137.打ち上げと不思議な縁
「お疲れ様でした!」
たっぷりとビールを注いだカップで乾杯をし、拠点のリビングは華やいだ空気だった。
その日の夕方、無事ナプキンの税率を日用品の五%まで下げることを認められたアリアの凱旋に、ビール瓶の詰まった木箱を抱えたウォーレンも呼ばれ、ジーナとジェシカが屋台から色々な料理を買ってきてくれて、ささやかなお祝いの席を開くことになった。
テーブルの上に並べられたのはローストポークにポークチョップ、トマトや野菜とともに煮込まれたソーセージの他、フィッシュアンドチップスやスモークサーモン、クリームコロッケにグリルした野菜の盛り合わせなど、色とりどりでとても賑やかだ。
ころころと丸い形のドーナツや、ストゥルーデルと呼ばれる、薄く伸ばした生地に細かく切った林檎やドライフルーツを巻き込んで揚げ焼きにしたお菓子もあって、目にも楽しい食卓である。
「二人とも、本当にお疲れ様でした。無事税率が通って、本当によかったです」
「ありがとうございます。意見が通ったのは嬉しいですし、安心もしましたけど、正直どっと疲れました。しばらく財務局の人たちの顔は見たくありません」
率直に言うアリアのカップに新しいビールを注ぐと、向かいに座ったアルフレッドは小ぶりなクリームコロッケを口に放り込み、にやりと笑う。
「いやあ、頭の固い財務局が一度の申し立てであっさり認める可能性は、正直そんなに高くないと思っていたんだけどね、アリア嬢の演説が随分効いたとみえて、まさに完勝だったよ」
「アル、一度で認められなかった場合、どうするつもりだったんですか?」
「そりゃあ、また別の方向から攻めることになるさ。法に触れないけどあっちがいい加減にしてくれって思うようなやり方はいくらでもあるよ」
「アルフレッドが言うとほんとに相手の胃に穴が空きそうだもんなあ。ちなみに、それってどういう方法なんだい?」
「アリア嬢とオーレリア嬢の好感度のためにも、ノーコメント」
「なんだそれ」
「必要ならやるけど、必要ないなら今後の良好な関係のためにも踏み込まないほうがいい領域があるって話。連中も王宮から出ればただの夫だったり父親だったり誰かの婚約者だったりするわけで、多少調べれば心情的な攻めようはいくらでもあるよ」
財務局の連中は恨みを買うのには慣れているけれど、恨むほうにはあんまり慣れていなさそうだしね。慣れてない奴の相手は怖いよと続ける口調はあっさりとしたものだ。
「アルフレッド、人に恨まれるのが怖いって感覚、あるんだ」
「どいつもこいつも、僕に対して微妙に失礼じゃないかい? 交渉っていうのは相手を叩き伏せて気持ち良くなればいいってもんじゃないんだ。引き際をわきまえてなければとっくに刺されてるよ」
黄金の麦穂のメンバーは三人とも口をつぐんだけれど、アリアは随分感銘を受けたらしい。二杯目のビールを飲み干すと、少し熱っぽい声で言った。
「アルフレッドさんの資料も攻め方も、すごくためになりましたよ。私は商売のやり方については学んできましたが、ああした交渉の場に場数があるわけではありませんから、弟子にしてほしいくらいです。本当にアウレル商会の顧問会計士になりませんか?」
ストレートな勧誘にアルフレッドは苦笑して、軽く肩を竦めてみせる。
「買ってもらえるのはありがたいけど、僕にも色々と事情があってね。冒険者パーティの会計係くらいが一番身軽で性に合っているよ。まあ、アリア嬢は支払いもよかったし、ウチの連中が世話になっているから、また何かあったら声を掛けてくれたら力になるよ」
「こんなことを言っていますけど、交渉ごとで恨みを買ったら、まずアリアさんの横にいるアルが何か吹き込んだんだろうってなりますから、完全な身内にするより外部からの助言者って形でいたいんだと思いますよ」
「ジェシカ、余計なことを言うなよ」
「子供の頃から露悪的で困った人なんですよ」
苦い表情をするアルフレッドにまったく構う様子がなくジェシカは笑っている。
「お二人は、冒険者になる前からの知り合いなんですか?」
「家同士が親しくて、幼馴染ですね。一時は婚約の話も出たくらいで」
「えっ」
親し気ではあるもののそうした空気を感じたことがなかっただけに驚いたけれど、アルフレッドは否定するように軽く手を左右に振った。
「ジェシカは昔から本の虫だったから、家が手近なところでまとめようとしただけだよ。十で高等学校を卒業するような怪物と結婚なんて、無茶を言うよ、ほんとに」
「それに、アルには意中の方がいましたから。十六になるのを待って私が家を出たので、その後はうやむやになったんですけど、まさか同じ冒険者パーティに入ることになるなんて、思いませんでした」
「まあ、仕事仲間としては悪くない奴だよ」
うふふ、と頬に手を当てて笑うジェシカは、そうした奇遇な流れを楽しんでいるようでもある。
「長い付き合いなんですね。そういえば、ウォーレンとライアンさんも幼馴染ですし」
「あたしもエリオットとは家が近所で子供の頃からの付き合いだよ。ウォーレンとエリオットが知り合って、あたしとジェシカが友達になって、横のつながりでつるむようになって黄金の麦穂が結成ってわけ」
ゴールドランクの冒険者パーティの意外な成り立ちに感心しつつ頷き、アリアがビールを注いでくれたので、ゆっくりと傾ける。
「私がアリアと友達になって、ウォーレンと知り合って、今こうしているから、不思議な縁ですね」
王都に来た日は友人どころかその日眠る場所すらなくて呆然としたものだったけれど、様々な幸運と縁によって、今はこうしてここにいる。
最初は転んでしまっても、起き上がった後はいい出会いばかりだった。
「エリオットとは酒場で飲み比べになったんだよなあ。あの頃は俺も結構尖ってて、会うたびに勝ったり負けたりしてるうちに友達になってた」
胃が弱そうなのにそんなことをして大丈夫なのかと心配になるけれど、思えば鷹のくちばし亭にいた頃、ウォーレンと出かけると大体夜はお酒を飲んでいたし、彼も相当強い方だ。
「ま、みんな結局、気が合ったってことだね。改めて乾杯しよう。アリア嬢の健闘と、勝ち取った税率と、僕たちの不思議な縁に」
「はい! 乾杯しましょう!」
「乾杯!」
笑い合って、カップをぶつけ合い、また笑う。
胃が痛くなるようなことは今でも多いけれど、最後にこうして気の置けない人たちと笑い合えるなら、きっと何があっても大丈夫だ。
今は心からそう信じられる。
それが何より、嬉しく感じられた。




