133.姫君と冒険者と付与術師の秘密の時間
「冒険者って、ダンジョンの探索者だと聞いているけれど、女性も冒険者になれるのね」
ほう、と感嘆したように言うセラフィナに、ジェシカははい、とにこやかに頷く。
「戦闘や荷運びとなるとどうしても力の強い男性が有利になりますが、ダンジョンには有用な希少鉱物類も多く産出しますし、狭く入り組んでいる場所も多いので小柄な女性のほうが優位に採取できる場所も少なくありません。実際、冒険者の四割は女性ですし、冒険者のうち半数は、採取や探索が専門の、戦闘を行わない仕事です」
「あたしたちは戦闘も参加するけどね。結構珍しい部類だよね」
「はい。身を守るため最低限の戦闘力はあるに越したことはありませんが、逆に戦闘力を持たない者の調査や採集目的の冒険者のために、護衛を専門とする冒険者もいますよ」
セラフィナにはそれらは新鮮な話のようで瞳をきらきらとさせて二人の話に聞き入っているけれど、オーレリアとしても初めて聞く話も少なくない。
冒険者ギルドと取引をし、周囲に冒険者も多いけれど、実際の探索の話を聞けばいつも驚くことの方が多いくらいである。
「ザフラーン帝国には、女性の冒険者はいないのですか?」
「ザフラーンにはダンジョン自体が存在しないの。それに危険な仕事は男性が担うものとされていて、女性にそうした仕事をさせると土地の管理者が罰されることもあるくらいだから」
「あら……ダンジョンが存在しないということは、魔物もいないということなのでしょうか?」
「いえ、魔物は普通にどこにでもいるわ。森に出たり、たまに村や町に入り込んで退治されることもあるみたい」
ジーナとジェシカが驚いた表情で顔を見合わせるけれど、オーレリアもこれには驚いた。
「中央大陸では、魔物はダンジョンからのみ生まれるもので、ダンジョンの外に出る魔物はいても、繁殖はしないと言われていますが」
「中央大陸ではそうだと伝聞は僅かに伝わっていたのだけれど、それが事実だと知った時にはお兄様もとても驚いていらしたわ。だから、国から国に移動するたびに冒険者ギルドに訪問して、ダンジョンとはどういうものか、管理や運営はどう行われているのか視察しているの。お兄様としてはダンジョン自体にも視察に行きたいようなのだけれど、冒険者のライセンスを持っていなければ立ち入りは不可なのですってね」
「そうですね。周辺を散策するくらいならできるかもしれませんが、基本的には王侯貴族でも冒険者として登録をしなければ、入場は禁止されています。ダンジョン内で万が一全滅したときは、死体が残らないケースがほとんどなので、生死を確実にしておかねばならない立場の方は、そもそも入るのを忌避されますね」
「貴族の跡取りがダンジョン内で行方不明になって生死不明になって、弟が家を継いだけど十年くらいして戻って来てお家騒動、なんてこともたまーにあるからね。本人はよくても家が難色を示すことも珍しくないみたいだよ」
「戻ってきたのが本人ならともかく、実は死を偽装して駆け落ちしていてご落胤が、というと、もう泥沼なんですよね……」
どうやらそれなりに実例があるらしく、ジーナもああいうのは家族も困るだろうねえと頷いている。
それを聞いてセラフィナも、頬に手を当てて憂い気な様子だった。
「カイラムお兄様が行方不明になられたら、とても困るわ。大お兄様はきっと、行方不明になられたダンジョンを封鎖させて、大量に人を投入して探させるでしょうし……」
「エディアカランは王都の経済の根幹を支えているダンジョンですので封鎖は民衆の反発を招くでしょうし、ダンジョンの実効支配を恐れて王家も許さないでしょうから、戦争を辞さない覚悟になりますね。エディアカラン以外のダンジョンでもほとんどのダンジョンは近くの都市の重要な財産でもあるので、そういう事態を防ぐために、ギルドは高貴すぎる身分の方には冒険者の登録を拒絶することもありますよ」
冒険者ギルドは国を跨いだ大きな組織であり、国家に対してそれなりの発言力も持っている。
その仕事はダンジョンの管理と冒険者の活動の保護と育成なので、あらかじめ問題になりそうな芽を摘む権限もあるということなのだろう。
「でも、ダンジョンがなくて魔物がその辺にいるっていうのは驚きました。その、魔物って人を襲うんですよね?」
「積極的に襲ってくる奴もいるし、スライムみたいに臆病で人気のあるところには出てこないのもいるね」
「西大陸では、スライムも野辺に生息しているのでしょうか?」
「どうなのかしら。サーリヤ、知っている?」
セラフィナが声を掛けると、壁際のソファにゆったりと座っているサーリヤのうち、妖艶で肉感的な美女が背筋を正し、はい、と頷く。
「川や湖には比較的多く生息しています。おそらくですが、ダンジョンに出るスライムより、帝国の個体は相当小さいのではないかと思います」
「小さいとは、どのくらいのサイズなのでしょう」
「帝国のスライムはおそらく、こちらで流通している銅貨ほどのサイズかと」
ジーナがベルトから提げたポーチを探り、小さな革の巾着を取り出して中から銅貨を摘まみ上げる。それをテーブルの上に置くと、ううん、と唸った。
「ジェシカ、これくらいのサイズでもスライムって言うのか?」
「少なくともエディアカランで観察した中に、これほど小さなスライムはいませんでしたね」
「あの、私はスライムは実物を見たことがないのですが、ダンジョンのスライムはどれくらいなんですか?」
ジーナとジェシカは両手でろくろを回す形をつくり、「これくらい?」「これくらいでは?」と言い合っている。
おおむね三十センチから四十センチ前後というところらしいけれど、銅貨と比べると、確かに同じ生き物であるかも疑わしいほど大きさが違っている。
「まあ、そもそも人前にあまり出てこない生き物ですし、どうやって増えるのかもまだよくわかっていない部分が多いので、見たことがないだけでダンジョンにも小さなサイズがいても不思議ではないのですが」
「え、スライムって分裂で増えるんじゃないの?」
「栄養状態が良いと分裂で増えますが、それにしては個体数が多いことと、色や形にそれなりのバリエーションが多いことから象牙の塔では意見が分かれるところですね。捕獲して観察したいところですが、ダンジョンの外では繁殖しないと言われているので、中々難しいんです」
ジェシカが、魔石は魔物にひとつしかなく、その魔石自体が増える理屈もまだ解明されていないのだという。
「野生生物に交じって魔物が存在しているなんて、とても不思議です。西大陸に調査に行きたいくらいですね」
「面白いわ。大陸が違うだけで、こんなに違うなんて」
セラフィナは嬉しそうに、とろけるように微笑む。
「ねえ、二人はどんな冒険をしてきたの? もっと色々、教えてちょうだい」
「そうですね。ではジーナが五本の投げナイフで二十匹の一角うさぎを仕留めた話をしましょうか。ダンジョンの蝙蝠は凶暴な上に不衛生なので、仲間の風使いが複雑に空気を循環させて攪乱したところをジーナが見事しとめたのですが――」
「うわぁ、それよりジェシカが水魔法で水場を干上がらせた話のほうが派手で面白いんじゃないか!?」
セラフィナはくすくすと笑いながら二人の話を聞き入っているし、オーレリアもまだ聞いたことのない黄金の麦穂の話を聞くことができて、楽しかった。
そうしてカイラムの従者が訪ねてくるまで、女性同士の楽しくも秘密の時間は、あっという間に過ぎることになった。
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