120.三兄弟と相談
控室に戻ると、男性が三人に増えていた。
自分を待っていてくれたウォーレンと、先日会話をする機会のあった彼の弟でこの国の第一王子のヴィンセント、そしてもう一人、オーレリアよりいくつか年下に見える少年である。
ふわふわとした金の髪にまだ僅かに幼さの残る顔立ちで、オーレリアと目が合うとぱっ、と輝くように表情を明るくする。
「オーレリア、お疲れ様」
「お待たせしてすみません、ウォーレン」
初対面の相手はきちんと紹介してくれるはずなので、その向けられた笑みに軽く礼を執ると、少年はたまりかねたというようにソファから立ち上がり、大股でこちらに歩み寄ってきた。
ずんずんと近づいてこられると、その可愛らしいとすら形容できる顔立ちとは裏腹に、思ったよりも背が高い、思わず気圧されていると、ぎゅっ、と手を握られる。
「あ、あの」
「初めまして、僕はアイザックと申します! お会いできて光栄です、義姉上!」
「アイザック! そんなに勢いよく貴婦人に近づいては駄目だろう!」
「ほら離れろ」
ウォーレンに両肩を掴まれて引きはがされ、ヴィンセントにほら、大人しく座りなさいと促されて、少年はしぶしぶというようにソファの元の位置に戻ったものの、オーレリアと再び目が合うと、大きな緑の瞳をきらきらと輝かせている。
三人とも顔立ちに共通するところはないけれど、その瞳の色と輝きは、楽しいことがあったときのウォーレンにそっくりだった。
「――ごめんオーレリア。驚かせたね。紹介させてほしい。下の弟の、アイザックだ」
「オーレリア・フスクスと申します。ご無礼をお許し下さい、殿下」
ウォーレンはともかく、王子が二人もいるなら控室に入る前に教えておいてほしいと切実に思うものの、ここまで案内してくれた宮廷に勤めているらしい女性もおそらく、知らなかったのだろう。
「やだな、殿下なんてやめてください、兄上のお嫁さんなら、僕の義姉上ではないですか! どうぞ家族として、アイクとお呼びください」
「アイザック、オーレリアは妻ではなく婚約者で……」
「とても有能な方だと聞いています! あ、僕は第三騎士団に所属していて、第三騎士団には冒険者だった経歴を持つ者も多いので、そういう話が結構聞こえてくるんです。冒険者の中には義姉上に救われた者も多いと聞き及んでいて、どんな方かと会うのをとても楽しみにしていました」
「申し訳ありません、義姉上。アイクはまだ振る舞いが幼く……。アイク、初対面なのだからもっと紳士に振る舞いなさい。義姉上を困らせてしまっているだろう」
「いえ、あの、どうぞお気になさらず」
前回もそうだったが、この二人にとっては義姉上と呼ぶのは確定の様子だった。
ウォーレンにエスコートしてもらってソファに腰を下ろすと、すぐに新しいお茶が運ばれてきた。メイド服の女性はその場にいたヴィンセントとアイザックを見て一瞬硬直したものの、王宮に勤めているだけあって楚々とした振る舞いで四人分のお茶を淹れ、丁寧に礼をして控室を出ていく。
「義姉上、先ほどまで兄上からお二人の出会いについて伺っていたのです。兄上を助けたあと名乗らずに立ち去られたのに、偶然街で再会したそうで――まるで物語のようにロマンチックだなって」
「劇場で公演しても遜色がありませんね。そうだ、お二人がご結婚されたら大劇場で公演を打つのはどうでしょう。兄上は今や国家の英雄にしてプラチナクラスの冒険者です、民衆も喜ぶかと」
「素晴らしいですヴィンス兄上! 僕、ボックス席に通いつめます!」
「いえ、それはさすがに……!」
「やめなさい。――俺がそういうのが苦手だというのは知っているだろう。踏破のパレードだけでいくつ胃薬を飲んだか」
ヴィンセントとアイザックは顔を見合わせると、くすくすと肩を揺らして笑い合う。前回は非常に落ち着いた様子を見せていたヴィンセントであるけれど、アイザックと共にウォーレンの前にいると、弟としての色合いが強くなるらしい。
ちゃんと兄をやっているウォーレンも、何だか新鮮だった。
「義姉上、セラフィナ姫のご機嫌はいかがでしたか。僕、まだ一度も会えていないので、是非お話を伺いたくてお待ちしていたんです」
セラフィナがレイヴェント王国にやって来て、そろそろ二か月ほどが過ぎるはずだけれど、婚約者候補であるヴィンセントの弟であるアイザックがまだ一度も会っていないのに、少し驚く。
「ザフラーンの高貴な女性は、男性の前にはみだりに顔を見せないしきたりがあるので、基本的に王宮でセラフィナ姫と面会できる男性は実兄のカイラム殿下と私だけなんです。とはいえ私も、あまり頻繁には会っていただけませんが」
面会が通るのは一週間から十日に一度ということらしく、暦が悪いと半月以上顔を合わせないこともあるらしい。
女性とはいえ外部の人間であるオーレリアには割とカジュアルに面会しているので、やはり徹底的に男性を遠ざける習慣なのだろう。
「セラフィナ様は、お元気でしたよ。ザフラーンの楽器が奏でられていて、あちらのお菓子とコーヒーをいただきました」
思えば、セラフィナと会う時に出される食べ物や飲み物は、全てザフラーン風のものだ。
「カイラム殿下は健啖な方ですが、セラフィナ姫はこちらの食べ物はあまり合わない様子です。宮廷料理を何度か供しましたが、無理して食べると体調を崩してしまわれたらしく、無理にこちらに合わせないという約束ですので」
「そうなんですね」
「とても繊細な方だと伺っています。ヴィンス兄上は、セラフィナ姫と会われてからずっとぼーっとされていて、そんなに美しい方なら僕も是非お会いしてみたいと思っているんですよ」
「アイク、義姉上におかしなことを言うのはやめなさい」
少し苦い表情で弟を窘め、ヴィンセントは切なげに息を吐いた。
「その、義姉上にこのようなことを聞くのは本当に情けない限りなのですが、セラフィナ姫に贈り物をしようにも、何を好まれるのかまるで分からないのです。宝飾品も細工物も、渡せば受け取ってはいただけますが、喜んでもらえているかはよく分からなくて……」
「贈り物ですか……」
「義姉上は、カイラム殿下とセラフィナ姫に王国のやり方を呑ませた唯一のお方だと伺っています。それで、兄上も僕も期待しているんですよ」
あまりの過大評価にくらりとし、気を落ち着けるために紅茶を傾ける。
セラフィナの強い希望で時々王宮を訪れて交流を持つことになったけれど、その条件として、面会時はレイヴェント王国で出会った友人として褒賞は発生しないと取り決めを交わすことになった。アイザックが言っているのは、そのことだろう。
どさくさに紛れて初対面の時の褒賞も無かったことにできないかと期待したものの、その時は王族とそれを助けた職人という立場だったので、無効にはならないらしい。
カイラムはセラフィナにはとても甘いと聞いているので、もう少し仲良くなったらセラフィナから頼んでもらえないかとそっと思っているところである。
ちらりとウォーレンに視線を向けると、彼は困ったように眉尻を落とす。
「俺も、女性に贈り物なんてからきしだから」
ウォーレンの気持ちはよく分かる。
東部にいる間は恋愛している余裕など全くなく、婚約のために王都に来たとたん婚約破棄で、今に至るまで生活を整えるのと事業の計画でてんやわんやが続いているオーレリアとしても、贈られる側の経験が高いとは到底言い難い。
考えるにしても、女性としてというより、セラフィナが何を喜ぶかという方向で考えた方がいいのだろう。
セラフィナは、とても優雅な女性だ。そう長い時間を共にしたわけではないけれど、彼女が慌てている様子など一度も見たことはなく、おっとりとしていて、寛容である。身に着けているものを褒めればあっさりと渡すところを見ると、それらに執着があるようにも思えない。
だが、反面オーレリアと親友の交わりの真似事をしたがったり、今日のように会いたがったりもする。
大切にしている兄がいて、気心の知れたサーリヤたちに囲まれ何一つ不自由のない環境を与えられて、物事に執着もなさそうであるのに、その辺りは少しちぐはぐなように見えた。
セラフィナは……もしかしたら、寂しいのかもしれない。
ザフラーンでは女性は男性に従属するのが当たり前のようなことも耳にしたし、夫婦間でも褒賞が発生するというのはウォーレンとアリアから聞いた話だ。どれだけ妹に甘いと言っても、カイラムは目上の男性家族だろうし、サーリヤたちは奴隷で、褒賞を与える立場である。
後宮にいた頃は兄嫁たちと仲良くしていたと言っていた。だが今の彼女の周りには、対等に振る舞える相手がひとりもいないのではないだろうか。
ふとそう思って、そんな決めつけは彼女に失礼だろうと慌てて首を横に振る。
「義姉上?」
「いえ、あの――会えないなら、お手紙を書いてみてはどうでしょうか!」
「手紙、ですか」
「はい。ご機嫌はいかがですかとか、今日あったことや、心が動いたことなどを短く書いたものを届けてみてはどうかなと。その、会えない日も相手を想っていると伝えるのは、とても嬉しいことではないかと思います」
こちらの世界では、男女間の手紙は付き合う前に送るもので、自分をアピールするために気持ちを込めた手紙をこまめに送るけれど、婚約した後は案外そのようなやりとりはしなくなってしまうらしい。
婚約者なら直接会えばいいし、離れていても、特に男性から女性に対しては宝飾品や細工品のプレゼントが相手を想っていると伝える定番であり、手紙は女性同士がよく送り合う習慣がある。
だが、手紙を書くのが非常識とされているわけではないし、同じ王宮にいても会える日が限られているなら、そうした手法で気持ちを伝えてもいいのではないだろうか。
「その、手紙だけでいいのでしょうか。他に贈り物なども添えた方が」
「セラフィナ様は、あまり物に執着しない様子ですし、それより綺麗な花を見たいとか、人の気持ちに触れたがっているような気がします。ええと、私の勝手な印象ですので、思い違いをしていたら申し訳ないのですが」
「いいではないですかヴィンス兄上。うんとロマンチックな手紙を書いて送ってみては」
「そうだな……いいと思うよ、ヴィンセント」
兄と弟にも後押しをされて、ヴィンセントは少し迷ったあと、頷く。
「恋文を書いた経験はありませんが、やってみます。ありがとうございます、義姉上」




