143.探索する者たち1
142.の投稿ミスにより、本日二回目の投稿になっています。
踏み固められ岩のように固くなった地面を蹴って勾配のきつい通路を走り抜けるのは、半ば跳ねているようでも落ちているようでもあった。
エディアカランは王都の傍のダンジョンということもあり、地下に潜るのにいくつかのルートがあるがほぼ全てがマッピングされてギルド経由で地図を手に入れることができる。ロゼッタとノーラも下層に向かってもっとも最短で降りるこのルートはすでに数回利用したことがあり、先行するエリオットと殿を務めるライアンに危なげなくついていくことができた。
先行するエリオットは体格がよく、女性としてはかなり身長の高いロゼッタと並んでもさらに見上げるほどの大男だ。おまけに今は背中に大きな荷物を背負っているためともすると鈍重な印象を覚えるほどであるにも関わらず、不思議に感じるほどの速度で進んでいる。
とはいえ、ウエイトもかなり大きいのだろう、身軽というより邪魔な障害物を薙ぎ払うような勢いである。
「エリオット! そろそろ次のセーフポイントに着く! 今日はそこで休もう!」
「おう!」
「ロゼッタ! あと少しで洞窟蝙蝠の巣に入る。俺が先行するから、いざというときは威嚇を頼む!」
「わかった!」
明確な指示に数分するとエリオットが足を止め、先行をライアンに譲る。ライアンは手に黒く輝く魔鉄製の音叉を握っていて、洞に入った瞬間、それを壁に叩きつけた。
途端、人間が聞いても顔を顰めたくなるような高くも鈍い音が洞窟内に響き渡る。ダンジョンの内部の大半を構成する塔結晶と反響し、洞窟蝙蝠たちが一斉に飛び立ち、弱い個体はばたばたと地面に降り注ぐように落ちてきた。
洞窟蝙蝠はダンジョン内の狭い空間に密集して生息する蝙蝠型の魔物である。一個体が小さく魔石につく値段はほぼクズ同然なので獲物として旨味がない反面、群れで生き物を襲い肉を齧り血を啜る。
噛まれるとほぼ確実に膿み、処置が悪いとそこから体が腐る可能性も低くはない厄介な存在だが、魔鉄と塔の大部分を構成する塔結石のぶつかった時に立つ音を極端に嫌うので、退けるのはそう難しくはない。
「突っ切るぞ!」
「進め進め!」
エリオットに促され、ノーラと共に洞の中を駆ける。群れの平穏を乱された怒りにだろう、一際大きな個体が先行するライアンの死角から飛びかかるのに、手のひらに魔力を込めて、放つ。
「爆ぜろ!」
ドン! と派手な音が響き、小さな爆発は狙い違わず洞窟蝙蝠の羽に穴を空けた。こんな場所で不衛生な洞窟蝙蝠の血肉を爆散させる必要はない。要は飛べなくしてしまえばいい。
「助かった!」
ライアンの短い言葉に、並んで進むノーラと視線を交わし合い、進む。
――やりやすいな。
ロゼッタが固定で組んでいるのはノーラだけで、中層までは二人で探索することが多いが、下層に潜る際はギルドによる推奨人数を満たすため、別のパーティと組むことになる。どのパーティもシルバーランク以上の腕利きで、それなりに頼りになるメンバーだったけれど、普段組んでいない相手とペースを合わせるのはそれなりに骨の折れる作業だ。
だが、指示が一貫していて明確なライアンと良い意味でシンプルなパワー特化型のエリオットとの臨時パーティは、驚くほどスムーズに連携をとることができた。
洞窟蝙蝠の住処になっている洞を駆け抜けてしばらく進むと、ぽかりとセーフエリアの入り口が口を開くようにあった。飛び込んでしまえばそこから先はダンジョン内のどこにでもいるスライムすら現れないので、息を吐くことができる。
決して衛生的ともお行儀がいい連中ばかりともいえない冒険者が出入りする上に、掃除屋がいない分汚れが溜まりやすく、僅かに嫌な臭いがするのがセーフポイントの難点ではあるけれど、装備を齧られる心配がない安心感には代えられない。
「十日目の午後六時。十一階層に到着。まあまあのペースだ」
ライアンが懐中時計を取り出して告げる。それにほっと息を漏らす。エリオットは地面にどかりと腰を下ろし、誰かが作ったものの再利用を続けている石組の簡易なかまどに途中で拾った木の枝を放り込み、火をつけて小鍋を載せる。
「水いれる」
「おう、ありがとな!」
ノーラが鍋に水を満たすと、エリオットはにかりと笑って礼を言った。
ライアンもそうだが、二人ともそんなことでというような些細なアシストにいちいちきちんと礼を言う。冒険者の行為はひとつひとつがチームを潤滑に保つためのものでお互い様なので、わざわざ礼を言ったり言われたりというのは珍しいし、最初はロゼッタも戸惑った。
「明日には十四階層に着けそうだね」
「ああ、だがその手前の十三階層でもう一度休息を取ろう。十四階層は居心地はいいが、あまり長居したくないからな」
「コカトリスでも取れたら肉が食えるけど、討伐に時間も体力もかかるから難しいか。せめて卵が手に入るといいんだけどね」
かまどを囲んで円座に座り、鍋の中の湯が沸いてきたら茶葉を落とし、たっぷりと砂糖を入れる。火から上げてゆらゆらと揺らし、それぞれが差し出す木製のカップに茶こしで漉して均等に分ける。これに携帯食の固く焼いたビスケットと塩の強い干し肉、途中で採取した食べられる木の実が基本的なダンジョン内の食事だ。
肉を狩って手に入れることはできるけれど、狩りは手間も時間もかかるし解体もそれなりに手間がかかるので、今回は速度重視ということもあり、ほとんど行っていない。
エリオットの淹れたお茶はやや濃すぎるし甘すぎるけれど、温かいお茶にほっ、と気が緩む。
「降りるだけならまあまあ早いんだよなあ。結構惜しい獲物もいたけど」
「今回は依頼品の採集だからな。できるだけ早い帰還が希望だし、仕方ないさ」
「プラチナランクの冒険者パーティでも、そう思うもんなんだねえ」
ダンジョンは、下に行くほど魔物は強く、身の内にある魔石も大きく価値が高くなっていく。採れる鉱石や輝石類は持ち帰ればいい値が付くし、冒険者の大半はその採集品が目的だ。
「黄金の麦穂」は間違いなく、現在国で最も実力のある冒険者パーティである。ここ数年はエディアカランの攻略を専門に行っていたし、持ち帰った素材の質も、そこに付けられた値も計り知れないだろうに見逃した獲物を勿体ないと思うのは、他の冒険者とそう変わらないらしい。
「そりゃそうだろ。探索していいものがあったら持ち帰るのが冒険者の醍醐味だからなあ。それに、持ち帰ったものに値がつけば、嫁さんにいい物を食わせてやれる!」
この十日で何度となく自慢の嫁の話を聞かされていたので、またかと苦笑しながらお茶を傾ける。その隣に座るライアンはというと、お茶が渋かったせいもあるかもしれないが、苦い表情をしていた。
「正直、俺はあと一ケ月くらいダンジョンに籠っていたいよ。こんなに探索から帰りたくないと思う日がくるとはなあ」
「女に言い寄られて困ってるんだっけ? あんた、そういうの躱すのも上手そうなのにねえ」
プラチナランクのバッジを持ち、エディアカラン踏破の功績を讃えられて爵位まで与えられた男を相手に思うことでもないだろうが、ライアンは異様に顔立ちの整った男であり、会って真っ先に感じたのは、なんで冒険者なんかしてるんだというかなり失礼なものだった。
舞台俳優でもしていれば面白おかしく暮らせただろうし、丸一日でも行動を共にすれば、彼が非常に頭が回り状況判断に優れ、的確な指示を飛ばしてくることも理解できる。その頭脳と見た目をしてわざわざ危険で汚くきつい仕事である冒険者をしているとは、よほど酔狂か何か訳ありなのだろうと思わせるのに十分だった。
「遊ぶのは上手いつもりだったんだけどな。案外、俺の方が遊ばれていたのかもしれないと最近は思うようになったよ。本気の令嬢は怖い。魔物より怖い。切り伏せることができるだけ魔物のほうがまだマシだ」
何やら物騒なことを言っているが、こんな男がよほど恐ろしい目に遭ったらしく、燃える火を見ながらぶるりと震えている。
「ずっとこの調子でな。今回はいつものメンバーの半分以上が参加できなかったから、二人が組んでくれて助かった。腕もいいし、魔力も強くて申し分なしだ」
「こっちも勉強させてもらってるよ。さすがプラチナとゴールドだ。連携もやりやすいし、参考になることも多い。な?」
「うん」
ノーラは両手でカップを抱えてちびちびとお茶を飲みながら、頷く。
相棒は元々とても無口で表情もほとんど変わらないたちなので、あけすけであることを好む冒険者からは何を考えているか分からないと気味悪がられる場面も多いが、ライアンもエリオットも全く気にする様子がないのは助かった。
ぱちぱちと、乾いた枝が燃える音が小さく響く。
やはりビスケットと干し肉にさして美味くない果実だけでは物足りないなと思っていると、ノーラがごそごそと鞄を漁り、「ん」と手を差し出してくる。
包装紙に包まれたチョコレートを渡されて、苦笑して受け取る。
相棒はぼんやりしていて何を考えているか見ただけでは分かりにくいけれど、意外と人の機微を良く見ているのだ。
「ん」
ライアンとエリオットにも分け与えたチョコレートを口に入れると、中にキャラメルや砕いたキャンディが練り込まれていて、ガツンとくるほど、甘かった。




