139.懐かしい雰囲気と新たな悩み
「では、こちらのデザインを基にイヤリングとネックレス、ネクタイピンとカフスボタンの製作に入らせていただきます」
ロクサーヌが描いてくれたデザイン画に改めて頷き、知らず、ほうと安堵の息が漏れた。
これまで宝飾品に縁があるとは言い難かったので右も左も分からず不安はあったものの、オスカーもロクサーヌも丁寧に接してくれたため、なんとか目的は果たせそうだ。
「それでは、オーレリア様は別室にてサイズを計測しますので、少々失礼いたします」
「あ、行ってきます」
「うん、ここで待ってる」
軽く手を振るウォーレンに頷いて、ロクサーヌと共に商談室を出ると、同じ階の東側の部屋に案内された。
中はいかにもデザイン室という雰囲気で、壁には様々な絵画の複製やデザイン画が張り付けられ、棚には計器や工具類が整然と並べられている。
なんだか無性に懐かしい気分になるのは何故だろうか。不思議な郷愁を覚えていると、ロクサーヌがオーレリア様、と穏やかに声をかける。
「雑然とした部屋で申し訳ありませんわ。どうぞ、こちらにお座りください」
「いえ、とても落ち着くなと思っていたんです。――実家に、雰囲気が似ています」
なぜこんなに懐かしい気持ちになるのかと記憶を手繰れば、七歳まで暮らしていた家に似ているのだと気づく。
「お父様かお母様が、デザイナーだったのですか?」
「いえ、父は商人で、母は付与術師でした。と言っても、子供の頃に亡くなったのであまり覚えてはいないのですが……父の部屋が、この部屋に似ていたなと思って」
「そうなのですね、それは、とても残念でしたね……」
「随分昔のことなのでほとんど覚えていないのですが、こんな雰囲気だったと思い出せただけで嬉しいです」
「きっと、お母様も優秀な付与術師でいらっしゃったのでしょうね」
一言で商人と言っても色々な分野があるし、もしかしたら服飾や宝飾品を扱う商人だったのかもしれないけれど、そうしたことを理解する前に死別してしまった。
母が付与術師であったというのも、叔父や叔母が時々父について漏らす「あいつは上手くやった」という言葉の中に含まれていて知っているだけで、なんの付与術を得意にしていたかすら知らない。
「私の父も宝飾品のデザイナーだったんです。そういえば、このアトリエは父のアトリエに似ていますね。参考にしたのだから、当然なのですが」
「同じ道を志したんですね」
「はい。私の生まれは北部でも奥まった場所にあるので、冬の間は手仕事に従事する者がとても多く、こうした宝飾品の文化が盛んなんです。私は結婚で王都に来ましたが、今でも一番の師匠で最大のライバルは父です」
中央区の宝飾品店に勤め、侯爵であるウォーレンの接客を任されているということは、おそらく店でも腕利きの鑑定士であり、デザイナーでもあるのだろう。
「本当はもっと実家に帰って、時々は父の仕事を見たい気持ちもあるのですが、行き来だけで二か月近く掛かってしまう場所なので、中々難しいですね――いやですわ、私ったら、自分のことばかり話してしまって」
「いえ、ロクサーヌさんのお話、楽しいです」
ロクサーヌの声はゆったりとしていて話し方が丁寧なこともあり、言葉を交わしているだけでリラックスできている気がする。
このアトリエがとても懐かしい雰囲気であることもあいまって、年がそう離れていない彼女には失礼になりそうだけれど、ほんの少し、母と話をしているような、そんな気分になった。
「それならよろしかったです。製作した宝飾品のメンテナンスやリフォーム、使用するご相談なども承っていますので、いつでもご来店くださいね」
ロクサーヌは鏡をオーレリアの前に置き、ネックレスの鎖が並んだ箱を用意する。少しずつ長さの違うチェーンを実際にあててみて、オーレリアにちょうどいい長さを選ぶらしい。
「この長さが最も映えると思うのですが、いかがですか? 鎖骨の上に軽く載る長さが、石がよく目立つのですが」
「はい、いいと思います」
「では、こちらの長さでお作りしますね。それから、指と手首のサイズも測らせていただいてもよろしいでしょうか?」
作るのはイヤリングとネックレスなのに、手首と指のサイズも必要なのかと不思議に思っていると、ロクサーヌは穏やかに微笑む。
「宝飾品店にとって顧客の情報は、急務の際にとても重要なものになったりするのです。たとえば明日突然、とても高い身分の方と晩餐を共にすることになったけれど季節とドレスに合う宝飾品がないとなったときや、昔作った宝飾品のサイズが合わなくなってしまっていたというときに貸出しなども行っておりますし、そうした突然のニーズに応えられるかが、宝飾品店の腕の見せ所ですので」
サイズと使用シーンに合っていない宝飾品は不格好で悪目立ちするので、着けない方がマシなのだという。
「そういうこともあるんですね」
オーレリアは庶民であるし、ある程度そうした装いに不備があっても寛容に接してもらえる立場であるらしいけれど、一方で侯爵家の当主であるウォーレンの婚約者でもある。
いざというときウォーレンに恥をかかせることがないよう、そういうことも覚えておいたほうがいいのだろう。
ロクサーヌに言われるまま十指のサイズと手首、肩幅に、耳たぶの厚さや顎からの位置まで測られた。
「些細なことでも構いませんので、何かあったら、いつでもご連絡ください」
おっとりと言われてロクサーヌから名刺を貰い、丁寧に受け取る。
計測のために手袋を外した指には小さなタコやインクの染みが残っていて、上品で優雅な雰囲気の彼女が確かに職人であるのだと伝わってきた。
「完成を楽しみにしています、ロクサーヌさん」
ロクサーヌはぱちぱちと瞬きした後、優しく微笑む。
「誠心誠意、オーレリア様を引き立てる品をお作りさせていただきますね」
* * *
「本日はご来店ありがとうございました。お呼びいただけましたら、お屋敷まで伺いましたのに」
「いや、久しぶりに彼女と出かけたい気持ちもあったから、ちょうどよかったんだ。対応してくれて助かったよ」
オーレリアたちが出ていくと、すぐに新しいお茶が運ばれてきた。熱いお茶を傾けると、無性にほっとする。
選んだデザインは蔦と花をモチーフにしたシンプルな形のもので、着けて並べば一目で揃いで作ったと分かるものだ。
オーレリアは定期的に王宮に足を運んでいるし、ウォーレンもその付き添いをすることが多いので、納品されればいずれ人の目に触れる機会もあるだろう。
――アイクにはからかわれてしまうだろうか。ヴィンスは口には出さないだろうが……。
弟たちはどうも、籍を抜いた兄の婚約に興味があるらしい。ヴィンセントは自分の婚約が上手くいくかどうかの瀬戸際で年の離れた兄の縁談に関わっている場合ではないだろうに……いや、だからこそだろうか。
王族には、プライベートを相談できる相手というのは意外と少ないものだ。特にレイヴェント王家は先王の時代に三人も王子がいたにも関わらず、王太子、第二王子と子宝に恵まれないことが続いて、今も傍系を含めても王族の数は多いとはいえない。
ただでさえ年の近い王族が少ない上に、同性となるとさらに極端に減ってしまう。そんな中で王族籍を抜けた、けれど血のつながった兄というのは、ほどよい距離感なのだろう。
慕ってくれる弟に、もっと親身になってやりたい気持ちもあるけれど、必要以上に王家に近づけば何のために籍を抜いたのかとなる。自分たちだけならばともかく、周囲は決してそれを好意的には受け取らないだろう。
「グレミリオン卿、本日は首飾りと耳飾りを承りましたが、似た意匠で婚約式に合わせて、指輪などいかがでしょうか」
「婚約式……」
「はい。以前お伺いした時には婚約の品というお話でしたし、本日見た限りですと、オーレリア様は指輪を着けていないようでしたので」
「ああ、うん」
婚約の証として宝飾品を贈る場合、一番よく選ばれるのが指輪であることくらいはウォーレンも承知している。今回は互いに贈り合うものなので、それを婚約の証にするのは貴族としてはあまりにも不甲斐ない。
「婚約式のことは、あまり考えていなかったな。彼女がとても忙しい人だし、負担になるだろうから」
「高位貴族は夜会も含めた大々的な婚約式をするのが主流ですが、最近では教会を通さず、双方の家族や友人を招いたご身内だけの小さなパーティで行う婚約式も流行していますよ。春の薔薇が咲く庭園でガーデンパーティがてらというのも良いかもしれませんね」
高位貴族同士の婚約はほぼ確実に結婚が決定されているものなので、結婚式に準ずる規模で行うことになるけれど、未婚の貴族の婚約は社交界で出会い交流を持ちつつ親の意向も兼ね合わせて決まることが圧倒的に多いため、その時の情勢によって結ばれたり破棄されたりすることも時々あることだ。
これまで婚約式に呼ばれた経験はないものの、そうした事情から婚約式をやるにしても小規模でというのは、そう珍しくないのだろう。
オーレリアの後見人であるウィンハルト家の人々や、彼女が王都に来て世話になった人たちと、黄金の麦穂のメンバーや友人たちを集めて、食事を振る舞い、婚約を祝ってもらう。
それはとても素晴らしいことのように思えるけれど、提案してもどうして? と思われるだけだろう。
「考えておくよ」
結局そうとしか言えなかったけれど、オスカーは深追いせず、深く頷いた。
「ご用命がありましたら、いつでもご連絡ください。顧客情報として本日、オーレリア様の指のサイズなども計測させていただいておりますので」
「……前向きに、考えてさせてもらう」
一流の商人とは恐ろしいものだ。冒険者とはまた違う用意周到さがある。
しみじみとそんなことを思いつつ、お茶を傾けるウォーレンだった。




