136.姉とお説教
「アリア、帰ったらお話があります」
異議申し立てが終わり控室に案内された直後、エレノアと共にやってきた姉に開口一番そう言われて、思わず表情が曇る。
公式の場とはいえ未婚の貴族の娘である自分が花の時期について堂々と説明を口にしたのだ。その場にいた大半は爵位持ちか、そうでなくとも貴族の出身の男性ばかりである。
貴族の社会はまだまだ男性中心に回っている。商人としてはともかく貴族の令嬢としては「進んでいる」女は好まれない傾向が強く、今後王都に深く関わっている貴族の家から縁談がくることはほぼなくなるのは目に見えており、レオナの言うお話がお説教であるのは間違いない。
「私は後悔はしませんよ、お姉様。ナプキンはこの先世界中に必要とされるものですし、その出発点でケチがつくのは、広がる速度を落としこそすれいい方には働きませんでした」
そう主張することを、レオナは最初から分かっていたのだろう、表情を曇らせて、きっぱりと言う。
「それでも数年でナプキンの広がりと有用性を証明しつつ、ウィンハルト家のロビー活動で日用品にまで税率を落とす改案を提示することは可能だったわ。あなたが評判を落としてまでする必要のあることだったの?」
「あることでした。アウレル商会は来年は来年の、数年後は数年後の事業に取り掛かっているはずです。ナプキンは非常に有用な商品ですが、それだけに手を取られているわけにはいかないのです」
「まあ、乾燥中敷きは今や紳士の必需品とまで言われているものね。先だっての新聞広告からこちら、とんでもない売れ行きだと聞いているわ」
エレノアのとりなすような言葉に、アリアはしっかりと頷いてみせる。
「ジャスマン商会も工場をさらに広げる段階に入っています。いずれ王都を飛び出して近隣の都市からの需要が殺到するのは、間違いないでしょう」
「あの慎重なジョルジュがこうも性急に設備投資を決めたのだから、将来性と継続性を強く認めたことになるわ。アリアさんの名が落ちるなど一時のこと、来年には求婚を申し出る列がウィンハルト家の門から長く伸びることになるのではないかしら」
エレノアは面白がるように言うけれど、レオナは困ったように表情を曇らせたままだ。
アリアとしても、そんな求婚者などこれっぽっちも求めていないし、列など作られても困るばかりである。
「お姉様。私のようなはしたない娘がウィンハルト本家にいるのが家の迷惑になるようでしたら、家から出していただいても構いません。私も、家の足手まといになることは本意ではありませんので」
オーレリアの後見人には、すでにグレミリオン侯爵家の名が連なっている。ウォーレンなら婚約を解消する日がきたとしても引き続きオーレリアを守ってくれるだろうし、自分もこの先、貴族の娘として家の役に立てるとも、もっといえば、家の役に立つために行動を制限する気もない。
元々前回の婚約が破綻した後、両親と姉からは結婚に縛られず好きにしていいと言われてはいるけれど、家の役に立てない娘がいつまでもウィンハルトの名を名乗って家の威光を利用するのもあまり良いこととは言えないだろう。
「馬鹿なことを言わないでちょうだい。まったく、あなたは……」
だがレオナは、こめかみのあたりに指を添えて、ほう、と息を吐いた。
「そうやって感情で物を言っているうちは、まだまだ一人前とは言えません。あなたを今のまま野に放つなんて、心配で夜も眠れなくなってしまうわ」
「……私は、これからもアウレル商会に必要だと思えばいくらでも「はしたない」ことをしますよ。今のうちに放っておいたほうが、安らかに眠れたと思うようになるかもしれません」
レオナは勧められるのを待たずに椅子に座り、エレノアも面白がるような表情を隠さないまま、その隣に腰を下ろす。
「アリア、あなたはウィンハルト家の娘です。商売の上で必要だと思ったからああして、それを誰に恥じることもないと思っているのでしょう」
「それは、勿論です」
「なら、それに関しては胸を張っていなさい。私が言いたいのは、どうして事前に私に相談しなかったのかと、その一点です!」
きっぱりと言われて、その迫力に思わず顎を引く。
「だ、だって、言えばお姉様は反対を……」
「苦言は呈しますよ。私はあなたの姉で、あなたより少しは世の中のことを知っています。あなたが嗤われたり傷つけられるかもしれない場に挑もうとするなら、もう少しよく考えてはどうかと告げるのは私の役割よ。……でもね、私があなたが選んだ道を、最後まで反対したことは、なかったはずよ」
「……それは、まあ」
友人たちもグルで裏切られた婚約を破棄したあと、一番怒ってくれたのは間違いなく、レオナだった。
莫大な慰謝料と責任の追及を取り付け、その後アリアを無理に結婚させないほうがいいと両親を説得してくれたのも、高等学校を卒業した後は家に引きこもっていたアリアに、図書館で仕事をしてみてはどうかと言ってくれたのも、レオナだ。
オーレリアのパートナーとして事業を始めることに急ぎ過ぎではないかと言いつつ資金を用立ててくれたし、レオナの性格ならばオーレリアとザフラーン帝国の「褒賞」についても言いたいことは色々とあるだろうに、のらりくらりと躱しているアリアの態度に強硬な手段はとらずにいてくれている。
子供の頃から両親は仕事が忙しく、傍にいてくれたのはいつもレオナだった。
姉妹喧嘩をすることもあったけれど、最後は仕方ないわねえと折れてくれる姉だ。
「……ごめんなさい、お姉様」
「分かったならいいわ」
素直に謝れば、こうして受け入れてくれる。
帰宅してどれくらいかは分からないけれどお説教を聞くくらい、世話を焼かせてばかりの妹としては当然のことだろう。
「そうよ。レオナさんや私に相談してくれれば、今日までに何人か財務局の職員を落としておくこともできたのに。まあ、アルフレッドから手を出すなと釘を刺されていたし、彼がアウレル商会に付くと聞いたので、心配はしていなかったけれど」
ちらり、とエレノアが視線を向けるとそれまで黙っていたアルフレッドがにやりと口角を上げて笑う。
「エレノア女史にそこまで言ってもらえるとは、光栄だね」
「我がギルドもあなたには手を焼いているもの。今回の話を聞いた時は、財務局が気の毒になったくらいよ。アリアさんの申し立ては実に堂に入っていたけれど、脚本を書いたのはあなたでしょう?」
「悪事の黒幕みたいに言わないでほしいなあ。エレノア女史だって乗った話じゃないか」
「どういうことですか?」
訝し気に問いかけるレオナに、アリアはこほん、と小さく咳払いをする。
「冒険者ギルドは、女性冒険者がより探索を快適に行えるように環境を整えてきました。女性冒険者が男性冒険者並みに探索するようになれば、単純に冒険者人口が増えますし、特に深層の探索に不可欠な水の魔法使いは女性に有意に多く発現するので、冒険者を志すハードルは低いに越したことはありませんから」
「それはそうでしょうね」
「ですので、まあ、冒険者ギルドもグルで、多少嘘にならない程度に数字の改変を……」
「アリア……」
「本当にちょっとだけです! 春をめどに移動していく冒険者パーティをもう移動したことにしたり、成人後は冒険者登録を控えている候補生たちを数に入れたり、微々たる調整をしただけです」
「……エレノア様」
「ギルド長も了承の上です。それに、実際その流れが来ていることだし、来年にはただの事実になっていますよ。それに、商業ギルドのカミロからも後押ししてほしいと頼まれたし、やんごとなき方から、それとなく、アウレル商会の味方をしてほしいとも言われていたの」
王家によく出る緑の瞳を持つ侯爵家出身のエレノアの言う「やんごとなき」方といえば、この国では三人しか該当しない。
二人の王子か、それとも国王か――。レオナは緊張した面持ちで、浅く頷いた。
商売において、公権力が強権をふるうことはあまり良い結果を招くとは言い難い。
王家御用達を看板にする商会もあるけれど、そうした商会は品位を守ることを大前提にするため、特定の商品のみを扱う老舗の道に進みがちだし、守る荷物も多くなってしまう。
王家の紐付きだと思われることで出る影響も少なくないだろう。新興商会として勢いよく駆けあがっている最中のアウレル商会には、むしろ足かせになりかねない。
それもあってエレノアは傍聴に参加はしても表立ってアウレル商会の後援には出張らなかったし、今も言葉を濁しているのだろう。
「あの場には法務官や筆頭審議官まで参加していたことだし、財務局はそちらの顔色も窺わなければならないでしょうね。ほほ、いまだに男性だけで回している財務局の面々が、どう判断するのか、想像すると愉快だこと」
審議の結果は、今話し合われていることだろう。
どんなに手を尽くしても、回したサイコロの目は止まってみるまでは分からない。
「大丈夫だよ、アリア嬢」
無意識に、きゅっと手を握っていたアリアに、アルフレッドがいつも通りの人を食ったような声で告げる。
「言っただろう、僕は負ける勝負はしない主義だって。アリア嬢はどんと構えて、望む答えが出るのを待っていればいいのさ」




