ってみれば、鷹のくちばし亭からオーレリアは姿を消していた。ナプキンの納品は続いていたことからギルド副長であるエレノアに尋ねてみれば、今は安全なところにいると教えられてそれきりだ。


 オーレリアが優秀な付与術師であることは疑いようがなかったが、お人好しで、気が弱いのは少し話せばわかることだ。タチの悪い奴に利用されていないか不安はあったが、エレノアがそう言うならば大丈夫だろうとは思っていた。


 それが、いつの間にやら正式に商会を立て、なんと黄金の麦穂の副長であるウォーレンと婚約し、今は侯爵家当主の婚約者になっているのだという。


 大したものだと思うし、あの絵に描いたような小心な娘がその状況に胃を痛めていないか、また違った心配もあったが、こうして組んでみれば黄金の麦穂のメンバーは気のいい連中だということもわかった。


 東区の小さな宿屋で暮らしていた素朴な少女はその才能を見出されて、きっとうまくやっているのだろう。


「オーレリアの作るものは、人に必要とされるもの。アウレル商会は、きっと大きな商会になる」


 あまり他人に興味を示さない相方だが、数回会っただけのオーレリアのことは高く評価しているらしい。そうだなと頷くと、エリオットが大ぶりな動作でうんうんと頷く。


「ロゼッタはオーレリア嬢の友人だったんだな! ウォーレンはあれで仲間以外には少し人間不信なところがあるから心配していたんだが、良い相手ができてよかったよ」


 エリオットがはっはっは、と笑いながら言うのに、その隣を歩くライアンは微苦笑を漏らす。


「本当にな。……まあ、見ていて少し、もどかしい気もするが」

「もどかしいって、二人は婚約してるんだろう? 何か問題があるのかい?」

「いや、どっちも恋愛慣れしていないというか、遠慮のある距離感に見えるってだけなんだがな。意中の相手と婚約したなら、俺としては一気に結婚までいけばいいと思うんだが」

「まあ、最初の婚約者がアレじゃねえ。慎重になっても仕方ないんじゃないかい」


 オーレリアは臆病な分慎重な性格であるのは明らかだ。ロゼッタも少し関わっただけだが、オーレリアがあの高圧的でいかにも女を目下の存在だと思っているような男と結婚しなくてよかったと、しみじみと思う。


「ああ、慎重なのはいいことだぞ! まあ心配になる気持ちも分かるが、時間を掛けて分かり合う関係もあるだろうさ。俺が妻と結婚すると決めてから、実際結婚式を挙げたのは十年後だったしな」

「お前のとこは幼馴染だろう。成人したその足で教会に届けを出しに行ったんだろう」

「ライアンはそうやってことを急くから、今こういうことになっているんじゃないのか?」


 エリオットの言葉には特にあてこするような色はなかったけれど、痛いところを突かれたらしくライアンはうっ、と呻く。


 黄金の麦穂のライアン・ウォーロックといえば名うての女たらしという噂は、その手の噂に興味がないロゼッタすら知っていることだ。近づいてきた女とねんごろにはなるがその気のない女をしつこく口説くことはないとも聞いていたが、噂で聞いていたよりだいぶ「まとも」だったので、むしろ探索の始まった最初は意外に感じたほどだった。


「反省しているし、今後は改めるよ……ああ、川が見えてきたな」


 あからさまに話を変えたが、実際少し先に流れる川と、さらさらと水の流れる音がする。この辺りではほぼ唯一、これがダンジョンの立てる音だ。


「十四階層って魔物はおろか、虫すらいないんだよな……。そのくせ果実は生るんだから、どうなってるんだろうな」

「ジェシカが言うには虫を媒介しない繁殖の仕方をしているんだろうって話だったけどな」

「それにしたってねえ……」


 川の流れを遡って進めば、やがて大きな水辺に出る。はるか遠くに水源があり、そこから波紋がゆっくりと広がっていた。


「依頼の品は水底にへばりついてる生き物だよな。どうする、潜るか?」


 背中に担いでいた樽を地面に降ろし、エリオットが腕をぐるぐると回しながら言う。水は澄んでいるが、目の届くところにはそれらしい生き物は見当たらなかった。


「ここには人間を襲うような生き物はいないからそれでもいいが、ノーラ、水を割ることはできるか?」

「やってみる」


 ライアンの言葉に頷いて、ノーラは靴を脱いで水辺の浅瀬に足を付けると、両手をかざし、目を閉じた。


 白銀の瞳と同色の髪という特徴を持つノーラは元々、水神フルウィウスの神殿で巫女となるべく育てられた娘だった。理由があって神殿を離れた今も、ノーラの水魔法はどこか神への祈りのような神聖さを感じさせるものだ。


 すっ、と水面に線が引かれるように水が左右に別れ、ゆっくりと深みを増してく。やがて水底に到達すると、そこから左右に音もなく水が割れていった。


「ジェシカもすごいが、ノーラの水魔法はなんというか、すごく自然なんだな。最初からそこに水が無かったみたいに見える」

 ライアンが感嘆したようにつぶやき、すぐにいたぞ、と声を低くする。


 そこには、青と緑が複雑に混じり合った色合いの扁平な生き物が岩肌や水底にぺたりと張り付いていた。ダンジョンには奇妙な生き物が多く今更それに驚きはしないものの、とりわけそれは、地上で似た生き物は見たことがない。


 強いていうなら、植物の葉を大きくぶ厚くしたような形というべきだろうか。体の中心を走る線から枝分かれするように扁平な形の隅まで葉脈に似たものが走っている。


 かといって植物らしく見えるかというと表面がぬらりとしていてそれらしくはなく、どちらかといえばヒルのような水辺に住む厄介者に近くも見える。


「一匹は水ごと、一匹は濡れた布に挟んで、そして一匹はそのまま持ち帰ればいいんだったね。エリオット、どれくらいいけそうだい?」


 他の採取方法はともかく、水に沈めたままとなると【軽量】を付与した樽に詰めてもとにかくかさばる。このメンバーでもっとも負担の大きくなるエリオットに聞くと、そうだなと顎をさすっていた。


「小樽三つは水を満たしても問題ない。残りは採取してから決めるか」

「じゃあ、とりあえず手ごろなやつから行くか」


 ノーラはかなり魔力が強く魔力量も多いけれど、無尽蔵というわけではない。とっとと用を済ませようとすると、ライアンがまて、と声を掛けた。


「その前に、こいつを突っ込んでみてくれ」


 ぽい、と放り投げられたのは昨日の夕飯でもあった子牛のジャーキーだった。


「危険がないとされているが、不用意に触って溶解液を吹き出す可能性もあるからな」

「ああ――確かにそうだ」


 ダンジョン内は地上とは違う常識が支配している。慎重に慎重を重ねるくらいがちょうどいい。シルバーランクであるロゼッタはそれをよく知っているはずなのに、不用意に手を伸ばそうとしてしまった。


 ――十四階層に中てられてるね、これは。


 危険な生き物はおらず、流れる水は清浄で、食べられる木の実や果物が容易に手に入る。身も心も弛緩して、安全で安楽な、十四階層。

 ここは安寧の地獄と呼ばれる場所だ。


「ありがと。少し目が覚めた」

「ああ、慎重にいこう」


 手ごろなサイズの「ソレ」にジャーキーを触れさせて、なんの変化もないことを確認して力を入れると、ジャーキーはゆっくりとそれに突き刺さった。


 ぐにゃりとした独特の感触だが、ジャーキーに変化はない。しばらく見守ってゆっくり引き抜くと、ぽっかりとそこに穴が残ったが、体液があふれ出すようなこともなかった。


「大丈夫そうだ」

「よし」


 ライアンとエリオットと手分けして「ソレ」を革手袋に包まれた手でつかみ取ると、ほとんど抵抗なく引き剥がすことができた。


 三匹はそれぞれ樽に詰め、濡らした布に包んだものは別の樽に重ねて詰める。あとはノーラに水気を切ってもらったものを、同じくそのまま樽に詰めて計五つの樽の完成だ。


「あとは食料を補給して、今日はここで野営をして目が覚めたら出発しよう」

「了解。――長居したい場所ではないしね」


 頷いて水辺から離れたところで荷物を置いて、ほう、と息を漏らす。


 思ったより簡単に依頼の品は手に入ったけれど、ここからさらに十四階層分を上らねばならない。降りてくるのに十一日。荷物の重量が増えたので、魔物との戦闘を避け続けて上るのに十三日から十五日というところだろうか。


 深層まで降りてきて、獲物があのよく分からない何かだけというのは何だか物足りない気もするが、とっとと地上に戻るのが優先である。


 ――それにしても、一体こんなものを、あの水の魔法使いは何に使うつもりなのだろう?


 機会があれば、オーレリアに聞いてみてもいいかもしれない。


 そんなことを思いながら、何もせず横たわっていたい気持ちを振り切って、たわわに実る果物を採りに歩き出すのだった。


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― 新着の感想 ―
ら、らっ、ランゲオモルフぅっ……いや、コメント欄でディッキンソニアって見て、確かにそっちの方が描写に近いのかと思ったが、読んでいる時は「扁平」「植物」「葉脈」などの用語に釣られて、つい、ランゲオモルフ…
ウニかな?
 (*´・д・)でっかいゾウリムシ?
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