138.宝飾品店と薔薇色の黄金
水曜日、王都の中央区の通り沿いに馬車が停まると、ウォーレンが素早く降りて、エスコートの手を差し伸べてくれる。
まだこうした令嬢扱いは気恥ずかしいけれど、ありがたく手を借りて馬車を降りると、ふわりと冷たい、けれど少し前とは明らかに違う僅かな暖かさを含んだ風が頬をかすめて行った。
「やっぱり、今日は少し暖かいですね」
「うん、晴れてよかった」
アウレル商会の初めての決算期を無事終えて、王都の冬はいよいよ終わりを迎えかけていた。忙しかった日々にようやく一息吐ける隙間が生まれたことで、今日は一日休日として、かねてからウォーレンと出かけようと話していた宝飾店に向かうことになった。
今日向かうのはそれなりに規模のある宝飾品店ということもあり、ウォーレンはフロックコートを、オーレリアは冬用のすこしカジュアルなデイドレスに身を包んでいる。自然と右手を差し出したウォーレンの肘に手を掛ける。
隣に女性を連れているときにエスコートもせずに歩くのはウォーレンの恥になるらしいので、少し気恥ずかしいけれど外を歩くときはおおむねこのスタイルが定着している。
「馬車ではたまに通っていましたけど、中央区を歩くのも久しぶりです」
防犯上の理由からあまり気楽に一人歩きできなくなってしまったけれど、街並みの中を自分の足で歩くと言うのはやはり楽しいものだ。この辺りには宝飾店の他仕立て屋や雑貨店なども軒を並べていて、ショウウインドウの向こうはなんともキラキラしている。
「俺も馬車で通ることはあるけど、こうして歩くのは久しぶりかも。折角の休日だし、用が終わったら食事をして、あちこち見て回らない?」
「はい、ぜひ」
穏やかに話をしながら馬車止めからそう歩くこともなく、ウォーレンが足を止めたのはフェルミナス商会と看板の下がっている看板の前だった。
古めかしいレンガ造りが重厚な雰囲気を与え、扉は艶々の年代物の樫の一枚板で細やかな彫刻がされている。警備を兼ねたスタッフが扉の左右に立っている、本物の高級店だ。
さすがにやや緊張したものの、ウォーレンが店主と約束をしていると告げて名刺を差し出すと、警備員はようこそ、と丁寧に礼を執って重たげな扉を開けてくれた。
「グレミリオン卿、ならびにご婚約者様。ようこそいらっしゃいました」
銀の髪を後ろにさらりと撫でつけた紳士に丁寧に挨拶をされる。ついお辞儀を返したくなるが、こうした店舗での挨拶はウォーレンが鷹揚に頷き、隣にいるオーレリアは軽く微笑むのが正式なマナーだ。
高級店に来る機会など滅多にないけれど、礼儀作法を叩きこんでくれたアリアとレオナには感謝するばかりである。ウィンハルト家での講習がなければ、自分の性格だとぺこぺこと頭を下げかねない。
「オスカー、彼女が婚約者のオーレリア。今日はよろしく。」
「本日はよろしくおねがいいたします」
オスカーは丁寧な所作で、店の奥の個別の商談室に案内してくれた。すぐにお茶が運ばれてきて、ブルネットの女性が同席する。その女性はロクサーヌと名乗り、鑑定士であり女性向けの宝飾品のデザインにも詳しいのだとオスカーに紹介を受けた。
「本日は、揃いの宝飾品をご所望ということで、カタログを用意しておきました。ごゆるりと、気に入るデザインなどお選びいただけたらと思います。すでに何を作るかはお決めになられていますでしょうか?」
「オーレリアにはデイドレスと合わせるイヤリングとネックレスをと思ってるんだ」
「私からは意匠を合わせたカフスボタンとネクタイピンをと考えています」
あらかじめ、何を贈り合うかは話し合っていたのでここまではスムーズだったけれど、なるほどと頷いてオスカーが用意したカタログの厚さに、ついしり込みしてしまう。
とりわけ女性用の宝飾品のカタログはまさしく鈍器という厚さであり、軽くめくってみるだけでびっしりとデザインが記されていた。
「今の流行ですと、ナチュラリズムと呼ばれる自然造形を取り入れたデザインが人気が高く、このような花をモチーフにしたもの、流れる蔦をモチーフにしたものが特に広く好まれています。石を嵌める場合はご利用者様の瞳や髪の色と合わせると、ドレスとも合わせやすいかと」
「なるほど……」
「また、こちらのように雨の滴型もここ最近人気が上がってきたデザインです。こちらのように右にクレオール型、左にスター型とデザインをあえて変えて、星と月のモチーフとして使う方も多いですよ」
「とても、素敵ですね」
だが、スタンダードを外して遊び心を取り入れるのは上級者の楽しみ方だろう。オーレリアが望むのはそれなりの場に着けていっても浮かない、スタンダードなアクセサリーである。
「お二人でデザインを合わせるのでしたら、蔦の文様のものがお勧めです。男性向け、女性向けどちらでも素敵な意匠が多く選びやすいですし、どのシーンのドレスや服に合わせてもそっと輝きを添えてくれますので」
ロクサーヌが流れるように提案してくれるのをうんうんと頷き、時々隣のウォーレンを窺う。
「そうだな、オーレリアにはどれも似合うと思う。地金は金がいいかな。肌が白いから、銀だと沈んで見える気がするんだけど」
「ご婚約者様には金がお似合いかと思います。もしくは、ローズゴールドも映えるかと」
「ローズゴールド?」
「ダンジョンで産出される貴金属の一種で、淡く紅い色を帯びた金の一種です。産出量があまり多くはないのと、採掘に手間がかかるので希少な金属ですが、色に独特の美しさがあり、好む方も多いのです」
ロクサーヌは小分けの標本箱を取り出して、そのうちのひとつを指す。
「こちらが通常の黄金で、こちらがローズゴールドです」
「思ったより、大分赤みがつよいんですね」
「はい、地金にかなり主張が強く生半可な石だと負けてしまうため、象嵌せずにあえてこれだけで宝飾品を作ることも多いです」
「ダンジョンで産出されるということは、付与の入りもいいのでしょうか」
「はい、魔鉄より付与が長続きするとのことで、非常に美しい金属で宝飾品の価値も高いですが、象牙の塔に買い取られることも少なくありません」
「黄金としての性質も保持しているので腐食に強く、色合いも特別感があるので永遠の愛を誓いあう二人にはよく選ばれていますよ」
オスカーが追加で言い添えてくれて、オーレリアはじっと標本を覗きこむ。
確かにとても美しいし、印象的な色合いで、それだけでも十分な価値があるけれど、魔鉄より付与が入るというのが気になる。
――どうせなら、何か付与を入れて贈りたい。
ウォーレンは悩みの多い人だし、本人は無意識だろうけれど、時々胃の辺りに手をやっていることもある。
【鎮痛】などの肉体に直接影響を与える付与は医療付与と呼ばれ、神殿で多額のお布施を払って付与を行うものであり、民間の付与術師には厳しく規制されている行為なので難しいけれど、【安眠】や【幸運】などはどうだろうか。
カフスをつけている時にぐうぐうと寝始めかねないので、付与の内容は十分考える必要があるだろうけれど。
「オーレリアが気に入ったなら、これにしよう」
「はい、あの、このようなことを尋ねるのは不躾かと思いますが、ローズゴールドはどの程度の価格帯なのでしょうか」
「そうですね、時価になりますが、黄金の四倍ほどになるかと」
そこから宝飾品にするまでの加工費やもろもろの経費がかかるとのことで、カフスとネクタイピンでの概算はかなりいいお値段だった。
王宮からの支給金だけだとギリギリ足りるかどうかだけれど、幸い、身の丈に余るほどの収入を貰っているため支払いには問題ない。
「ええと、私がウォーレンに贈るのはこれがいいと思うんですけど、その」
「勿論、俺からもそうさせてくれ。お揃いにするのを楽しみにしていたんだし」
ウォーレンは笑った後、少し照れくさそうに、顎を軽く掻く。
「一緒に作りに来た思い出になるから、是非」
「はい」
ウォーレンの照れが移ったようにオーレリアも少し頬を赤く染め、ではこれを地金にしようと決める。
デザインが、石の種類は、他の宝飾品と合わせる時の相性はとその後も決めることは多かったけれど、これがウォーレンには似合いそうだ、こっちの方が華やかでオーレリアには似合っていると言い合いながら選ぶ時間は中々楽しいもので、ビジネス相手のオスカーとロクサーヌが時々、温かくも微笑まし気な視線を向けていることには二人ともついぞ気が付かなかった。
あけましておめでとうございます。
年末年始はこんなに寝れることってあるんだ……というくらい寝ていました。
今年もお付き合いいただけると幸いです。




